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ユーシュカ・リリフィリアはかく語りき その2

 この世界における魔法使いとは何か?

  問に対し、前提として語らなければならないのはこの世界の生き物が人間では無い、と言う事につきる。

 この世界の人間はとっくの昔に滅びた、今世における霊長類の座には魔物と呼ばれる知的生命体が存在している。

 基本的な構成は人間のそれと変わりない。分かりやすい違いをひとつあげるとすれば、聴覚をつかさどる器官がヒト科よりも獣のそれに近しい、という点がある。

 ともかくそんな魔物の一種であるワタタリ・ススは黒猫のような耳をピクリ、と動かす。

 動かしながら巨大魔法を一発ぶちかました。

 小規模な海原のような魔法。うねりは悪天候の海面のように激しく、やがてそれらはドリルに似た鋭利を獲得し敵に突進する。

 工業製品の金属板を加工する画よろしく海ドリルが敵である「水曜日」の体にぶつかる。

「あああ」

 水曜日のほの暗い表皮がえぐれる、中身の肉と脂肪が飛び散る。体細胞は哺乳類のそれに近しい成分を帯びつつも圧倒的に色彩が不足している。血液や脂肪分の色を持たない肉片はともすればただのジェル状洗剤に見えなくもなかった。

「・・・・・・」

 ススは集中力を継続させている。攻撃魔法の基本事項として使用者は常に気を張っていないといけないのである。

 張りつめたタコ糸を操るように、ススは己の内側に秘するひとつの概念を操作しようと試みる。

 糸のイメージ。黒色の糸、その一筋が束となり重なり合い布と変わる。布、今はそれ以上の具体性は必要ないだろう、ススはそう判断したようだった。

「んるる」

 ススは小さく呼吸をする。目線はただひとつ、敵である水曜日にだけ向けられていた。

 魔法の槍、その穂先が敵を倒す。

 肉がえぐれる、脂肪細胞と骨の合間にかの存在の核心的な部分が暴かれた。

 心臓に近しい機能を持つ器官、ニワトリの卵のような形状のそれが破壊される。

 刹那に鈴が擦れ合うような音が空気の上をすべった。鈴の音が誰かの耳に確かな情報として届くよりも先に水曜日の重たい体が地面に向かって落下してきていた。


 水曜日の死体を前にクゥはスマホにて回収作業の依頼を行っていた。

「ええ、ええ。えーええぇー、はいはいはい、そのように」

 いいだくだくとしたやり取りの後、クゥはスマホの通話を切るとほぼ同時のタイミングにてススにひとつ、提案をしていた。

「ところでスっちゃん」

 クゥに呼ばれたススが答える。

「何でしょう? お嬢さん」

 若干の他人行儀を感じさせるのは、表面上はあくまでもビジネス的関係性を保っているつもりだと、主にススが積極的に自己主張しているからである。

  それはともかくとして。

「城の建設を、行いましょうか」

 ススは本来の目的を早速、かつ早急に果たそうとしていた。

 彼女らがこの土地に、因果交流回路と呼ばれる区域にたどり着いた、その理由と原因の一端をまとめようとしていた。

「それではご清聴」

 ススは魔法の香水瓶を構える、注ぎ口は真っ直ぐ下を向いていた。

 瓶を携える左手が三つのカウントを指で刻む。

「さん、に、いち」

 カウントののち、僅かな呼吸音だけを挟んだ直後、やにわに濃密な魔力の気配が少女を周辺を固めていた。

 握りしめた右手、手のひらの内側に魔力でこしらえた短剣のようなものが現れている。

「開けー……ゴマ!!」

 普遍的な解錠の呪文、スペルを発すると共にススは短剣のようなものを地面へ突き立てていた。

 アスファルト、かつて人類の生活圏の大部分を構成していたであろうその物質はかくも簡単にススの一撃によって傷つけられていた。

 一撃は深々と突き刺さっていた。まるで植木鉢に園芸用ラベルを刺し込むかのように、いとも容易く硬質さをうがち破壊していた。

 刺されて割れた地面の隙間から大量の黒インクが溢れ出す、否実際のところは黒色を濃くした魔力の流れでしかない。この世界における魔は基本的に視覚情報に干渉しやすくなっている。ゆえに質量の多い魔法はその使用者の持つ気質が色に現れやすくなる。

 やがて切れ目が穴となり、その底へとわたしたちは進んだ。


「なんて、そうこうしている内にたどり着いたわよ」

 たどり着いたのは一件の建物であった。

 ゴシック建築をそれとなくリスペクトした左右対称の建築物である。

 教会のような出で立ちであるが、しかし。

「ここが我らの牙城となるのよ!」

 クゥはあくまでもここを「城」として認識しようと試みていた。

「牙は突き立てませんけどね」

 クゥに追従するようにススも建物の近くへ向かいそれを観察する。

「立てない、と言うよりかは立ちたくない、と言うべきなんでしょうけども」

 非暴力に向けた薄っぺらい決意を胸に、魔女たちは城の中へと入っていった。

 居住空間はそれなりに整っているようだった。

 先程記述した空間がメインホールだとして、そこから南南東の方角にいわゆる離れと思わしき住まいが用意されていた。

 全体的に和式を基準とした雰囲気。現代人の軟弱さにも対応できる程度のインフラも整っている。

 まさにおあつらえ向き、と言ったところだろう。

 そこでクゥは誰かに電話をかけていた。

「ええ、うん、うん。たった今たどり着いたところよ」

 口調、および電話口から相手に見えない範囲の所作からして見知った間柄であることがうかがえる。クゥは通話を終えると同時にススへ次の目的地を伝えた。

「スっちゃん、学校にいこう!」


 都立魔法科学共同研究大学。

「名前なんてどうでもいいんだっての、マジで」

 構内にて狐耳の少年が少女たちに力説をしていた。

「今ここに問題がひとつあるとすれば、それはおれの恩人がひとり命の危機に瀕しているということなんだ」

 おどけたように話しているのは、おそらく彼なりに緊張感を緩めようと画策している算段なのだろう。

「もうこまり困り果て、でまいっちんぐってヤツ!」

 だが彼の……ツキツネ・ラテラの試みは残念ながら成功に結びついているとはとても言えそうになかった。

「という訳で、最近ウワサの「マジック水課に依頼を申し込んでみたんだが……」

 ラテラは一旦言葉を止めてスス達を一瞥した。

 なにとはなしにネガティブな感情を想起させる目配せである。

 何かしらの凶事を予感させる目つきにススは早速警戒心を深め始めていた。

(これは何やらカニやらタコやら、あまり宜しくない気配を感じますね……)

 おそらく彼女はこのようなことを考えていたのだろう。

 蟹やら蛸の生命力にすがりつきたい云々、とまでは深読みしなくともことを慎重に運びたい気分であることは伺えた。

 と、そこへ。

「あ、あ、あ!!!!」

 新たなる素っ頓狂が、あわれススの身に降りかかろうとしていた。


 この声は?!

「魔法使い」という身の上がなせる技なのか、ススは対象を視認するよりも先にそれが己にとっての討伐対象であることをいの一番に察していた。


 さて。

 敵である水曜日は学校内、敷地内にて暴れ散らかしていた。

「こりゃすげぇなー!」

 高台にまたひとり、別個体の魔物の立ち姿があった。

 対象を目前にした一人の少年が興奮にのぼせたコメントを吐き出していた。

「マジで、テキトーな美術館から逃げ出してきたみてぇな珍妙な御姿してやがる」

 彼の体には狸の特徴が現れている。しかし耳の方は「人間」と比べてわずかな差しかない。その代わりとでも言うかのように目元や尾骨付近に人外的特徴が現れている。

「ショウー!」

 タヌキしっぽの少年の名を呼ぶ声が彼の後方から風向きに逆らって放り出されている。

 ショウと名前を呼ばれた少年はしばし敵である「水曜日」から目をそらし、高台から目視できる周辺の地上を確認する。

「おーい! 具合はどうだー!?」

 声の発生源はすぐに見つけられた。

 地上から程よく高台のてっぺんを見あげられる位置に数名の若い魔物たちが寄り集まっている。

「ラテラ。……と、他の奴らは……?」

 平均的なものよりもかなり優れているショウの視力が迅速なる情報収集を実行していた。

「あ、……ああ、あ?!」

 そして目玉の冷静さとは裏腹に眼窩の奥の脳みそは突発的な嵐に見舞われていた。

「クラサフカ……! と、その横はあいつの友達、だったっけか?」

 ショウはクラサフカ嬢、すなわちクゥと既知の間柄のようである。

 体温値の上昇、不自然な動悸と目のうるみ。何事かの青春臭さにまみれた情愛の気配を邪推しそうになる慌てっぷり。

「なんであいつが此処に……?! まだ刑期は終わってないんじゃ……っ?」

 口をついて出た心配の内容が異様に物騒であることは、この際無視するとしてわたしは早くも若者たちの青い青い、青臭い甘酸っぱさに酩酊感を……。


 と、イヤらしい物思いに浸ろうとしていたら。


「危なーい!」

 よこしまな妄想に天罰を与えるがごとく、水曜日が放った巨大な鱗が高台付近の地上、わたしたちに被害が及ぶ範囲内に急速落下してきていた。

 退避をする事は可能であった。

 例えばススの腕力ならばクゥとラテラの2匹くらいは余裕で担ぎ上げられたことであろう。

 だが彼女が体力に任せた退避行動を起こすよりも先に上空にて水曜日に変化が訪れていた。

「?!」

 突然の閃光、ススはたまらず顔を顰めて光源が眼球に与える不意打ちを軽減させようとした。

「おやおや」

 クゥのやたらと安穏とした呟きが空間を僅かに震わせていた。

「んる?」

 ススが喉を小さく鳴らしながら恐る恐ると視線を上に向けてみている。

 するとそこには巨大な扉が開かれていた。

 異世界、それはまさしく紛うことなく間違いなく、この上なく正しく異世界へと続く扉であった。

ゲート!?」

 監視のための高台にいるはずのショウの声が間近に聞こえてきた、異常事態の影響で我々の聴覚がいよいよ不具合を起こしたのだろうか?

 しかし残念ながらわたしの耳はいつになく健康的な機能範囲を遵守しているようだった、それはもう憎らしいほどに。



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― 新着の感想 ―
独特な世界観に、文章の表現が合っていて良かったです! 序章の魔王とシズク、水曜日の存在が気になります
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