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殺し屋と天女は兄妹ではないかもしれない  作者: 真髪芹
第6章 追憶の天女
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第56話 黄泉津大神

 この季節、抱き枕にする方もされる方も、流石に暑い。

 だから、布団をくっ付けて、寄り添い眠る


「僕の一族……《弥栄(いやさか)一族》は、《人殺し》っていう通り名があるの」


 紅の口から、弥栄の名も人殺しという通り名も、直接聞いたのは初めてだった。

 今までは、僕の一族、僕達、などと言っていたから。


「弥栄の特性……自分と他人の境界線が曖昧になるっていうことは、僕達にとっては、とても怖い呪いでしかないの。自分の運命に、他人が簡単に関与できるっていうことだから。自分自身を、他人の生贄にされてしまうっていうことだから」


 そうして、弥栄の女達は、欲望に狂った男達への生贄となってきた。


「でもね、《呪い》を解いて、『普通』の女として生きてゆく方法はあるの。たくさんの条件があるんだけど、難易度に差があって、どんなに少なくても、ふたつの条件をクリアしなきゃいけない」

「それが、殺人なのか?」

「うん。全部、人殺し。ほぼ不可能な奴だと、満月から次の満月の間までに千人殺す。難易度を下げると、冬至から次の冬至の間までに千人殺す。『ご縁』に導かれて、他人が喜ぶ人殺しの《依頼》を引き受けるのも、そのうちのひとつなの」

「…………」


 壮絶だ。

 《弥栄一族》に殺しを依頼するのには、『ご縁』がなくてはならない。『ご縁』が無ければ、居場所を知ることも出来ない、ということは直人も知っている。


 同時に、彼女たちが無差別殺人を行っているという噂も耳にしていた。

 そのどちらも、本当の事だと紅は言っているのだ。


「どうして千人なのかは、日本神話が由来みたい。最初の女神様だったイザナミが、火の神様を産んだ時の大やけどで死んでしまうの。夫のイザナギは、愛する妻を諦め切れなくて、黄泉比良坂(よもつひらさか)を下りて黄泉国(よみのくに)までイザナミを迎えに行くの」


 その神話は、直人も知っている。

 既に黄泉国の住人となっていたイザナミは、生きて地上に帰るためには、黄泉国の神と相談しなければならない、そしてその間は私の姿を見ないで欲しい、と言う。


 だが、『見るなのタブー』という類型の神話や民話が世界中にある通り、大抵は見てしまい、悲劇が起こったり恐ろしい目に遭ったりする。

 イザナギもまた、気が急いて約束を破って火を灯し、蛆が湧き雷神が取り憑いた妻の腐乱死体を見てしまった。


 恐怖の余りにイザナギは地上に逃げ帰り、出口を大岩で塞いだので、イザナミは愛憎の余りに呪いの言葉を吐いた。『一日に千人の人間を殺す』と。

 イザナギは答えた。『一日に千五百の産屋(うぶや)を立てる』と。――――だから、人間は増えて栄えてゆき滅ぶことはない、という神話だ。


 若く美しかったイザナミは、彼女を裏切った夫の所為で、黄泉津大神(よもつおおかみ)という死の女神になり果てた。

 《弥栄》の()()殺しという条件は、その神話に由来すると、紅は言う。


「なんかさ、筋が違うよね。千人殺されるから千五百の産屋を立てるっていうの」

「そうじゃない感はあるな」


 まずは、罪無き人々が死なないように尽力するべきだろうに。

 イザナギという神は、新たに千五百の産屋を立てるが、イザナミが殺す千人を見捨てるのだ。


「本当だよ。千五百の産屋を立てて、どうするっていうのさ。男は自分じゃ産まないくせに」

「…………」


 紅の言葉は、直人の感想とは全く違っていた。

 紅は、男は産屋を立てるだけで、千五百人の女を孕ませればいい、という答えを嫌悪しているのだ。


「でもね、千人殺しじゃなくても過酷な殺しがあるの。それが『ご縁』で他人の望みを叶える人殺し。お母さんは、自分の呪いを解く為にこの道を選んだの。……呪われた女にやってくる『ご縁』なんて、ろくでもないご縁に決まってるのに。自分が死んだ方がマシだったっていう、最低最悪な不幸に見舞われるかもしれないのに……」


 紅の言葉が途切れた。


 紅の母の『ご縁』は、高天原識に繋がった。

 高天原識の望みは、《壱》を亡き者にし、自分が次の当主になることだった。


 そして、その『ご縁』は、いまひとり、標的の高天原永人に繋がっていた。

 血の色の赤い糸。

 殺し殺されるふたりは、短い期間に運命の恋に落ちた。


「お母さんが手を引くっていう選択肢は、無かったの。弥栄にとって《依頼》は絶対だから。お母さんがしくじるなら、一族から別の人殺しが来て、お母さんと永人さんを両方殺すから」


 最後に、たったひとつだけ恋人達に希望があるとしたら、それは『共に死ぬ』という甘美な悲劇だった。

 でも、永人だけが死に、蘭は生き残った。


 どうして、永人と蘭は、ふたりの恋をふたりで全うする唯一の道を、選ばなかったのだろう?

 

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