第7話 朝練と紅い影 -カルケラタン島・地下闘技場・共同練武場・早朝-
まだ薄暗い練武場。埃と血と汗の匂いが染みついた石床。
俺はいつものように、裸の上半身で型を繰り返す。
反魔心境・第三の型「瀧落」。
一歩踏み込み、肘を沈め、掌底を虚空に突き出す。
衝撃で空気が歪む。烙印が焼けるように痛むが、構わない。
「……はぁ……はぁ……」
隣ではセシリーが必死に同じ型を真似ている。小さな体が汗で光る。
そして、もう一人。
「……あ、あの……私もやらせてください」
リリスが、朝の鍛錬着(奴隷用の粗末な布)に着替えて立っていた。
胸がきつそうで、布が張り裂けそうだ。顔は真っ赤。
「貴族がこんなとこで何やってんだ」
俺は吐き捨てるように言う。
「だ、だって……私も強くなりたいんです……!」
リリスは必死に型を取ろうとするが、すぐにバランスを崩して前のめりに。
「きゃっ!」
俺は反射的に腕を伸ばし、少女の腰を掴む。
柔らかい。熱い。汗と甘い匂いが鼻をくすぐる。
「……離せ」
慌てて体を離すと、リリスは地面に尻もちをついた。
「うぅ……ごめんなさい……」
セシリーが舌打ちする。
「邪魔! あんたがいると集中できない!」
リリスは俯いたまま、小さく呟いた。
「……私、役に立ちたいだけなのに……」
その時だった。
「ふふ……随分と可愛らしい朝の風景ね」
艶やかな女の声。
練武場の入り口に、深紅の髪を靡かせた女が立っていた。
黒のレザーコルセットにスリットスカート。腰の短剣が朝の薄明かりに妖しく光る。
「……誰だ」
俺は警戒して一歩前に出る。
女はゆっくりと歩み寄り、俺の胸板を舐めるような視線で眺めた。
「噂の“魔法が効かない男”……思ったより美味しそう」
舌のピアスがチラリと光る。
セシリーが前に出る。
「怪しい女! 何の用!?」
ラズベリはくすりと笑い、俺の目の前まで鼻先を近づける。
甘い。熟したベリーと煙草と、微かな血の匂い。
「私はラズベリ。情報よ、ダーリン」
女の指が俺の胸の傷跡をなぞる。
「あなた、いつかこの島を血の海にするつもりでしょ?」
瞬間、俺の体が硬直した。
「……何の話だ」
「隠さなくていいわ。私は味方よ……高いけどね」
ラズベリは懐から小さな巻物を出し、俺の手に滑り込ませる。
「今夜、闘技場の裏倉庫に来て。一人で」
女は踵を返し、腰を振りながら去っていく。
残ったのは、甘ったるい香りと、俺の胸に残る熱い指の感触だけ。
リリスが不安そうに俺を見上げる。
「……エランさん、あの人……危なそう」
セシリーは腕を組んで唸った。
「絶対罠よ! 行っちゃダメ!」
俺は巻物を握りしめる。
中身は一枚の紙。
『貴族の補給船スケジュール。
値段は……あなたの初めての一夜でいいわ♡
──ラズベリ』
練武場の朝は、まだ冷たい。
だが、俺の胸の奥に、確かに火が灯り始めていた。




