第21話 殺し屋の設定(一)
直人にとっては不本意なことに、決勝まで来てしまった。
一芸優秀者のクラスで、運動部の優秀者がいるので順当ではあるのだが。
直人は「運動部の優秀者には及ばないレベル」に抑えて参加しなければならないので、何となく気まずい。
その程度で一抹とは言え罪悪感を覚えるのは、「殺人武闘団」の頭領としては甘いのだろう。
しかし、「普通」の高校生の楽しいイベントで無双して、ぶち壊す気にはなれない。
かと言って、彼らの青春の一ページでわざと手を抜いて準優勝で留まるのも、懸命に試合をしているチームメイトを、結果的に馬鹿にしているのと同じだ。
ただ、相手も一芸優秀クラスチームで、バスケ部が三人いる時点で既に負けている。惜しいレベルで健闘し、僅差で負けるのが程よい落とし所だろう。
――とは、紅は思ってはいない。
「コラー! 直くんっ! 何で負けちゃってるのっ!?」
チラと直人が一瞬だけ目を遣ると、チアガール姿の紅が、仁王立ちでビシッと人差し指を向けていた。ただでさえ、レアなミニスカと色白の生足で男子の目を奪っているのに、直人まで巻き込まないで欲しい。
「ちゃんと本気出してよっ! あんまりカッコよくないぞっ!」
それを見ていた女子達は、
「直人君って、格好いいっていうより、普通に怖いんだけど……」
と、思うに留めた。いっそ清々しいほどのブラコンには、何も言っても無駄な気がする。
「くれちゃん、仕方無いよ。うちの男子、結構頑張ったと思うよ?」
「そーそー、あっちはバスケ部3人だもん。こっちゼロ」
「頑張ったとか、過去形にしちゃダメだよっ! 直くんがバスケ部3人分になればいーんだからっ!!」
すぐそこに救急箱はあるが、ブラコンに付ける薬は無い。
一方、試合中男子。
「直人、紅ちゃん怒ってんぞ」
「ほっとけ。俺は元々カッコよくない」
「紅ちゃん、怒ってても可愛いよな。チアのミニスカ最高」
「ヘラヘラすんな」
直人はキュッと向きを変えると、仲間が弾かれたボールを、更に弾いて奪い返した。
直人には、駄々をこねている幼稚園児のように見えるが、確かにチームメイトが言う通り、紅は怒っているのだ。
紅のあんな顔は初めて見た。紅は、直人の傍でいつも笑っているから。
伊織の完璧な社交術の笑顔とは違う、明るい素直な笑顔で。
直人に我が侭を向けられるようになったのなら、きっとそれは、母を亡くして間もない紅の心が思い出した「甘え」という、安心感から来ているのだろう。
――少しだけ、付き合ってやるか。
ここまで思考時間1.5秒。直人はノーマークの仲間にパスを飛ばした。
ノーマークが一瞬なのは、わかっている。相手チームのバスケ部員が、すぐに取り返しに行く。
「よこせ!」
叫んだ直人に、ボールがパスで戻されたのか。直人が自分で仲間から奪い取ったのか。
傍目にはどちらなのか判らないうちに、直人は高く跳んで、ボールも宙に飛んでいた。
そのままゴールのリングに触れることなく、スリーポイントシュートが綺麗にネットに吸い込まれた。
キャーッという女子の歓声が、
「キーンってする……」
聴覚が敏感な直人には、苦手な高音だ。
「今の何? 何⁉ ちょっとカッコよくない⁉」
「ちょっとじゃないよー?」
紅は、得意満面で言った。
「直くんはねえ、みんなが知らなかっただけで、ずーっとカッコよかったんだよ!」
「それは無い……」
直人はボソリと呟いた。無表情の陰キャ、触らぬ神に祟り無し、辺りが直人の定位置だ。 紅の言い方を借りるなら、そういう「設定」なのだから。
「直く~ん!」
紅が手を振る。
「そのまま勝ってね!!」
否、それは無理。
あと残り2分で9点差。バスケットボールは、ジャイアントキリングが起こりにくい。女子のお喋り通り、「うちの男子は結構頑張った」のだ。
相手チーム内での実力差が噛み合わず、バスケ部3人メインでプレイしたがるという欠点に助けられたとはいえ、こちらのチームは最大限に活躍してきたのだ。
――直人以外の4人は。
「もーっ、直くん、また2点開いちゃったじゃないのーーーっ!!」
だから、そいつバスケ部。
「直くん! 本気出してよっ!! 本気出さないで負けちゃったら、寝込みを襲っちゃうんだからね!! お布団に潜り込んで、抱き枕にしてあげちゃうんだからーーーっ!!」
おぉ~! と観戦者が無責任にどよめいた。
既に毎晩抱き枕にされているとは、絶対にバレてはいけない。
「高天原……羨ましすぎる」
「うるせえよ」
とにかく、紅には直人が本気ではないと、見抜かれているのだ。
このままチームメイトのレベルに合わせていると、また紅が幼稚園児じゃない感じの駄々をこねかねない。
「殺人武闘団」第101代目頭領、前例のない危機。




