第49話 高天原の末――了
その季節外れの編入生は、小学校の制服を着て、金髪に青い瞳という天使の容姿と天使の笑顔で言った。
「高校生のおにーさん達とおねーさん達、初めましてじゃないかもしれないけど、一応初めまして! 僕は《高天原の末》で「十番目」の高天原結だよ。小学校つまんなくって飛び級してきたから、よろしくね!」
そして、無表情の直人と、きょとんとしている紅に向かって手を振った。
「直兄、『九番目』のくれちゃん、一緒のクラスなんて奇遇だね~!」
バカ言え。日本の学校で飛び級なんて非常識なことをする奴が、偶然同じクラスになる訳がない。
と、直人は思ったが黙っていた。
「くれちゃんの隣の席の人~! あ、直兄じゃない方のおにーさん、席譲ってくれる? 譲ってくれないと、僕おにーさんのお膝の上に座っちゃうよ~! ……って、あれ?」
無言の直人が、小柄な結を脇に抱えて教室を出て行き、紅もその後を追いかけた。
「うわ~、高校の屋上って景色いいね!」
「感動してないで、さっさと小学校に戻れ」
「つれないなー直兄。僕は直兄が好きなんだし、くれちゃんとも仲良くなりたいんだよ」
結は、紅が「くれちゃん」呼びだという情報を、既に持っている。
そして、ぺこりとお辞儀をした。
「くれちゃん、柳子ちゃんがひどいことしてごめんなさい。もう二度とさせません」
紅は、小首を傾げた。
「させません、ってどうやって?」
「んー、柳子ちゃんを見張って、何かやらかしそうになったらけn」
素早く直人が結の口を塞いだので、結はむぐぐぐぐ、と言ってじたばたした。
「何だかよくわからないけど、結くんは何も僕に悪いことしてないよ?」
直人から解放された結は、本当にすまなさそうな顔をした。
「柳子ちゃんは、謝る子じゃないから。お母さんも、娘の責任を取る人じゃないし……許して欲しいとは言わないけど、同母弟の僕が代わって謝ります。ごめんなさい」
紅はクスリと笑って、小柄な少年の金髪を撫でた。
「結くんは、いい子だね。でも、やっぱり謝らなくていいし、髪の毛の事なら許すも許さないもないんだよ」
「どうして? 怒ってないの?」
「怒ったって、僕の髪の毛は元に戻らないもん」
結は、つぶらな青い目を瞬いた。
「……。戻らないから、ダメなんじゃないの?」
「ねえ、結くん」
屋上の風が、結の金色の髪と、紅の黒い髪をふわりと揺らす。
「綺麗な長い髪を切られちゃった僕は、もう綺麗じゃなくなっちゃったと思う?」
「……ううん」
結は首を振った。
「綺麗。ショートカットのくれちゃんも、すごく、すっごく綺麗!」
子供らしく、すっごく、と素直に力説する結に、紅は笑いかけた。
「綺麗な僕は、可哀想で、不幸そうに見える?」
「見えないよ。とっても幸せそうに笑ってるもん」
結は、軽く両手を挙げた。
「降参だよ。柳子ちゃんの大敗北だね」
「アレって、何かの勝負だったの?」
「それこそ髪の毛の一本分だって目的を果たせていないんだから、負けも負けだよ」
「目的……?」
天使のような子供が、少し大人びて苦笑した。
「そ。目的っていうか、わざわざ鋏まで持っていって、チンピラみたいにわざとぶつかって、鬼みたいな形相でくれちゃんの髪を切った理由、かな」
直人は、ふと引っ掛かりを覚えた。
あの柳子が、お父様のお気に入りの「九番目」なんて、絶対に認めたがらないのは当然だ。今回の暴挙の目的や理由など、直人は深く考えたこともなかった。
紅の登場によって、側室達は「離婚」を恐れているが、紅を《高天原の玖》としてお披露目した以上、当面先の問題だ。
一番若く寵愛されている沙也香が、今後も上手く立ち回れば、柳子の嫁ぎ先も、当主がそこそこいい相手を見繕うことだろう。
だが、柳子の嫌がらせを通り越した狂乱は、確かに直人の想定を超えていた。
「それなら、僕の完勝かな」
「あー、くれちゃんは、ぜーんぶ解ってたんだね」
「それは解るよ。女の子だからね」
「僕は、男の子だけど解るよ? だてに10年柳子ちゃんの弟やってないもん」
「でも、このお話はこれでお終いにしようね?」
「直兄がいるから?」
紅は「しーっ」というように唇の前で白い人差し指を立てて、直人がよくわからずにいる間に、少女と子供の秘密めいた会話は終わった。
「結、何を企んでる? とっとと吐かねえと〆んぞ」
「ダメだよ直くん。こーんなに可愛い弟を〆るなんて」
「えへへ、大丈夫だよくれちゃん。直兄は、僕を〆たことなんか一回もないもん」
結は懐いている弟らしく、直人の腰に飛び付いた。
「……結くん。誰かに、苛められてるの?」
紅の問いに、結は驚いた顔で振り返った。そして、ぽつぽつと話した。
「……お母さんは、僕の髪と目が嫌い。お母さんを捨てていなくなった、おじいちゃんと同じだから。柳子ちゃんは、僕が《末》でも男で格上だから、嫌い。僕が直兄の真似をするのも、嫌い。お母さんは、伊織くんがいるから、跡継ぎに遠い《末》の男の子なんていらないんだ。だから、『いい家』にお嫁に行ける可愛い女の子が欲しかったんだ」
結がしょんぼりと話している間、直人は黙って結の金髪をわしゃわしゃと無造作に撫でていた。
直人は否定しそうだが、それはとても、兄と弟らしい姿だった。
「僕は、可愛い弟ができて、とっても嬉しいよ」
紅は、慈しむような瞳で笑った。
「直くんは、素敵なひとだよ。真似したくなるの、わかるよ。……でも、直くんと同じ道を行くのは、とても危険なことだよ。僕が言わなくたって、結くんはとっくに解ってると思うし、結くんがどう生きていくのかは、結くんが決めることだけど……でも、僕は心配するよ。今の結くんはまだ小さくて、守られているのが正しいんだから」
今度は、結はぽふっと紅に抱き付いた。
「くれちゃんは、どこまで知っているのかなぁ……。直兄は、肝心な所で口が堅いもん」
「きっと、知らないことの方が、ずっと多いよ。面倒くさがりで、優しいから口が堅いの」
「あはは、僕、くれちゃん好きだなあ。直兄がホントは優しいこと、ちゃんとわかってくれてるもん」
そう言うと、結は紅から離れた。
「じゃー、僕はもう行くよ。くれちゃん、直兄のことよろしくね!」
「うん。いっぱいよろしくするよ!」
天使のような子供は、笑って手を振って屋上から出て行った。
「10年弟……なら、結くんって10歳なの?」
「ミニサイズの10歳だ。そのうち成長期が来て、俺に追い着くって豪語してる」
「ふふっ、結くんは、本当に直くんが好きなんだね」
結は、兄姉は名前に「くん」と「ちゃん」呼びなのに、直人だけは、直兄と呼ぶ。
「謎に懐かれてる」
「そんなの、直くんが直くんだからだよ」
ふと、紅は気掛かりそうに言った。
「小学校のお友達と、一緒に卒業出来なくていいのかな?」
紅にとって、「普通」の学校生活は憧れだったので、「普通」を手放そうとしている結が心配なのだろう。
「飛び級は名目だ。結は、俺を追いかけて中学にも籍を置いてる。好きに卒業するんだろ」
「ふぅん……高天原特権って、変わった使い道もあるんだね」
直人と出会った頃、結はまだ7歳で、今のように笑う子供ではなかった。直人に懐くと、鬱陶しいくらいまとわりついて来たのだが、その時期はもう卒業しただろうに。
結は、小中高と、三つの敷地内を自然に出入り出来るようになった。
あの見かけは天使みたいな「弟」は、何をしようとしているのか。
☆ 末の結が登場で、兄弟姉妹はこれで全員登場です。今後の活躍にご期待下さい




