第13話 伝説の男(一)
先日は、第11話を飛ばして、間違って第12話を先に投稿してしまい、大変ご迷惑をおかけしました。
『第11話 正妻――淑子』を未読の方は、後々の話が繋がらなくなってしまうので、遡ってお読み下さいますようにお願い致します。
第11話:https://ncode.syosetu.com/n9509kd/11/
紅は、授業中こそちょこんと直人の隣でお行儀良くしていたが、休み時間になると直人にベッタリで、
「直くん、トイレまでエスコートしてっ!」
「しねえよ」
あの無愛想と無表情の権化《高天原の漆》に、懐きまくってじゃれつく美少女《高天原の玖》という組み合わせは、あからさまに興味の視線を集めていた。
……良くない。色んな意味で。
直人は、長くなった前髪が鬱陶しい、そう言えば半年以上散髪をしてない、と思いつつチラリと視線だけで教室を軽く見渡した。
「おい、そこで5人セットになってる女子」
ピタリと直人の視線の的になった女生徒達は、固まった。
怖い。何かされたことがあるわけじゃないけれども、笑った所を誰も見たことがないという高天原家の男という時点で、既に怖い。
「コイツを連れてって、連れ戻してくれ」
「コイツじゃなくてべにだよ。どこにー?」
「トイレだろ」
「行くー」
紅は、それ以上文句を言うことなく、人懐っこく女子の集まりに声をかけると、一緒に教室を出て行った。
(僕はね、直人には同じ年頃の友達と、楽しく過ごす時間を覚えて欲しいんだ)
高天原家に戻って来た頃、継人の《影》をやりたいと言った直人に、継人が困ったように微笑んで言った言葉。
こんな気分だったのだろうか。
紅を守るという依頼は受けたが、直人は出来るだけ紅に不自由をさせたくないし、不自由を不自由だと、そして不自然だと気付いて欲しいと思っていた。
紅は、かつて母親とふたりきりで、他人との接触を避けて学校に行くこともなく、それを不満に思う事もなく逃避行をしていたという。
紅にとっては母親が全てで、母親がいてくれればそれだけで幸せだったと言った。
母亡き今は、どういう訳か直人を『運命の人』に指名して、直人が世界の全てでいいとまで言い切った。
まるで、最初に見たものを親だと思い込んで、付いて行く雛鳥のように。
紅の特殊な生い立ちと、15歳という年齢を考えれば、今はまだそれでもいい。だが、紅は直人とは違う。
制服の仕上がりを楽しみにするほど、学校という平凡な場所に憧れ、楽しみにしていた『普通の』少女なのだ。
少しずつ、距離を取っても大丈夫なようにしてやりたい。
紅が、母親の遺言だという願いを、叶えるまでに。
――――そうして、ふたりの契約関係が終わるまでに。
「じゃあ、おとなしくしてろよ」
「うん!」
「…………」
紅が、何かを期待したキラキラした瞳で、じーっと直人を見上げている。
直人は黙って、紅の小さな頭部に手をやって、ぽんぽんと宥めてやった。
「えへへ。いってらっしゃい!」
紅が満面の笑顔で言うと、直人は背を向けて軽くひらりと手を振り、教室から出た。
訳が分からない。紅がしきりに「頭ぽんぽん」というので検索したら、「ただしイケメンに限る」と出てきたのだが。
直人が去ってしばらくすると、女子がキャーッと言った。
「初めて見た!幼児向けじゃないリアル頭ぽんぽん!」
「でしょー?格好いいでしょー?」
トイレに案内してもらった行き帰りで「お兄さん怖くない?」という質問に「怖くないよ!とっても優しいもん」という意外すぎる答えと共に、具体例として「頭ぽんぽん」が挙がったのだ。
「そっか……直人君、背が高いから決まる」
「やらなさそうな人だと思ってたのに……ギャップがいい」
「そーだよ。ときめきは意外性からなんだよ!」
紅は得意気で、一見微笑ましい妹だ。
そして、ひとりっ子や姉妹だけ、生意気な弟しかいない女子にはかなり好評だ。
歳が近い兄がいる女子は、兄にときめいている辺りが、ブラコンを通り越して危うい感じを醸しているような……と思ったが、高天原家のお嬢様には何も言わないことにした。
「じゃあさ、僕が知らない直くんのお話、何でもいいから教えて?僕は、つい最近高天原本家に来たばかりだから、まだ直くんのことよく知らないんだよ。みんなが直くんを怖がる理由になった、怖いお話でもオッケーだよ!」
「うーんと……怖いお話っていうか、大体は相手の方が悪いんだけど」
直人が中学校に入学して間もない頃。その頃は特に長身という印象はなかった、というよりも単に影が薄かった。
直人が無口でおとなしそうな『高天原』だと知ると、高天原特権を忌々しく思っている生徒や教師が、直人を狙っていじめを仕掛けた。
紅が、ゆらりと椅子から立ち上がった。
「直くんをいじめたの……?何処の誰?僕、ソイツらひとり残らず呪い殺したいんだけど……?」
「く、くれちゃん落ち着いて!」
天女の美貌で殺気を放つと、呪いを通り越して、祟る女神みたいに怖い。