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第5話 神域の夜明け

鴉たちが夜の闇に散り、屋上に再び静寂が戻った。レオは脇腹の傷を一度だけ舐めると、荒い息を整えて立ち上がった。その足元では、流れた血が青龍の水に溶け込み、コンクリートの割れ目から透き通った結晶のような花が咲き始めている。

「……ったく、派手にやりやがって。俺の隠居所が血生臭くなっちまったじゃねえか」

青龍はぼやきながらも、ジャージの裾でレオの傷口を乱暴に拭った。その手のひらから伝わる温かな神気が、傷をみるみるうちに塞いでいく。

「礼は言わないぞ、じいさん。あんた、さっき『俺の酒場』って言ったろ。もう逃げられないからな」

「へっ、若造が。……まあ、あのアスファルトの寝床よりは、この湿り気の方がマシだ」

イオリが、屋上の縁に立って眼下に広がる新宿の街を見下ろした。

不夜城の光は相変わらず眩しく、何百万もの人間が欲望と孤独を抱えて蠢いている。だが、この結界の内側だけは、それらすべての喧騒から切り離された、別の時間が流れ始めていた。

「レオ、見て。私たちが作ったのよ。誰も信じなかった、都会の真ん中の、私たちの『山』を」

イオリの指差す先、給水塔から溢れた水は屋上全体を薄く覆い、鏡のような水鏡となっていた。そこには夜空の星と、ネオンの光が混ざり合い、見たこともない幻想的な景色が広がっている。

「……ああ。ここなら、もう追い出される心配もない」

レオは空を仰ぎ、喉の奥から長く、深い遠吠えを一つ放った。

それは、敗北者の悲鳴ではない。新しい王の誕生を告げる、誇り高き宣言だった。

その声に呼応するように、都会の影に隠れていた「行き場のない小神たち」や「はぐれた神使」たちが、一人、また一人とビルの階段を登ってくる気配がした。

「ここを、避難所にするの。行き場を失った神様や、私たちみたいな邪魔者たちが、一息つける場所にね」

イオリの瞳に、銀色の月の光が宿る。

「支配人は俺とイオリだ。じいさん、あんたはただ、そこでふんぞり返って酒でも飲んでろ」

「はっ、最高じゃねえか。……おい、お前ら。祝いの酒は、人間界の美味いやつを調達してこいよ?」

東の空が、わずかに白み始めた。

朝の光が射し込むと同時に、霧はさらに深く、濃くなり、この廃ビルを都会の地図から完全に消し去った。

そこは、誰の手も届かない聖域。

山を追われた犬と、森を追われた鹿が、自らの手で掴み取った「新しい神域」の始まりだった。

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