第3話 高天原の漆――直人(二)
☆ 話中に出てくる一夫多妻の家族構成は、特に覚えようとしなくても大丈夫です。キャラクターの登場時にまた書きます。
今更本邸に住めば、ほかの高天原家一族と、顔を合わせることになるのが面倒だ。
以前のように、離れに住んでいればその可能性は減るし、直人の側からは何も仕掛けないので、静かに放っておいて欲しい。
「これだもんな……信用出来ないなら、呼び戻さなきゃいいのに」
本邸から移されてきた直人の真新しい机、本棚、高級箪笥、等々を調べてみると、盗聴器が仕掛けてあった。因みに、本邸の部屋に隠しカメラがあったこともすぐに気付いた。
玄冬の一族の殺人術は体術が基本だが、その知識や技能は銃火器からハイテク機器に及ぶ。
今の時代、そのくらいでなければ殺しの《依頼》など受けられない。
この屋敷に余計な手を加えられていないことは、戻った時に確認済だ。障子も襖も日焼けしていて、7年の間に誰かが使っていた形跡も無かった。
「……気楽でいい」
直人は、埃っぽい畳の上に寝っ転がった。
この離れ自体は、嫌いではない。
幼い頃は、自分が放置されていることにさえ気付いていなかったし、侍女達に雑に扱われるのも、食事が冷め切った残り物なのも、不思議に思ったことはなかった。
寂しい、という感情も知らなかった。父親、母親という言葉も知らなかった。
代わりに、侍女達が口にしていたのは「当主様」「御台様」という名称だった。
ほかには「多喜子様」のご機嫌が悪いとか、「梓様」付きの侍女が羨ましいとか、「沙也香様」のご寵愛はいつまで続くのかしら、という側室の噂話も聞いた。
そのうちに、「当主様」には8人の子供がいるということや、自分もそのひとりであるらしいことを、断片的な情報を繋ぎ合わせて、次第に覚えていくことになった。
高天原の壱・宗寿。多喜子様の長男。乱暴。顔だけは、当主様に一番似ている。
高天原の弐・継人。御台様の長男。お優しい方。「正統な」跡取り候補。
高天原の参・蜜花。多喜子様の長女。気品があり御優秀。でも、女は跡継ぎになれない。
高天原の肆・忍。梓様の長男。天才。
高天原の伍・伊織。沙也香様の長男。幼稚園の頃からイケメン。
高天原の陸・睦。梓様の長女。「巫女姫」候補だから、お嫁に行けないだなんて可哀想。
高天原の漆・直人――自分。御台様の次男。でも、不義の子かもしれない。
高天原の捌・柳子。沙也香様の長女。我が侭。柳子様付きの侍女には、絶対なりたくない。
そして、直人が高天原家を出たのと入れ違いに、
高天原の末・結。沙也香様の次男。金髪碧眼の天使。――という末弟が追加された。
高天原家の掟や系図については、師・功の元にいた時に学んだ。
高天原家当主と後継指名された者は、戸籍上の妻である正妻の他に、3人以内の側室――計4人の妻を持つことが出来る。
かつては制限がなかったが、跡目争いで血で血を洗う惨劇になった前例から、明治に入った頃、側室と子供の数は制限された。
四人の妻の子は《数持ち》と呼ばれ、出生順に10名以内。11人目以降が誕生しても、その子供は《数無し》で、分家に下ることが決定する。
当主が外部で囲う女は妾、内部でお手つきになった親族の女や侍女は、側女と呼ばれ、その子供も《数無し》だ。
《数持ち》の中の男子だけが、高天原本家の当主となる権利を有する。
歴史的には、正妻の長男が継ぐことが一番多く、それが一番揉めない。
(母上、あの子はだれなのですか?)
(……気にしなくていいわ)
(でも、あの子はまだ小さいのに、お世話をされていないようです。とてもやせているし、髪もボサボサに伸びていて、着物も……)
(継人)
一瞬だけ、着物姿の美しい女は、冷たい目で幼い直人を見た。
(あの子供の面倒を見るのは、侍女の役目です。貴方は近寄ってはいけませんよ)
声をかけられる前から、廊下を歩き近付いて来る、微かな足音には気付いていた。
「直人様。こちらにいらっしゃいますでしょうか」
「何か用?」
「御台様の御命令で、直人様のお世話を仰せつかりました」
「入れ」
静かに襖を開けて、和装の女が入って来た。侍女の装いだ。
多分、淑子と同じくらいの年頃だろう。
所作には品があり、代々高天原家に仕えている家系か、高天原の分家筋の、侍女の中では地位の高い者のようだ。
「お初にお目にかかります。分家の高天原鮎子と申します」
座して畳の上に手をついて、侍女はそう名乗った。
どうでもよい息子の世話だけなら、もっと身分が低い者をよこしてもいいだろうに。
「顔を上げろ」
寝っ転がっていた直人は起き上がり、言った。
「始めにハッキリさせておこうか――お前の主人は、誰だ?」
鮎子は、僅かに顔を強張らせた。
「…………。直人様にございます」
「上手く騙したければ、三秒も空けてないで即答しろよ」
鮎子は、青ざめて黙りこんだ。此処で詫びれば、自分の嘘を認めることになる。
淑子に命令されてきた鮎子の主人は、淑子のままなのだと。
侮っていた。
7年前に出て行った、ちっぽけな子供と同じだとは思わないように――侮らないようにと、淑子に忠告されていたのに。
値踏みをする細められた黒い目に、鮎子は思い知らされた。
この少年には、嘘も言い訳も通用しない。
無言の侍女を見て、直人は親指を立て、自分の首の辺りをスッと横に引いた。
「クビな」
「…………」
「安心しろよ。今のところは物理的な意味じゃないし、今後の返答によっては撤回してやってもいい」
高天原鮎子は、自分の体中に汗がじわりと滲むのを感じた。本当に、自分はこの少年に殺されるのかも知れない、その可能性に気付いてしまった。
「もう一度聞く。――お前の主人は誰だ?」




