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殺し屋と天女は兄妹ではないかもしれない  作者: 真髪芹
第2章 呪いの胎動
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第16話 高天原の肆――忍(二)

 《高天原の()》高天原忍は、その称号の通り、当主・高天原識の第四子であり、三男でもある。

 成人の儀とお披露目は行われたので、次期当主候補に挙がっているが、忍にその気は一切無い。


 忍にとって、当主という『表向き』の顔で座らなければならない頂点の座は、非常に不自由でこれっぽっちも魅力的ではないのだ。

 成人の儀という『儀式』も、お披露目という『社交』も実は前日まですっぽかそうかと思っていた。


 すっぽかさなかったのは、当主の側室であり秘書である実母・(あずさ)


「多分すっぽかしたいと思っているでしょうけれども、すっぽかしたら貴方のお小遣いを一年凍結するように当主様に進言します」


 と釘を刺されたからだ。

 毎年数億という、一般では非常識でも諸々の研究の為に湯水のように使っている小遣いを凍結されるのは、忍にとって非常に不自由なことなので、仕方無くそつなくこなしてやった。


 出来るけれどもやらない、のが非常に多いのが高天原忍という人物だ。

 かと言って怠けたいのではなく、やりたいと思った事ならとことんのめり込んで、不可能を可能にひっくり返すのを面白がるのが忍だ。


 いつまでも遊んでいたい子供のような好奇心を、高い知能でフル回転しながら大人になった科学者にとって、遊びと仕事の区別は無い。

 当千華学園内に研究所を構え、彼にしか解らない研究をし、彼にしか集められないものを集める遊びを、飽きる事なく繰り返している。


 そんな忍にとって、直人の生体データは、とても面白いコレクションだ。


 忍の研究室に出入りする全ての人間は、忍にその生体データを握られている。

 今日も、直人がここに入ってくるまでに、カメラが顔認証と網膜認証を、マイクが声紋認証を、入口のバネルが指紋認証と静脈認証を読み取っているということだ。


 忍にとって、三年前の異母弟との邂逅は、かなり強烈だった。


 正妻に疎まれた《漆》を、正妻が溺愛する《弐》が不憫に思って近付き親しんだ事を機に、たったの五歳だった《漆》は、追い出された。


 そんな非力な子供に過ぎなかった《漆》を、分家の高天原(いさお)という殺人武闘団・()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 忍は、その時点で直人に注目していた唯一の人間だ。その『弟』が、中学校に入学するからと言う『名目』で、七年ぶりに本家に帰って来る。

 ……前に、忍の研究室を訪ねてきたのだった。


「高天原の漆が、高天原の肆に面会を申し入れる」

「本家に帰るより先に、此処を選んでくれたのは光栄だよ。入ってきていいよ。ただし、自力でおいで」


 忍は、セキュリティをC難度にして実力を試して遊ぼうと思ったのだが、8分46.15秒で人質に取られた。


「ふざけてるのか?俺は遊びに来たわけじゃない」

「ごめんなさい……ふざけました」


 忍は、ガッチリ身柄を拘束されながら、H難度にしておけば良かったかな、と遠い目になった。

 この物騒な異母弟は、1:4:5の割合の科学と体術と本能で、防御システムを突破してやって来たのだ。


 ……ちょっと待て。こんな滅茶苦茶な生命体、他にいる?


 忍はもうすぐ13歳になる少年に尋ねた。


「よく俺の居場所がわかったね。何で?」

「三番目に難しそうな経路を選んだ」

「何で三番目?」

「勘。お前みたいにふざけた奴は、一番安全な場所には居ない」


 それ以来、忍は自分の居場所よりも難易度の高い場所を、研究所内に三箇所設定するようになった。


 この時に直人がやって来た理由は、忍を《情報屋》として雇うことだった。


 一 忍は、それまで同様に独自の調査網で得た情報を売買しても構わない。

 二 ただし、《殺人武闘団》と《高天原の漆》に関する情報を売ってはならない。

 三 《玄冬》及び《高天原の漆》の情報提供依頼を断ってはならない。

 四 ただし、先に依頼を受けた依頼人との間に生じた守秘義務に接触する場合、又は忍に明らかな不利益や身の危険が生じる場合は、三を遵守する義務を負わない。


「契約書を作っても構わないけど、俺が裏切るリスクは考えないのかい?」

「俺は、リスクの無い道を通ってきたことは一度も無い」

「つまり、俺を信用はしないけど、メリットの方が大きいと考えたのかな?」

「天才と誇って、自分以外の生き物は猿以下だと思っているお前は信用する。俺に無能だと蔑まれるくらいなら、依頼を達成することを選ぶ奴だという俺の勘も信用する」

「ひでえ」


 この時も、忍は笑った。

 

 直人が忍の研究所を訪れた時点で、顔認証、網膜認証、声紋認証のデータは取られていたが、それら消去する必要は無いと、直人は言った。

 つまり、直人は契約の対価に『高天原の漆の生体認証データ』を提示して、忍は快諾したのだった。

 

 膨大な情報の中枢にいる天才。あらゆる仕事は全部趣味で遊びという《高天原の肆》高天原忍。

 直人は彼との取り引きの対価として、意図的に自分自身を選んだ。


 『玄冬の生体認証データ』なんて、そう役にも立たないことを、双方ともに承知で。


 玄冬の一族は、証拠を残さない。残したとしても、直人でさえ全容を把握していない《始末屋》が跡形も無く消し去るからだ。


 多くは、現場の証拠そのものか、証拠を手にすにしている人間を抹殺する。

 最低限の始末に留めるので、ターゲットが組織、建造物であった場合、必要な部分だけ消去する。


 しかし『必要な部分だけ』を掴みきれない場合は、組織ごと、建造物であれば隠されていた地下施設ごと消去する。

 消去したことすら消去する。


 だから、忍が手にしたデータは単に『かなりレア物の情報』の域を出ないのだが、忍は『レア物コレクション』に追加すること自体が面白いので、取り引きが成立した。


 謎の一族の中でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、その頭領自らが忍を訪ねてきたのだ。

 こんな面白い弟の生体データなんて、持っているだけでウキウキするのに決まっている。


 そして、《情報屋》高天原忍は、《玄冬》と手を組むことに同意した。


 今回は、直人の依頼で高天原識の庶子である通称・八坂紅の身元の捜査も引き受けた。

 そして、何日もしないうちに「直接話したい」と忍から連絡が来たので、『久しぶり』の対面となったのだった。

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