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殺し屋と天女は兄妹ではないかもしれない  作者: 真髪芹
第3章 奪われた羽衣
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第21話 天女、我が侭になる(一)

 直人にとっては不本意なことに、決勝まで来てしまった。

 一芸優秀者のクラスなのだから、運動部の優秀者が含まれているので順当ではあるのだが。


 ただし、直人は『運動部の優秀者には及ばないレベル』に手を抜いて参加しなければならないので、何となく気まずい。


 その程度で一抹とは言え罪悪感を覚えるのは、殺人武闘団の頭領としては甘いのだろう。

 しかし、『普通』の高校生の楽しいイベントで無双してぶち壊す気にはなれない。かと言って、彼らの青春の1ページでわざと力を抜いて準優勝で留まるのも、懸命に試合をしているチームメイトに申し訳ない気がする。


 しかし、今回は相手も一芸優秀クラスで、バスケ部が三人いる時点で始めから負けているし、惜しいレベルで健闘して僅差で負けるのが程よい落とし所だ。


 ……と、紅は思ってはいない。


「コラー!直くんっ!何で負けちゃってるのっ!?」


 チラと直人が一瞬だけ目を遣ると、チアガール姿の紅が、仁王立ちでビシィと人差し指を向けていた。

 ただでさえ、レアなミニスカと白い生足で男子の目を奪っているのに、直人まで巻き込まないで欲しい。


「ちゃんと本気出してよっ!あんまりカッコよくないぞっ!」


 それを見ていた女子達は、

「直人君って、格好いいっていうより普通に怖いんだけど。取り敢えず、中学から放置してる髪の毛をどうにかする所から始めないと」


 とは言わなかった。

 この、いっそ清々しいほどのブラコンには、何も言っても無駄な気がする。


「くれちゃん、仕方無いよ。うちの男子、結構頑張ったと思うよ?」

「そーそー、あっちはバスケ部3人だもん。こっちゼロ」

「頑張ったとか、過去形にしちゃダメだよっ!直くんがバスケ部3人分になればいーんだからっ!!」


 すぐそこに救急箱はあるが、ブラコンに付ける薬は無い。

 一方、試合中男子。


「直人、紅ちゃん怒ってんぞ」

「ほっとけ。俺は元々カッコよくない」

「紅ちゃん、怒ってても可愛いよな~チアのミニスカ最高…うわっ!?」

「ヘラヘラしてんじゃねえよ」


 直人はキュッと向きを変えると、仲間が弾かれたボールを追いかけて、更に弾いて奪い返した。


 直人には駄々こねてる幼稚園児のように見えるが、確かにチームメイトが言う通り、紅は怒っているのだ。

 紅のあんな顔は、初めて見た。


 紅は、一度だけ涙を見せたことはあっても、いつも笑っているから。

 伊織のような、社交術の一部としての笑顔とは違う、明るく健気な笑顔。


 直人に我が侭を向けられるようになったのなら、きっとそれは、母を亡くして間もない紅の心がふと思い出した『甘え』という感情なのだろう。


 ……少しだけ、付き合ってやるか。


 ここまで思考時間0.5秒。ノーマークの仲間にパスを飛ばした。

 ノーマークなど一瞬なのは、始めから判っている。相手チームのバスケ部員がすぐに取り返しに行ける位置にいたのも、始めから視界に入っていた。


「よこせ!」


 叫んだ直人にボールがパスで戻されたのか。

 直人が自分で仲間から奪い取ったのか。


 傍目にはどちらなのかよく判らないうちに、直人は高く跳んで、ボールも宙に飛んでいた。そのままゴールのリングに触れることなく、3ポイントシュートが綺麗にネットに吸い込まれた。

 キャーッという女子の歓声が、


「キーンってする……」

 聴覚が敏感な直人には、苦手な音声だ。


「今の何?何!?ちょっとカッコよくない!?」

「ちょっとじゃないよー?」


 紅は、満面の笑顔で言った。

「直くんはねぇ、みんなが知らなかっただけで、ずーっとカッコよかったんだよ!」


 直人は、ボソリと呟いた。

「それは無い……」


 触らぬ神に祟り無し的な物騒な奴、湿気のない陰キャ、辺りが直人の定位置だ。

 紅の言い方を借りるなら、《そういう設定》なのだから。


「直く~ん!」

 紅が手を振る。


「そのまま勝ってねー!」

 否、それは無理。


 あと残り二分で九点差。

 バスケットボールはジャイアントキリングが起こりにくい。


 女子のお喋り通り、「うちの男子は結構頑張った」のだ。

 相手チーム内での実力差が噛み合わず、バスケ部三人メインでプレイしたがるという欠点に助けられたとはいえ、こちらのチームは最大限に近い活躍をしてきたのだ。


 ───直人以外の四人は。


「もーっ、直くん、また二点開いちゃったじゃないのーーーっ!!」

 だから……そいつバスケ部。この展開で当たり前だ。


「直くん!本気出してよっ!!本気出さないで負けちゃったら、寝込みを襲っちゃうんだからね!!お布団に潜り込んで、抱き枕にしてあげちゃうんだからーーーっ!!!」


 おぉ~!と体育館中が無責任にどよめいて、直人は溜め息を吐きたい気分になった。

 既に毎晩抱き枕にされているとは、絶対にバレてはいけない。


「高天原……お前、羨ましすぎる奴だな」

「うるせえよ」


 とにかく、紅には直人が『本気ではない』と見抜かれているのだ。

 このままチームメイトのレベルに合わせていると、また紅が幼稚園児じゃない感じの駄々をこねかねない。

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