表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/31

第7話 舞い降りた天女(二)

「……で、何でお前がここにいるんだ?」


 紅は、素直に答えた。


「廊下を通って、そこの襖から入って来たからだよ」

「そうじゃない」

「ドライヤーを返しに来て待ってたんだけど、直くんが案外長風呂だから、ここでゴロゴロしてたんだよ」

「すんな」

「うん」


 ゴロゴロしていたとの言葉どおり、客用の浴衣を着た美少女は、裾がはだけて太ももまで見えて、長い黒髪が纏わり付いているのが何とも悩ましい格好だ。


 紅は起き上がると、裾を整えてちょこんと布団の上に正座した。

 そこを退()け、という意味だったのだが、わざとなのか天然なのか、初夜の新妻風味だ。


「侍女にやらせろと言ったはずだ」

「夜遅くに起こしちゃ可哀想だよ。えへへ、僕、直くんの奥さんみたいだね!」

「…………」


 直人は、この少女の反応を、いちいち考慮に入れるのは、やめることにした。


「どうして、どうやって、この離れに入り込んだ?」

淑子(よしこ)さんが、ここが一番安全だって言ったから。鮎子さんは、直くんがお留守で勝手なことは出来ないって、すごく困ってたんだけど、僕がさっさと中に入っちゃったから、追い出せなくなっちゃったんだよ」


 天女みたいなボクっ娘は、「だから鮎子さんを叱らないであげてね」と笑った。


 鮎子が「すごく困って」いた様子は、想像に難くない。

 淑子はともかく、高天原家当主という、誰も逆らえない権力者が、わざわざ引き取ったらしい《高天原(たかまのはら)(きゅう)》を、追い返して良いものか、とっさに判断がつかなかったのだ。


 かといって、紅を屋敷に上げてしまえば、直人の逆鱗に触れて「物理的なクビ」になるかもしれない。頭から血が引く思いだったことだろう。


「安全、ね」

「違うの?」


 直人は答えなかった。ただ、


「あの性悪女……」


 と、胸の内で毒づいた。直人の傍が安全というならば、それは直人が戦うという前提だ。

 淑子は、直人が「殺人武闘団」の頭領だとは知らなくても、功との死闘を制するほどの者だということは、知っている。


(お前が功さんを殺したのね)


 化け物とばかりに罵ったくせに、淑子は直人を何者かと戦わせ、利用しようとしている。

 勝手に、直人の命を賭けたのだ。


「どうしたの? 直くん。ちょっと怖いお顔だよ」


 鎌をかけられたのだろうか。それとも、この少女の勘がいいのか。

 直人は、無表情がデフォルトだ。母とも思えない母が、今更鬼畜だった所で、眉の一ミリも動かない。

 

「俺は、元々怖い奴だよ。だから、あの女がお前を俺に丸投げしたんだろ。……それで、あの女はお前の安全を確保する為に、俺と誰と戦わせるつもりだ?」


「僕を喰らおうとする男たち全部。僕の敵なら女でも」


 あまりにも漠然とした、しかし明確な言葉だった。

 この少女の、天女と見紛う美しさ。まだ少女だ。もっと美しくなるのだろう。


 喰らおうとする、という、狂った暴力感じさせる、言葉の選び方。

 無防備で朗らかに見えるこの少女は、必死に逃げて来たのか。


「俺も男だ。危険だとは思わなかったのか?」

「思ったよ。でも、僕は無力で頼れる人もいないし、直くんに会ってみてすぐわかった。このひとは、僕を踏みにじることはしないって」


 屈託のない、無邪気な、そして消えない業のような艶冶な笑みで、少女は続けた。


「僕の体を見て、欠片も欲情しなかったのは、君が初めてだよ。高天原直人くん」


直人は、不可解ことを言われたと思った。


「は? 天女の水浴び見て欲情するかよ」

「…………」


 天女は、ぽかんとした。

 あまりにも素朴に、真っ直ぐに、「有り得ない」という口調で言われてしまった。 


「……ふふっ」

 紅は笑った。


「天女って言ってくれたのも、直くんが初めてだよ」


 天然に気障(キザ)な事を言ってしまった、と直人は後悔したが、言ってしまったものは仕方が無い。


「嬉しいな。僕のお母さんも、天女って言われてたんだよ。お(そろ)い!」

 母子(そろ)って、規格外の美人らしい。


「その母親は、どこにいる?」

「どこにもいないよ。僕が殺したから」


 さらりと言うから、迂闊(うかつ)にも茫然とした。一秒。死闘なら決定的な隙となるというのに。


「お母さんは、()に殺されて、()の呪いを半分だけ解いてくれた。だから、()は生き残って、お母さんの遺言を叶えなきゃいけない――叶えたいの。必ず」


 長い睫毛に縁取られた、真摯な黒い瞳が、直人を見上げた。


「直くん、お願い。それまで私を守って。私に出来ることなら何でもするし、私があげられるものは、全部直くんにあげるから」


 何でも――全部。簡単には、言えない条件だ。

 生と死のギリギリの崖っぷちで、愛する――きっと――母の遺言を叶えたいと。


 直人は、権力と富を巡る思惑が渦巻くこの家で、継人以外と関わるつもりは無かった。

 でも、紅の必死な言葉と姿が、無感動に生きてきた直人の心の琴線に触れたのだろうか。


「――依頼しろ」

「え……?」


 直人は言った。


「俺は、《依頼》を受けなければ動けない。それが掟だ。お前は既に、『全て』という対価を差し出した。だから『玄冬に依頼する』と言え。それで契約は成立する」


 不思議そうに、赤味が差す唇が呟いた。


「げんとう……?」

「他言するな。すれば俺はお前を殺さなければならない。口の重さに自信があるなら、――言え」

「……うん」


 紅は目を閉じ、祈るように言った。


「玄冬に依頼する。直くん以外のものから私を守って。対価は、()()の全て」

「その《依頼》、玄冬が受けた。僕だか私だか知らないが――」


 そう言えば、べに、と呼んで欲しいと言っていた。


「べにを守ってやる。それでいいんだろ?」

「……ありがとう」


 紅は、花の蕾がほころぶように笑った。


「よろしくね。僕のお兄ちゃんかもしれない直くん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ