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作者: 南郷 兼史
掲載日:2026/01/02

 夜の駅前はやけに清潔だった。

 床に反射する照明の線が真っ直ぐに誰かの意図みたいに逃げ道を示している。

 僕はその線を踏まないように歩きながら、踏んだところで何も変わらないと同時に考えていた。


 死んだ友人のことを思い出す。

 名前は出てこない。顔も曖昧で、声だけが残っている気がする。

 耳の奥で勝手に再生されるそれが笑い声だったか、ため息だったか区別する意味はない。


 彼が死んだのは事故だった、という説明を何度も聞いた。

 自殺じゃない、と強調されるたびに、じゃあ何なんだと思う。

 死んだ、という結果だけがあって理由はどれも後付けだ。後付けでも構わないが、僕の中ではどれも同じ重さだった。


 彼が生きていた頃、僕は特別なことをしなかった。

 助けもしなかったし突き放しもしなかった。

 だから今、胸の奥にあるのは罪悪感でも後悔でもなくただの空白だった。


 ホームの端に立つと、線路の匂いが上がってくる。

 鉄と油と古い水が混ざった匂いだ。

 ここに立てば彼が見た景色に近づける気がする一方で、近づいたところで何も分からないとも思う。

 分かりたいという気持ちと、分からないままでいい気持ちが同時にあった。


 彼を責めたい気もする。

 勝手に消えたことを。残された側の都合を考えなかったことを。

 次の瞬間には、責めたい自分が滑稽に見えてじゃあ僕は何をしたんだと矛先が戻る。

 どちらも正しいし、どちらもどうでもいい。


 電車が近づく音がする。

 この音を彼も聞いたのかもしれないし、聞いていないのかもしれない。


 思考が一瞬、別の方向に跳ねる。

 もし彼が今ここにいたら、何と言うだろう。

 くだらない冗談を言う気もするし、何も言わずに肩を叩くだけかもしれない。

 想像は増えるが答えは増えない。


 生きている自分が気持ち悪いと思う。

 同時に、生きている自分を手放したくないとも思う。


 線路を見下ろしながら、彼の死が僕の中でどう処理されているのかを考える。

 追悼でも供養でもない。忘却でもない。

 おそらく、利用だ。自分の空白を測るために、彼の死を物差しにしている。


 それでも、彼の名前の手前にあるものが離れない。


 電車は通り過ぎる。

 何も起きない。


 それを残念だと思う自分と安心する自分が、同じ場所に立っている。

ハチワレがチラつく……。

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