(2)
あまりにも煙草の部屋がキツイ部屋だった。
だが、彼方がその部屋に文句をつける事はたとえ不祥事後じゃなかろうと出来なかった。
(相変わらず、いるだけでなんで人の事をここまで威圧するのかな。 姉ちゃんも職場ではこんな印象を抱かせる人だったのかな?)
「彼方君、君は魔腐の習性を覚えているかい?」
山村葵、魔腐対策室・極東支部責任者であり、五年前の大規模魔腐侵攻の際に蒼創行方と共に伝説を打ち立てた人物だ。
その戦いに思う事があったのか、前線を引き責任者などと言う要職については居るが間違いなく人類を救う事が出来る力を持った人間の一人だ。
「すいません、後で教えてもらうつもりです」
葵はこめかみを押さえながら深く長い溜め息を吐き出した。
昔の誰かを思い出すように。
あのね、と前置きをし葵は呆れ半分で口を開いた。
「私は君に最大限の優遇を与えるつもりだ、やめたいなんて思ったら今すぐやめさせてあげられる準備だってある」
「余計なお世話です」
「わかってる、これは私の一方的な準備だ。 それでも、最期の言葉で彼方君の面倒を見る事を頼まれた私にとってはこれは義務なんだ。 その義務に乗っ取って言う、今回の君の駆逐は明らかに悪い」
一度呼吸をし、続ける。
「力任せ、なんて言い方すら出来ない。 魔腐の群れには必ず供給源がある、その供給源を探し破壊する事で魔腐の永久再生を止める事が駆逐者の不変のセオリーだ。 彼方君は無限増殖に運で勝っただけだ」
「耳が痛いです」
「私は心臓が痛かった、出撃すら考えたよ」
隣に立て掛けてある狙撃銃を眺めながら言った。
「今回の件により君は実戦不足と判断する、明日にはしばらく君のパートナーになる人物が到着する」
「パートナー、ですか? 今こんな楽な土地に人を呼ぶほどの余裕が魔腐対策室にあるんですか?」
魔腐の発生は現時点では欧米と中東に偏っている、極東の発生の頻度は平均してみれば極めて低い。
駆逐者は常に働きづめである以上、伝説がいるこの地域に人を寄こすなんて言う事案は極めて稀だ。
「丁度、左遷先を探されている子が居たんだ。 一度一緒に駆逐した事があるんだけど、彼女も色々と学ぶべきなんだ。 二人一緒に勉強して貰う為にも招かせて貰ったよ」
「人格破綻者のパートナーと組むなんて嫌なんですけど」
「我儘ばっかり言うんじゃない、本部に今回の戦闘の映像をそのまま渡していれば君が駆逐者を続けられるかどうかだって怪しいんだ」
「そのまま渡していないんですか」
底の知れなさに彼方は恐怖を覚える。
(ネタを掴まれ、いつでも好きに出来るって脅しかな? 確かに反抗のしようは無いけど)
本来ならネタなど無かろうと彼方の身を好きに出来る事に彼方自身が頭が回らなかった、そのレベルの差が彼方と葵の間にはあった。
権力的な差に気付けなくても戦闘能力の差に把握している彼方は素直に従う事を選んだ。
「わかりました、しばらくパートナーと共に駆逐任務に励ませてもらいます」
葵はその言葉を聞き、長い髪を上げて苦々しく呟いた。
「これは魔腐対策室・極東支部責任者の言葉じゃなくて行方ちゃんの親友、そして君の事を知る一人の大人として言う。 死なないでくれ、そして周りを心配させないでくれ」
「魔腐対策室、一介の駆逐者ではなく蒼創行方の愚弟として言わせて貰います。 ありがとうございます、善処します」
失礼します、微笑みながら彼方は部屋から退出した。