第5話 朝練 -静水の波紋-
帝国暦1024年 7月16日 早朝
カルケラタン島・第7闘技場 裏庭の廃墟広場
朝焼けがまだ薄い時間。
俺たちは、誰も来ない裏庭の崩れた石舞台に集まっていた。
俺を中心に、
セシリーは俺の右横にぴったり寄り添いリリアを威嚇している、
リリアは少し離れて、両手を前でぎゅっと握りしめている。
冷たい朝風が吹き抜ける。
埃と血の匂いが残る石の上に、三人の影が長く伸びていた。
「……始めるぞ」
俺は短く告げて、地面に座る。
膝の上に手を置き、背筋を伸ばす。
セシリーは真似してすぐ隣に座り、
リリアはためらいながらも、ゆっくり膝をついて座った。
「まず、反魔心境の基本を話しておく」
俺はゆっくり息を吐く。
「反魔心境は、魔力を持たない者だけが使える。
リリア、お前は魔力がある。
だから、完全な形では使えない」
リリアの肩が小さく落ちる。
「……やっぱり、ダメなんですね……」
「黙って聞け」
俺は鋭く言って、続ける。
「だが、基本だけは知っておく価値がある。
魔力とは何か、知らないまま魔法を振り回してる奴が多すぎる。」
俺は地面に落ちていた小石を拾い、指で弾く。
石がカツンと音を立てて跳ねた。
「魔力は魂の色だ。
生まれた瞬間に系統が決まる。
魔力の大きさや魔法の威力に個人差はあれど、
人の想い、感情、生き方で幾らでも変化する」
俺は二人を見回す。
「同じ火魔法でも、
怒りで放てば猛火になる。
優しさで放てば暖炉の火になる。
……これが基本中の基本だ」
リリアが息を呑むのがわかった。
「はっきり言っておくが暴走するのは、
自分の魂の色と、使おうとしてる魔法が違うからだ」
俺はリリアを正面から見据える。
「お前はどんな魔法を使ってる?」
「……聖魔法です。
エステルアード家は代々、光と癒しを司る家柄で……
私も、小さい頃から聖女として育てられています。」
「なるほど」
俺は短く頷く。
「自分の魔力の性質を、見極めろ。
それが第一歩だ」
「でも……どうやって……」
「まずは、反魔心境の第一の型「清水」を極めろ。
呼吸を整え、
雑念を捨て、
自分の奥底にある色を、感じ取ることだ」
俺はゆっくりと立ち上がる。
「まずはこれからだ。
清水の呼吸。
心を水面のように静かに保つ。
セシリーはもうできるな?」
セシリーが小さく胸を張る。
「うん! 私、前に教えてもらってから真面目に毎日やっているから、
清水ならいつでもできる!」
「見せてみろ」
セシリーは目を閉じて、ゆっくり息を吸う。
肩が上下し、すぐに呼吸が整う。
周囲の空気がわずかに澄んだ気がした。
「……やるじゃねえか」
俺は小さく笑い、リリアに向き直る。
「リリア、お前もやってみろ。
目を閉じて、呼吸だけに集中しろ。
怖がるな。俺が横にいる」
リリアは震える手で膝を握り、ぎこちなく目を閉じた。
最初は肩が小刻みに上下していた。
息が浅く、すぐに乱れる。
「……落ち着け。
焦るな。
湖面のように波の無い平らな心になるイメージをしろ」
俺はリリアの背後に回り、
そっと両肩に手を置いた。
指先に伝わる熱と震え。
セシリーが横で「むっ」と唇を尖らせるのが見えたが、無視する。
「……息を吐け。
全部吐き出して……
それからゆっくり吸え」
リリアの肩が、少しずつ力を抜いていく。
呼吸が深くなり、規則正しくなる。
「……そう。
いいぞ」
俺は手を離し、一歩下がる。
「これを毎日続ける。
朝と夜、必ずだ。
自分の魔力の色が見えるまでな」
リリアはゆっくり目を開け、
涙目で俺を見上げた。
「……ありがとう、ございます……
エランさん」
「礼なんかいらねえ。
結果を出せ」
俺はぶっきらぼうに言いったが、
リリアは内心、じんわりと胸が熱くなった。
セシリーが俺の袖を引っ張る。
「ねえ、私も褒めてよ!」
「……お前はもうできてるって言っただろ」
「えー! それじゃ足りない!」
俺はため息をつき、
セシリーの頭を軽く撫でる。
「……よくやったな。
続けろ」
セシリーの顔がぱっと明るくなった。
朝日が完全に昇り、
三人の影が一つに重なる。




