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殺し屋と天女は兄妹ではないかもしれない  作者: 真髪芹
第2章 呪いの胎動
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第15話 高天原の肆――忍(一)

 東千華(とうせんげ)学園。

 

 高天原家所有のこの学校は、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院、それに付随する研究施設が広大な敷地に配置されている。

 

 多くの親から多くの子供を預かり、多くの独自の研究が行われ、多くの独自情報を持つこの場所は、閉ざした空間にする方が安全だ。

 しかし、実際には諸々の事情で学園内外の膨大な数の人間が行き交う事が必要であり、この学園の名誉にかけて事故や犯罪の防止には細心の注意を払っている。


 紅にとっては、突然現れた《数持ちの庶子》という前例の無い立ち位置の高天原家や、無秩序な外の世界よりも、この学校内は比較的安全であると言える。


 そのように直人から聞いていたから、昼休みに直人が紅の元を離れると言った時、紅は素直に納得した。

 たとえ、直人が何の為に何処に行くのか、ひと言も明かしてくれなくても。


 生徒は勿論、教員、職員の殆どが、学園内に張り巡らされた小型カメラの監視網の存在を知らされていない。音声記録もだ。


 あまりにも多い情報のそれらは、通常~危険まで8段階に自動に振り分けられ、24時間体制で分析整理されている。

 当然、全てが機密事項だ。


「……って、それ僕に言っちゃったら、機密じゃなくなっちゃうんじゃない?」

「お前が誰にも言わなければ、機密のままだ」

「お前じゃなくてべにだよ」

「べにが安心するなら、教えてやる方がいい」


 淑子は、功を殺したと察して嫌悪した《息子》に、紅を預けた。紅が言った『私を喰らいたがる男の全て』と戦えと。

 淑子ほどの地位にいれば、他の選択肢もあったはずだが、直人がベスト又はベターと考えた理由は何なのか。


 多分、紅には何らかの性的トラウマがある。それでも、唯一の家族だった母親を失った紅は、直人だけは無条件で信じた。

 無邪気で無防備で、懐っこく見えても、『普通の生活』に憧れていても、きっと紅にとっては世界の全てが怖いのだ。――――直人以外の全てが。


 紅に、依頼時以上の事柄を、直人の方から聞き出すつもりはなかった。紅のまだ癒えていない傷口を、更に広げることはしたくない。

 依頼を受けた以上は、与えられた情報だけで動く。


 依頼者が自分に都合のいいことしか開示しなかったり、嘘を織り交ぜたりすることは珍しくない。

 直人に限らず玄冬の一族なら誰でも、承知の上で依頼を受けるかどうかを判断し、受けたならば遂行するだけだ。


「俺は、いつでもべにの傍にいられる訳じゃない。でも、決定的な何かが起こる前に止めが入る。だから、安心しろ」


 そうとだけ告げて、この日は紅から離れて単独行動を取った。


「安心しろ、かぁ。べにが安心するなら……って、それだけの理由で機密を開示できちゃうなんて、格好良すぎるんだよ、直くんは」

「……………………」


 昼休み、一緒にお弁当を食べていた女子たちには、紅の呟きは「格好良すぎ」以降しか聞こえていなかった。


「……くれちゃんって本当ブラ、直人くんと仲良しなんだね」

「ブラコンじゃなくって愛だよ」

「…………………………………」


 何も聞かなかったことにした方が、いいのだろうか。


「でも、仲良しかって言うと、ちょっと違うねえ」


 ふふ、と紅は艶めいた笑い方をした。

 ついさっきまでの天真爛漫な紅とは別人のようで、その豹変に女子生徒ですらドキリとさせられる。


「中学校の3年間同じクラスだったのに、みんなが遠巻きにしちゃっただけのことはあるんだよ。隙も無ければ掴み所も無いから、親しくなるきっかけも無かったよね?直くんって、本当は優しい男なのに、優しくするのと仲良くするのは別の事なのさ」


 この世にも美しい少女は、直人を『男』と言ってのける。自己紹介の時に『お兄ちゃん』と口にしたのは、方便だったとばかりに。


「僕が一方的に大好きで、でも仲良しになりたいなーって思っている所なんだよ」


 ふっと、酔うような夢が終わったように、紅はとても素直な響きで『大好き』と言った。


「僕は、お母さんと母子家庭だったんだ。お母さんが亡くなったから、お父さんだって言った人に引き取られたの。それで、敵だらけの家の中で、僕の世話を押し付けられちゃったのが、案外面倒見のいい直くんなんだよ」


 母親を亡くしたと、敵だらけだと、けろりとして言うので、周囲の少女たちは年相応に言葉に詰まった。どう反応すればいいのか、わからない。

 紅から、悲劇性を全く感じない。紅は、直人の為に怒った時以外は、笑ってばかりだ。


「腹違いの妹なんて、放っとけばいいのにね。それでも直くんは、邪険にしないで僕を守ってくれるんだ。だから、世界で一番、だぁいすき!なんだよ」


 幸せな、あどけない笑顔で、紅は話を終えた。

 生まれて初めて出来た友達のお喋りを聞きながら、紅は心の中で呟いた。


「僕の気配に気付かないなら、すぐに()()()()()と思ったんだけどなあ。なかなかに手強いよ。……だから僕が愛するに値する。そう思うでしょ?……お母さん」




 直人は、関係者以外は知ることのない通路を辿り、扉の前のパネルに手をかざして言った。

「高天原の漆。忍に会いに来た」


 静脈認証でドアが開き、そして言葉の内容を把握した人工知能が、必要な経路だけ解放して直人をその場に導く。

 最後のドアは広い研究室に通じており、この部屋の主――――直人の異母兄・《高天原の()》高天原忍は、ゆったりとしたチェアにもたれたまま、くるりと椅子を回転させて直人の方を向いた。


「直人、久しぶり」


 直人は答えた。


「そうだっけ?」

「ひでえ」


 実験で薬品を扱うわけでもないのに、科学者っぽくて格好いいから、という厨二みたいな理由で十歳から白衣を愛用している、会うたび違う伊達眼鏡の科学者が、笑い出した。


「年末に会ったきりだろ?」

「情報はやり取りしてたから、気にしたことが無かった」

「はいはい、お前ってそういう奴だよな」

「そういう奴ってどういう奴?」


 東千華学園のセキュリティーシステムの開発者にして、最高責任者でもある天才は、面白そうに言った。


「仲良くなれない奴」

「…………」

「俺にして見れば、お前って(むつみ)の次に連絡を取り合ってる兄弟なんだよ。お前が継人兄さんしか身内だと思ってないのは解っちゃいるけど、親しみ持ってるのって俺だけじゃん?って毎回謎な気分になるんだよな」

「…………」


 直人は、親しみを持たれていたのか、全然知らなかった……と思った。

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