第1話 烙印の朝
帝国暦1024年 7月13日 早朝
カルケラタン島・第7闘技場 地下奴隷舎
石造りの地下牢は、常にじめじめとした空気に満ちていた。壁という壁には黒ずんだ苔が張り付き、
足元には汚水が小さな水たまりを作っている。
薄暗い通路には、湿った鉄と血の匂いが深く染みついて、決して消えることはない。
朝の鐘が鳴る前、エランはもう目覚めていた。
冷え切った石床の上に敷かれた、ぼろ布の寝床から身を起こす。
裸の上半身に刻まれた「奴隷烙印」が、冷たい空気に触れて疼く。首輪と両手首の魔力抑制鎖が、
わずかな動きでもガチャガチャと耳障りな音を立てる。
俺には魔力が無いので、こんな鎖されても意味ないんだがな。
隣の檻から、小さな声。
「……おはよう、エランさん」
セレナだった。
16歳とは思えないほど痩せた体に、破れた布一枚だけ。
長い黒髪が顔にかかり、その奥で赤い瞳だけが暗闇で光る。
「また傷が開いてる。……舐めてあげようか?」
いつもの挑発。でもその声は、どこか甘えるような響きを含んでいた。
エランは答えず、ゆっくり立ち上がる。背中の烙印が焼けるように痛むが、顔には出さない。
そのとき、通路を看守のモブ兵が通りかかった。
30代半ばの脂ぎった男。いつも奴隷を小馬鹿にした目で見ている。
男の足音だけが、静かな地下に響き渡る。
「おいセレナ、今日もそのぺったんこで客寄せできると思ってんのか?
お前みたいなガリガリは、死体の方がまだ興行価値あるぜ!」
兵士が下品に笑う。その笑い声が、石壁に反響して不快に耳に残る。
セレナの肩がビクリと震えた。瞳に涙が浮かぶ。
次の瞬間、
ガキィン!
エランの右腕が、鎖の限界ギリギリまで伸び、看守の腹にめり込んだ。
金属の鎖がピンと張り、その衝撃でエランの手首から血が滴る。
「ぐはっ……!?」
看守が膝から崩れ落ちる。脂ぎった顔が苦痛に歪む。
エランは低い、氷のような声で言った。
「次はお前の歯を全部へし折る。それから舌を抜いて、這いずり回らせてやる。覚えとけ」
周囲の檻から、奴隷たちが小さく歓声を上げた。
彼らの目には、普段は失われているはずの微かな希望の光が宿っていた。
誰かが「やったぜ……!ざまぁみろ!」と呟く。
セレナは檻の鉄格子に両手を当て、顔を真っ赤にしながら、ほとんど聞こえない声で言った。
「……ありがと」
エランは振り返らない。ただ、背中を向けたまま、小さく頷いた。
朝食の時間。
地下牢の空気は相変わらず重苦しく、希望の欠片も見当たらない。
腐ったパンと薄いスープが、雑に配られる。
モブ奴隷のおっさん(名前はガレス、51歳)が、エランの隣に座ってきた。
「お前……本当にやる気か? 反乱ってやつを」
ガレスは震える手でパンをちぎりながら、目を伏せる。
「俺はもう長くない。でもな、死ぬ前に……自由ってやつを、一度でいいから見てえんだ」
エランはスープを一口飲んで、静かに答えた。
「……見せてやる」
その一言に、ガレスは目を潤ませた。
そして朝の労働が始まる。
重い魔力水晶を運ぶ、終わりのない作業。
太陽が昇りきらないうちから、背中に鞭が飛んでくる。
灼熱の太陽がカルケラタン島の空高くに昇るにつれ、闘技場地下の温度も容赦なく上昇していく。
汗と埃と血が混じり合う中、奴隷たちの呻き声と看守の怒声だけが響く。
それでもエランの瞳だけは、燃えるように静かに、帝国を見据えていた。
長編作品を考えています。
私が頭の中で描いていたストーリーを文章にしていきます。
つたない文章で申し訳ありませんが、今後に期待していただけると幸いです。
面白い話が書けるように努力いたします。




