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サムライガール

作者:

 しんと静まりかえった紺碧の空に、銀色の三日月がそっと白い輝きを放っている。

 夜空の下にひろがる町は周防町という。

 周防の町全体が望める久遠山の頂点から、一人の少女が町を見下ろしている。

 少女の片手には、一振りの刀が握られている。

 少女は頭上に銀色の三日月をいただき、凛としたいでたちで立っている。

 抜けるように白い肌にほっそりとした顔立ち。まだ年は十六か十七かといったところだが、その表情は静かに落ち着いていて、とても年頃の少女とは思えない。

 特筆すべきはその切れ長の瞳だ。片方は普通の黒い目なのだが、もう片方の目が透き通るように蒼い。その目は光の加減で海のようにも、また空のようにも感じられる。

 それは、彼女が手にしている銘刀・蒼月の正統後継者の証しだった。


「代々久遠家が守ってきた周防の町。私も守らなければ……」


 少女は自分に言い聞かせるように涼やかや声で言った。その目には決意が色濃く浮かんでいる。

 少女の鋭いまなざしの先には、一つの高校があった。

 不良や落ちこぼれが巣食う学校としてこの辺では有名な鈴蘭男子高等学校、別名カラスの学校だ。

 少女は学校をじっと見つめると、軽やかな身を翻してその場を去って行った。






「サース! 亜久津さん!!」

「おはようございます!!」


 学ランを着た、パンチパーマの大柄な体型の不良少年が、舎弟と思える生徒たちからあいさつをされながら登校してきた。


「おー」


 舎弟たちにこたえる亜久津。その時、亜久津は背後から声をかけられた。


「おい亜久津」

「ん?」

「てめー最近やけにノリがいいじゃねーか。えっ!」

「てめーら!」


 亜久津に声をかけた金髪のリーゼントの少年。その少年以外にも、無愛想なサングラスをかけた少年と、ハリネズミのように髪がツンツンと尖った少年がいた。


 「三年の阪東が無期停とけて帰ってくるらしーじゃねーか。虎の威が帰ってくるってんで調子こいてんのか! えっ! 狐ヤロー!!」


 少年たちのまん中に立つ、リーダー格の尖った髪の少年がそう言った。


「なんだあ~コラ!」

「まー待て」


亜久津は襲いかろうとする舎弟を止めさせ、笑いだす。


「へへへ。やっぱり阪東さんのことが気になるか? だろーな。真っ先にやられるのはおまえらだからな。へへへ……」

「てめえは高みの見物ってわけか。このクソブタが!!」

「ぶっ殺すぞてめえ」

 

 まさに一触即発。だが、この学校ではこれが日常である。そして、この落ちこぼれの吹きたまり……。ここで信じられるのは己の力、ただ一つである……。





 鈴蘭男子高等学校の全校集会。普段であれば学生のほとんどが参加すらしない全校集会だが、今回はほとんどの生徒が集まっている。

 それはこの学校では異例のことであったが、その原因はさらに異例であった。

 少年たちの視線の先には一人の美少女の姿があった。

 この男子校に突然現れた美しい少女、全校集会は異常な熱気に包まれていた。

 だらしなく制服を着用したヤンキー達が、教師が前にいるにも関わらず堂々と煙草を吹かし、壇上に熱い視線を送っているといった状態である。

 そんな様子を、美少女は壇上から鋭い目線でにらみつけていた。

 

「……であるからして、特別枠の転校生として久遠刹那さんが今日から当校に通うわけだからして……」


 騒がしい講堂の壇上で、校長が必死で汗をぬぐいながら、美少女を生徒たちに向かって紹介する。その声は、生徒達の雑談にほとんどかき消されている。

 しかし、それでも校長は言葉をつづけていた。いや、正確に言うならば、言葉を続けざるを得ないのだ。美少女の転校はそれだけいわくつきのもだった。


「く、久遠刹那さんは、お、恐れ多くも、当校の理事長のお孫さんであり……当校の風紀を正すために自ら名乗り出てくださって……。男子校である我が高にわざわざ、転校してくださいまして……」


 美少女は、理事長の孫だったのだ。そう、普通の転校生じゃない。

 理事長はこの場にいないとはいえ、刹那が一言理事長に進言するだけで、雇われている側の教師は、いつ解雇になるやもしれない。

 そのせいもあり、校長は必死の形相で彼女の紹介をようやくし終えた。

 しかし、ざわめく生徒たちを静めようとはしない。いや、出来ないのだ。

 不良のたまり場ともいえる鈴蘭高校の生徒たちの反感を買わないように――。 

 本来、生徒たちに指導すべき立場の教師の方が、生徒たちに怯えて腫れものを扱うように生徒たちに接しているようすがこんな一面にも見て取れる。

 無論、校長の声はまるで生徒たちに届いていないし、他の教師たちも見て見ぬふりを決め込んでいる。

 刹那はため息を一つついて校長からマイクを受け取った。そして大きく深い深呼吸をして生徒たちを見下ろした。

 刹那がマイクを取ったのをみて構内が盛り上がる。

 口笛や指笛を鳴らす不良たちを、冷やかな目で見つめながら刹那は一言言った。


「いいから黙るがよい。クズども……」 


 透き通ってはいるものの、恐ろしいほどの迫力がこもった声であり、一気に会場がしんと静まる。


「私は、久遠刹那。この周防の町の地の守人としての役目を代々仰せつかってきた。すでに殿の血も絶えて久しいが、今もその使命だけは生きている……。おぬしらを粛清して、町の風紀を正すのが私の使命。この蒼月に誓って!」


 言うと、彼女は今まで後ろ手に持っていた刀を左の腰に添えて、右手ですらりと鞘から引き放った。


「は、な、何言ってんだ。あの女、頭イカれてんじゃねえの?」


 我にかえった生徒の一人が言うと、まわりにいた生徒たちも同意を示して少女を小馬鹿にしたようにせせら笑う。

 しかし、ただ一人真顔で刹那をじっと見つめる少年がいた。

 彼の名前は小田直弥という。

 直弥は地味な生徒だ。少しやせ気味で色が白い。特に目立った特徴もなく、ドラマで言うなら脇役Dというポジションだろうか。

 ちなみに鈴蘭高等学校には三つのタイプの生徒がいる。

 落ちこぼれてここに入った、見たまんまのワルというタイプの生徒。

 前述したのと同じワルというタイプの生徒だが、落ちこぼれて入ったのではなく、この鈴蘭でどこまで自分が通用するのかを試したいと思い、自ら進んで進学してきたタイプの生徒。

 三つ目はやむにやまれぬ事情があって、ここにしか来ることの出来なかった生徒たちだ。

 直弥は後者のたぐいだった。

 受験直前に事故に遭い、希望の高校を受験することができなかったのだ。

 その直弥は刹那の姿にくぎ付けだった。

 隙を感じさせない凛とした雰囲気を持っているのに、セーラー服に包まれた彼女の体はどこか無防備で……。直弥はその対比に軽い興奮を覚えた。

 と、突然のことだった。ふいに腹部に強烈な痛みを感じて直弥はがくりと膝を折った。一瞬何が起こったのか理解できなかったが、どうせいつものことだろうと、なかばうんざりしながら体を起こそうとする。

 目を細めながら上を見上げると、案の定、そこには高山の姿があった。不良のシンボルとでも思っているのか、いまどき珍しい高くそそりたったリーゼントを揺らし、にやにやと笑っている。


「小田ぁ。なにでれーっとしてんだよ。小田のくせに発情してんじゃねーよっ! あんなやばげな女見て、チ×コ、硬くしたりすんじゃねーのかっ?」


 高山が大きな声で周囲に聞こえるように言った。たちまち笑いの渦が巻き起こる。

 すると、刹那は突如壇上から姿を消し、次の瞬間には高山のすぐ横にいた。

 高山はこわばった笑顔を張りつかせたまま、体を硬直させる。

 刹那が彼の喉元に蒼月の刃を突き付けていたからだ。


「私を愚弄するものは断じて許さん。弱いものいじめをする輩もな……」

「へ、へっ! 高山さんは、おめーみたいな女の脅しには屈しねーよ。折角可愛い顔してんだから、こえー顔しねーで、ちっとは男を喜ばせたらどうだぁ?」


 高山の舎弟の人である石川が沈黙を破った。


「おい、おまえ、やめとけ。この女、マジやばいって……」


 高山は小声で忠告するも、石川には届かない。石川はおどけた様子で刹那のそばにやってくると、刹那の襟元を強く引っ張った。

 襟を止めているスナップがブチブチと音を立てると、セーラー服の襟がとれてしまい、彼女の胸元があらわになってしまう。

 普通の少女であれば、あわてて胸を隠すであろう。しかし、刹那は隠そうともせずに悠然と刀を構えたままだ。

 直弥の目も例外ではなく、彼は顔と股間とにたちまち血が集まるのを感じた。


「うっへ。た、たまんねえ……」

「犯ってやるっ! 俺が一番最初だからなぁああ!!」

「うっせ! おめーは家帰ってマスでもかいてろやぁ!」


 我先にと刹那に襲いかかる不良たち。刹那は、そのポーカフェイスを一瞬だけぴくりと動かすと、獣のような男達を嫌悪のまなざしで見渡し、小さくため息をつく。


「……私を愚弄するなと忠告したはずだぞ? まったく学習能力のない……。よもや、ここまで落ちぶれていようとはな」


刹那のそう言葉をはく。勝負は一瞬だった。






「……大丈夫か?」


 刹那はそういうと、直弥にスッと手を差し伸べる。その周囲には襲いかかってきた不良たちが全員気絶しており、他の不良たちも、刹那に恐怖し何もしゃべれなくなっていた。


「う、うん……」


 直弥はそう答えると、少女の手を握る。

 ひんやりと冷たい手だ。驚くほどやわらかく、その指は細くて長い。ただ、彼女の手のひらの表面はしっかりした張りを見せていた。骨組みはやわらかいのに刀を持つ部分だけが硬いのだ。長い間、厳しい訓練をこなしてきている証しだろう。

 

「助けが必要なら、また呼ぶがよい」


 彼女はそれだけ言うと、ゆっくりとした足取りで講堂をあとにした。

 残された不良たちの誰もが、おののきの表情を浮かべて転校生の後ろ姿を見送った。

 ただ直弥だけは、そんな彼女をひどく魅力的だなと思いながら見送っていた。

 

「た、大変なことになってきたぜ……。大きく変わるぞ。この鈴蘭がよ」

「どういうことだよ亜久っちゃん」

「と、とんでもねーやろーが現れたってことだよ!!」

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