第2巻:第1章 取り敢えず、それぞれの初日
空はどこまでも青く晴れ渡っていた。その中に申し訳程度の綿雲が、風に乗ってゆっくりと流されている。
その青空の下にゴツゴツした岩山の峰が、まるで北側を塞ぐ壁のようにそびえている。山頂付近が空気で蒼く霞むほど、岩山は天高くそびえていた。その岩肌の色は、ふもとに近づくに連れて鉄が錆びたような赤茶けた色に変わっていく。そんな岩肌もやがて草木に覆われ、裾野では厚いブナの森になっていた。
壁のような峰の中に、1か所だけ深い渓谷がえぐられている。その渓谷の奥へ向かって、石畳の広い道が作られていた。道は渓谷の東側斜面に沿って岩の間を縫いながら、どこまでも長く続いている。
今は朝の9時少し前。真夏とはいえまだ陽が高くないため、道のほとんどは山影の中だ。
そこを2頭立ての大型乗り合い馬車が、パカパカと軽やかな音を立てて走っていた。
馭者台には馬を操る者と、野盗の襲撃に備えて2人の護衛兵が同乗している。
馬車の座席は5人がけの席が8つ、すべて前に向いた簡単な作りだ。もっとも車輪にはゴム製の空気タイヤが使われ、更に板バネが走行中の震動を吸収してくれるため、馬車の乗り心地は思った以上に快適である。
乗客は20人ほど。大荷物を持った商人風の男や、身なりの整った官僚風の男たち。それとこれから親戚に会いに行くのだろうか、3人の子供を連れた女性の姿もある。
そんな乗客たちを乗せた馬車が3台並んでも、道には余裕で走れるほどの広さがあった。
「わたしたち、どうして北行きの乗り合い馬車に乗ってるのかしら?」
馬車に窓はなく、客席は屋根があるだけの吹きっさらしだ。そこから後方へ流れる光景を見ながら、中央谷側に座るメイベル・ヴァイスが愚痴っぽく疑問を口にした。
メイベルは水色の修道服を着た少女である。それもフォルティアース大陸最大の宗教で、王国連合帝国を1つにまとめるソルティス教の修道女だ。着ている青い色の修道服は、彼女が一人前の修道女──正修道女であることを物語っている。
そのメイベルの横に置かれたリュックサックには、フライパンやまな板、お玉がぶら下がっていた。メイベルは修道女であると同時に料理人でもある。それはメイベルの左袖に縫いつけられた袖章からも見て取れる。大きな鍋の図柄は料理人であることを示し、一緒に描かれた3つのタマネギが、彼女がかなり腕の立つ料理人であることを教えている。しかも袖章には宮廷料理人であることを意味する金縁まで施されていた。
「そんなことは決まってるだろ。神の思し召しだ」
メイベルの疑問に、隣に座るナバル・フェオールがぶっきらぼうな口調で答えてきた。
ナバルは手に持った剣をまっすぐに立てた恰好で座っている。そのナバルが着ているのは、近衛青年士官の制服だ。そのナバルもメイベルと同じように横にリュックサックを置いているが、それはほとんど膨れていない。
「思し召し……ねぇ……」
メイベルが持っていたトネリコの杖を抱えて、大きな溜め息を吐いた。
そのまま口を噤んだメイベルが、ゆっくりと馬車の来た道を振り返る。
はるか後方に見える山の斜面に、巨大な城壁が見えていた。王国連合帝国の帝都サクラスを囲む城壁だ。ちなみに帝国は帝都の名前を取って『サクラス帝国』と称されることもある。そして帝都の市街地は、城壁の外にある斜面にも広がりつつあるようだ。
「もう、教会は見えないわね」
帝都でもっとも高い建物は、聖サクラス教会にある大聖堂だ。だが、教会は城壁の内側にある丘に隠れて、今はもう見ることはできない。
その丘をしばらく眺めていたメイベルの視線が、ゆっくりと斜面を下っていく。
「どうせなら南にあるポルタウに向かいたかったわ」
そう零したメイベルは、山のふもとを流れる大河に向かった。その川に沿って、市街地がどこまでも広がっている。その街並みを見詰めるメイベルに、
「旅立って、まだ1時間だぞ。それなのに、もう弱気になってるのか?」
と、ナバルがまたもぶっきらぼうな口調で声をかけてきた。それにメイベルが、
「わたしは旅立つ前から弱気になってるわよ」
と答えて、不愉快そうな表情をナバルに向けてくる。そして、
「だいたい考えてみてよ。この旅は俗にドラゴン病と呼ばれるデスペランの大流行の脅威を何とかしつつ、テロを仕掛けてくるドラゴン教団の方も何とかするのが目的でしょう。となれば、最初にデスペランと疑われる病気の報告があった、竜の山脈のふもとにあるヴァレーの町へ向かうべきだと思うの。しかもヴァレーの町は、ドラゴン教団の総本山よ。今回の旅の目的を考えると、今の段階ではこれ以外に目指す場所はないと思うのよね」
と、意見をぶつけてきた。
「ヴァレーの町は知らんが、竜の山脈は、たしかずっと西にある山脈だったか?」
「ええ、西よ。ここから2,400km西にある山脈よ」
ナバルの確認に、メイベルがご機嫌斜めな声で答えてくる。
「北まわりで行こうが南まわりで行こうが、どっちから行こうが問題はねえだろ」
「はあ!? あんた、何言ってるの?」
ナバルの一言に、メイベルがわざとらしく声を上ずらせた。
「よく聞きなさいよ。西にある竜の山脈へ行くには、まず南にあるポルタウで船に乗って、フルヴィ川を一気に溯るのが一番の早道なのよ。そうすれば山脈までの2,400kmのうち、1,600kmちょっとをわずか4日で移動できるのよ」
馬車から見える川沿いの街を指差して、メイベルがぷうっと頬を膨らませた。そして、
「それなのに、どうして反対方向へ行く馬車に乗らなきゃならないのか、説明して欲しいものだわ。北へ行ったら、岩の山脈に……。ううん、岩の山脈だけじゃないわ。風の山脈や砂の高地にも行く手を阻まれるから、大きく迂廻しなくちゃならないのよ。それにサクラスの北の地方からは、デスペランが疑われる病気の報告は、ただの1件もないし……」
と不満を零し、持っていた杖の瘤をナバルの頬に押し当てる。
「説明など簡単だ。それは神の思し召し以外の何物でも……」
「だ〜か〜ら〜、わたしは、その真意が知りたいのよ。どうしてわざわざ遠まわりしなくちゃならないのかって……」
「おまえなあ。神の深遠な御心を探ろうなどと、何を大それたことを考えているんだ?」
押しつけられる杖を払い除けて、ナバルが鬱陶しそうな顔をした。
「人が神の真意を知るのは、事がすべて終わってからだ。その前に神の御心を知ることは、未来を知ることと同じ。わかるわけねえだろ」
「うわぁ〜。イヤな思考放棄だわ」
ナバルの言葉に、メイベルが思いっきり不愉快そうな表情を浮かべる。
「その日の行き先を決めるくじびきなんて、ただの確率よ。そんなところに神さまの意志があるわけないわ」
「おまえ、それ、ソルティス教の修道女が吐いていい台詞じゃねえぞ」
メイベルの放った言葉が気に障ったのか、ようやくナバルが剣から右手を離し、眉間にしわを寄せた顔で頭を掻きむしる。
そんな2人の険悪な雰囲気に気づいて、周りの客たちがチラチラと視線を送り始めた。
中でももっとも熱い視線を送ってるのは、1番前の席に座っている、母親に連れられた1番上の男の子と2番目の女の子だ。そのすぐ後ろの席にいる官僚風の老紳士も、先ほどから2人のやり取りに聞き耳を立てている。
「俺に言わせれば、確率なんてモノは結果を数値化しただけのものだ。どのくじが選ばれるか予測もできなけりゃ、くじが選ばれた理由すら説明できないだろ。学問じゃなくて、ただの数字遊びなんだよ」
「な……。ナバルさん、それは科学に対する冒瀆だわ」
「冒瀆してんのはメイベルさんの方だろ。修道女でありながら、ソルティスの教えを否定するようなさ」
ナバルがまっすぐ前を向いたまま、メイベルに厳しい言葉を投げた。
そのナバルから視線を逸らすように、前の席にいる老紳士が顔を外に向けた。母親と思われる女性も、子供たちにちゃんと座るように注意している。だが、
「入りたくて修道院に入ったわけじゃないわ。すべてくじびきが悪いのよ!」
感情を爆発させたメイベルの大声が、聞き耳を立てるのははしたないと思う乗客たちの気持ちを吹き飛ばしてしまった。視線の集まる先で、メイベルがすごい形相でナバルを睨んでいる。
そんな険悪な雰囲気に呑まれて、馬車の中は静寂に包まれてしまった。ただ馬の蹄が地面を蹴るパカパカという音だけが場違いなほど軽やかに鳴り響いている。
「お母さん。あれ、夫婦ゲンカ?」
沈黙を破って、女の子がそんなことを言い出した。次に男の子が、
「違うよ。あれは痴話ゲンカって言うんだ」
と妹の言葉を訂正してくる。その言葉にメイベルが我に返り、表情を凍りつかせた。
「こら、失礼でしょ」
子供たちをたしなめる母親の声が聞こえてくる。もっとも、その声は笑いを堪えるように震えていた。
「あゔぅ〜……」
メイベルが唸りながら俯いていく。それに連れて顔が真っ赤に染まっていた。
それに対してナバルは涼しい顔をしたままだ。撃沈寸前のメイベルを横目で見ながら、
「ったく、旅の行く末が思いやられるな」
などとぼやきを入れる。その言葉に、
「それは、わたしの台詞よ」
と癇癪を起こして、メイベルがまた杖の瘤をナバルの頬に押しつけた。それもグリグリと捻りを加えながら……。
それと同時刻、帝都サクラスの南にある河港都市ポルタウでは、
「それらしき人物は、まだ見つからないのですか?」
長髪にメガネをかけた優男が、港の見える広場で部下からの報告を待っていた。
この優男はブルーノ・アサッシニオ。ドラゴン教団の中でも過激な狂信者たちの集まるアサッシニオ派を束ねる宗教的指導者である。
その彼の周りに、6人の男たちがいる。いずれも腰に剣を差した、猛者と思われる者たちだ。そのうちの4人が花壇を囲むレンガの上に立って、港を行き交う人たちに目を光らせている。そして残る2人は、小さな鳩小屋を載せた荷馬車の横で空を見上げていた。
「アサッシニオさま。ソルティスの勇者は、ここを通るでしょうか?」
周囲を見張ってたヒゲ面の男の口を衝いて、そんな疑問が飛び出してきた。
「サクラスから竜の山脈へ行くには、このポルタウで船に乗り、一気にフルヴィ川を溯るのが最短経路ですからね。ここで待ち伏せるのが一番の得策でしょう」
ブルーノがゆっくりと物腰柔らかな口調で、男の疑問に答える。
「待ち伏せを警戒して、別の経路を辿るというのは? サクラスを立った人が次に立ち寄るのは、このポルタウ、隣のリバプル、東のノトス、北東のミストゥス、西のフゥメダ、南西のカエチ、北のパリエス。いったいどこへ向かうのか……」
「サクラスからは20の方向に町があります。でも、そのすべてを見張るのは能がないと言うものですよ」
続く男の疑問に、ブルーノがしたり顔になった。
「邪教の勇者が水路を使うとなれば、イヤでもこのポルタウの港に立ち寄ることになります。ここより下流にあるリバプル、ザンドゥ、タンブルの港で船に乗ったとしても」
「はあ……。まあ、そうですねぇ」
ヒゲ面の男が説明をなるほどと思いながら、見張りをやめて視線をブルーノに向ける。
「それから陸路を使ったとすれば、こちらもイヤでも西にあるフゥメダの町に立ち寄らざるを得ません。サクラスの北と西は険しい岩の山脈が行く手を阻んでますからね。南にある唯一の出口を通るしかないというわけです」
「ああ、それで隊を2つに分けて、こことフゥメダで待ち伏せですか」
そう納得すると、男は再び視線を港を行き交う人々に向けた。その男が、
「川を渡って南側の岸を通るとか、岩の山脈を北から迂廻するとか、海へ出て別の川から内陸へ向かうとか、考えなくて良いのですか?」
という可能性を口にする。
「可能性はありますが、ここは常識の範囲内で考えましょう。どうせ我々には邪教の神の考えなどわからないのですからね」
「それもそうですねぇ……」
ブルーノの答えに、男が大きく溜め息を吐いた。
「ところでアサッシニオさま。ソルティスの連中は、いったいどのような者を勇者に選んだのでしょうか? 勇者となれば武術に長けた猛者と考えたいところですが……」
「それこそ計り兼ねます」
ブルーノが苦笑しながら、わざとらしく肩をすくめた。
「ソルティスの邪神のことですから、我々の意表を突いて、女子供や老人を勇者にしてるかもしれませんよ」
「つまり、見当もつかないってことですか」
「まあ、そういうことです」
「ゔ〜ん……」
急に男が頭を抱えて唸り出した。
「それじゃあ、ここで見張ってても、誰が勇者かわからないということじゃ……」
「第6隊長。何者かは見当もつかないでしょうが、帝国の命運を預ける勇者ですよ。それらしい恰好をして、勇者の証のようなものを持っているはずです」
涙目になった男に、ブルーノが根拠もない予想を力強く返した。
「たとえば、どんな恰好ですか?」
「そうですねぇ。ソルティスの勇者ですから、神官か修道師の恰好ではないでしょうか。それより軍服でしょうかねぇ。見た目は旅行者だけど、ソルティスの紋章が刻まれた手荷物を持ってるとか……」
ブルーノがあれこれと勇者の姿を想像してみせる。そんなブルーノを見ながら、
「結局、何もわからないんですねぇ……」
と言って、男が大きく項垂れた。
その時、
「おい、鳩が飛んできたぞ」
荷馬車の横にいた男が、そう言って空を指差した。
「移動鳩ですか?」
「間違いありません。足に通信管があります」
ブルーノの確認に、鳩を見つけた男が答えた。その男が鳩を迎えるように手を広げる。
「よしよし。よくここを見つけて戻ってきたな」
男の左腕に、鳩が舞い降りてきて留まった。その鳩が男の出す右手の人差し指を、甘えるように突っつく。
「よし、いい子だ。さあ、どんな手紙を運んでくれたのかな?」
男が鳩を褒めながら、足についた管から丸められた紙切れを取り出した。それで役目を終えた鳩が、荷馬車に載っている鳩小屋へ移り、くちばしで器用に小窓を開けて中へ入っていく。そして中にいた仲間たちと、くちばしで軽く挨拶を交わしていた。
この移動鳩は普通の伝書鳩とは違い、移動する2つの鳩小屋を行き来するように訓練された鳩である。どうやって場所を変える鳩小屋を見つけるのかは定かではないが、移動が十数km以内であれば、ちゃんと鳩小屋を見つけて戻ってくるのだ。
「何と書かれてますか?」
「サクラスの北門からの報告です。北のパリエスへ向かった馬車の乗客に、旅支度をした剣士と修道女の2人組がいたそうです」
「何!? やはり待ち伏せを警戒して反対方向へ向かったのか?」
手紙の内容を聞いて、ヒゲ面の男が表情を険しくした。ブルーノも、
「勇者の可能性が高いですね。2人組ということは、従者をつけたということですか」
真剣な顔で手紙に傾聴している。
「2人の恰好ですが、剣士は近衛士官の服を着て、長剣を携えている。階級は小隊長見習い。修道女は正修道女で、大きな木の杖を持っている。階級等は不明ですが、袖章の金縁とリュックサックにフライパンやまな板を下げているところから宮廷料理人と……」
「アホですか!」
手紙を最後まで聞かないうちに、ブルーノが声を荒げて遮った。
「それは見た目の通り、どこか北の国へ向かう宮廷料理人と護衛役の士官ではありませんか。そんなものをいちいち報告してくるんじゃありません!」
ブルーノが神経質そうにメガネの位置を正した。そんなブルーノを見ながら、
「ですよねぇ……」
と、手紙を読んだ男が頭をぽりぽりと掻きながら、困った表情を浮かべた。
さて、その報告にあった剣士と修道女ことナバルとメイベルの2人は、
「うわぁ〜。いつものことながら、この渓谷は険しいわねぇ〜。よくもまあこんな狭い谷に、広い馬車道を作ったものだと感心するわ」
今も馬車に揺られて旅を続けていた。
渓谷は岩山を深く刻むようにできている。それで露になった岩肌に沿って、いくつものアーチ橋を並べた広い馬車道が作られていた。
2人を乗せる馬車はその道を通って、どんどんと渓谷の奥へ向かっていく。
渓谷の底は涸れ川で、崩れた岩の溜まり場になっていた。渓谷の入り口付近にはあった谷底のブナの森も、ここではまったく見えなくなっている。
もっともそんな谷底も、今は朝霧に霞んでぼんやりとしか見えていない。
「あ、見えてきたわ。この渓谷越えの最初の難所、祈りの橋よ」
先ほどまで零していた不満はどこへやら。メイベルが馬車から身を乗り出して、見えてくる光景に瞳を輝かせている。
「あの橋は長さ80mだけど、橋ができるまでは谷の反対側へ行くために、古い馬車道を18kmも遠まわりしてたのよね。その馬車道ができる前は、深さ120mの谷を荷物運びのロバを牽いて上り下りしてたらしいわ」
などとメイベルが話してる間に、馬車は巨大なレンガ造りのアーチ橋に差しかかった。
「あっという間に通りすぎちゃったけど、昔の人たちは、あの橋を渡る距離を進むために、一日がかりで危険な旅をしたのよね」
通りすぎた橋を振り返って、メイベルが感慨深そうな表情を零している。
橋を渡った馬車が、道なりにゆっくりと向きを左に変えていった。そのおかげで先ほど渡った橋の姿を斜め横から見えるようになってくる。
「すごいわね。あんな切り立った場所に、どうやって橋を架けたのかしら?」
はっきりとではないが、アーチの形を感じられる程度に見えてきた。アーチは2段に重ねられ、谷底には50mもの弧を描いた巨大なアーチが見える。半円ではなく、やや横に長い形だ。その上に幅6mの半円形の小さなアーチが並んでいた。
「横長のアーチで、よく崩れないわね。素人考えだと縦長の方が良いように思うけど」
下の巨大アーチを見ながら、メイベルが瞳を輝かせた。そして座席に座り直して、
「縦長より、横長の方が力学的に無駄がないのかしら? アーチは上からの力を、左右の石に伝えるでしょう。まず中央の要石の力が隣の石に伝わって、それが……」
などと考え始めている。そんなメイベルの横顔を見るナバルが、
「おまえ、先ほどまでの不満は、どこへ行ったんだ?」
と、呆れたように零した。
その言葉で、メイベルが考えることを止めた。そして黙ったままナバルを横目で見て、それから見せつけるように大きな溜め息を吐く。
「思い出させないで。今、必死に忘れようとしてるんだから」
「ああ、そういうことか……」
メイベルの答えに納得したのか、ナバルがそれだけ言って再び口を噤んだ。
メイベルも黙ったまま、前を向くナバルの横顔を横目で睨んでいる。
その間も馬車はパカパカと軽やかなリズムを刻みながら、谷間の広い道を進んでいた。一瞬、谷の間が広がり、空が広くなった。岩場に生えた木立ちが風に揺れて、さわさわと波打っている。それでちぎれた木の葉が、優雅にまわりながら空に舞っていた。
メイベルの首が、ゆっくりとナバルの方へ向いた。相変わらず目を細めて、不愉快そうに睨んでいる。
「黙ってないで何か言いなさいよ!」
いきなりメイベルが、杖の瘤をナバルの頬に押し当てた。
「……おい?」
「どうしてそこで黙るのよ?」
鬱陶しそうに杖を払ったナバルに、メイベルが文句をぶつける。
「機嫌が悪そうだから、黙ってやったんだよ」
「黙る? フツー、そういう時には宥めようとか思わないの?」
「フツー? 逆だろ。機嫌が悪い時は1人になりたいもんだろ?」
「その感覚の方がおかしいわ。機嫌が悪かったら、誰かに不満を聞いてもらいたいものでしょ。ひょっとしたら不機嫌の元が解決できるかもしれないじゃないの」
そのまま2人が言い合いを始めてしまった。
不機嫌な時に黙り込む。男性にとっては『話しかけるな』のサインであり、女性にとっては『何か言いなさい』のサインだ。男女の感覚の違いが、見事なすれ違いを生んだようである。
「何か言いなさいよ。ただし、『何か』なんて言ったら、魔法で吹き飛ばすわよ」
「おまえ、何を怒ってんだよ?」
ナバルが『訳がわからない』と言いたそうな目でメイベルを見た。それにメイベルが、
「もう、ナバルさんなんかいいわよ!」
プイッと横を向いて、頬を膨らませてしまった。
「あのなぁ……」
処置なしと思ったナバルが、困った顔で頭をぽりぽりと掻き始めた。
馬車が再び狭い渓谷の中へと入っていく。その直前、道が2つに分かれていた。岩肌に沿って右へ向かう道と、谷を渡ってまっすぐ伸びる道だ。馬車はまっすぐに進む道を選んだため、今度はメイベルの席が山側でナバルの席が谷側になった。
反対側の谷にある道は、無数のアーチ橋に支えられていた。その様子が真横からよく見えている。
「あっちは、どこへ向かう道だ?」
「あれは使わなくなった昔の道よ」
ナバルの疑問に、メイベルが投げやりな口調で答えてきた。
「使わなくなった? そう言われると、あちこちでアーチがゆがんでるな。古くなったから新しい道を作り直したってわけか」
「あ、それは違うわ」
ナバルの解釈を、メイベルがその場で否定する。
「アーチがゆがんでるのは、山が少しずつ形を変えてるからよ」
「山が形を変える? 変わるものなのか?」
「変わるものよ」
怪訝そうな顔をするナバルに、メイベルが変わると念を押した。そのメイベルの表情から、先ほどまであった不機嫌そうな感じが消えている。そのメイベルが、
「大きいから気づかないでしょうけど、このあたりの山は1年で1cmぐらいずつ高くなり続けてるわ。ここは大昔海の底だったらしいけど、3つの大陸がぶつかった影響で、今は大きな山脈になってるの。この谷の右側にある蒼の山脈、左側にある岩の山脈、それからずっと西にある竜の山脈って、実は1つに繋がった大きな褶曲山脈なのよね」
と解説を始めた。そして荷物のリュックサックを開けて折り畳まれた紙を出し、
「えっとね、地図を見るとよくわかるんだけど……」
と言いながら、カサカサと音を立てながら紙を広げていく。
メイベルが出したのは大陸東部の地図だった。それをナバルに見せながら、
「蒼の山脈と岩の山脈って、北側に開いた馬蹄形になってるでしょう。で、岩の山脈も、北にある風の山脈と羊の山脈を繋いで竜の山脈まで延ばすと、こっちは南に開いた馬蹄形なのよ。綺麗な二曲がりになってるでしょ」
と、指で地図上に横に倒して左右を逆にした『S』字を描いてみせる。
「はぁ。言われてみると、山脈が綺麗に繋がってるんだな。初めて気づいたよ」
「でしょ、でしょ♡」
ナバルの言葉に、メイベルが声を弾ませた。
「それで、3つの大陸がぶつかってるって言ったけど、どうぶつかってるんだ」
「それはね。北から来るユーベラスプレートって、ナバルさんの出身地ね。それが南から来るアルテース・プレートの下に潜り込んでるの。あ、プレートっていうのは動く大地のことなんだけど、これを大陸と理解しても大して問題じゃないわ。それで、潜り込んでる所が山脈になってるんだけど、実は2つがぶつかる西側にグレーシィ・プレートが挟まれててね。これが2つの大陸に押されて、ゆっくり時計まわりにまわってるのよ」
ナバルの疑問に、メイベルが嬉々としながら語っている。それを聞くナバルが、
「メイベルさん。楽しそうだな」
と、呆れたように零した。それにメイベルが、
「うん。とっても♡」
と、笑顔で答えてくる。
「それでね。さっき言った3つのプレートとは別に、竜の山脈の西にある湖の中にも、アルゴン・プレートっていうのがあって、それが……」
「待て待て。そんな説明はいらん。まず大地が動くなんて話が俺には信じられん」
慌てて言葉を遮ったナバルが、それ以上の説明をやめるように求めてきた。それに、
「え〜。これからが面白くなるのにぃ〜……」
と言って、メイベルが残念そうな表情になる。
「まあ、何だ。俺には信じられない話だが、メイベルさんはあのアーチがゆがんだ原因は、山が形を変えたせいと言いたいわけだ」
「うん。そういうことになるわね」
ナバルの確認に、メイベルが少し落ち着いたように息を継いだ。
すでに分かれた昔の道は見えなくなっている。
「それであっちの道が危なくなったから、新しい道を作ったと……」
「それは違うわ」
ナバルの一言に、またメイベルが瞳を輝かせた。
「アーチっていうのはね、土台の形や力のかかり方が変わっても、自ら形を変えて持ち堪えられる耐久性に優れた構造なの。これまでに人類が発明した中で、もっとも頑丈な構造なのよ。昔の道も、使おうと思えば、まだ十分に使えるわ」
語り始めたメイベルの表情が、清々しいほどの笑みに包まれている。そのメイベルに、
「じゃあ、何で?」
と、ナバルが反射的に尋ねてしまった。
「それはね。あ、そろそろ見えてくる頃ね」
質問に答える前に、メイベルが馬車から顔を出して前を見た。
道の先が少しずつ明るくなっている。深い渓谷を抜けて、開けた場所へ出るようだ。
「うわっ。何だよ、この橋は!?」
谷を抜けて目の前が開けた途端、ナバルの目にまるで空に延びるような橋の光景が飛び込んできた。
谷を抜けた先は、目が眩むほど高く、そして幅の広い渓谷だった。橋はその渓谷を横切るように架けられていたのだ。
「栄光の橋よ。長さ730m。橋脚のもっとも広い場所が、550mもあるの。アーチで作られた祈りの橋が150年前の叡知なら、この鉄で作られた栄光の橋は現代の叡知だわ」
そう話すメイベルが、ナバルに馬車の右方向を指差した。
「それでさっきの続きだけど、昔の道が作られた頃は大きな橋が架けられなかったから、このずっと先で谷が5つに分かれて狭くなる場所を通ってるの」
「どこだ?」
「ここからは見えないわ」
軽く腰を浮かしたナバルに、メイベルがそう答えて腕を下ろした。
「それにしても、すごいわよね。150年前に谷を越える馬車道を完成させたおかげで、帝国は広い範囲に強い影響力を及ぼせるようになったの。市民にとってもこの馬車道がたくさんの荷物を運んでくれるおかげで豊かな生活を送れるんだもの。道の恩恵は計り知れないわ。もっとも、一度にもっとたくさんの荷物が運べるように、新しい馬車道を作るついでにレールを敷いて馬車鉄道にしようという計画があったんだけどね。坂が多いという理由で計画は実現されなかったの。平らな場所なら馬車鉄道の方がたくさんの荷物を運べるけど、坂道ではどちらが良いかって結論はまだ出てないのよ」
「だめだ。話が濃すぎて、メイベルさんの声が左の耳から右の耳に通り抜け始めた」
腰かけ直したナバルが、軽く上を向いて嘆息する。
「それはそうと……」
ナバルがちらっと横を見て、メイベルの表情を窺った。そのメイベルは、今はニコニコと微笑んでいる。先ほどまでの不機嫌がウソのようだ。
「おまえ、今は機嫌が良さそうだな」
「うん。とっても♡」
ナバルの一言に、メイベルが顔に満面の笑みを浮かべて答えてきた。
「ひょっとして、おまえ。何か語りたいだけだったのか?」
「えへへ。それは、ないんだけどね♪」
言葉とは裏腹に、メイベルの表情は晴れやかだった。
そんなメイベルの顔をしばらく見たナバルが、
(機嫌が悪そうだったら適当に話題を振って、好きなだけ語らせた方が良さそうだな)
メイベルとの接し方を1つ学習した。
そんな2人の様子を、周りの乗客たちが呆れた顔で見ていた。
さてさて、2人が仲直りしたのと同じ頃、
「お使いですか。大変ですね」
「はい。でも、仕方ないですぅ」
メガネをかけたやや丸顔の少女が、教会の正門で外出の手続きをしていた。メイベルの大親友であるパセラ・アヴィシスだ。
パセラの服装は半袖で明るい灰色の修道服。見習い修道女の着る夏服だ。その左袖には金色に縁取られた袖章がつけられている。その袖章に描かれているのは、1枚のお皿の上で交差された1組のナイフとフォークである。
そのパセラから渡された書類に目を通した門番が、そこに通過時間を書き入れ、
「外出許可証、確認しました。どうかお気をつけてください」
と言って許可証を返した。
そこに、
「おや、メイベルちゃんの友人Aくん。これからお出かけですか?」
と言って、腰に長剣を携えた、どこか軽薄さを感じさせる青年士官が声をかけてきた。
「あ、クラウさん。これからヨドスの村まで行くんです」
「ヨドスまで!? それはけっこうな遠出ですね」
パセラの答えに、青年士官クラウが少し驚いた表情を浮かべる。
「とすると、今日はお泊まりですか?」
「いえ、今日中に荷物を受け取って、戻らなくてはならないんです」
「今日中に? それは大変なお使いではありませんか」
パセラの肩に、ペチャンコになったリュックサックがかかっている。それに目を向けたクラウが、パセラの話に先ほどよりも驚いた。
「ひょっとして急ぎの特命ですか?」
「特命というわけではないのですが……」
クラウの質問に、パセラが困った顔で話し始める。
「実はメイベルが明日の晩餐のために注文していた品物が、間違ってヨドスへ行く荷物に紛れちゃったそうなんです。戻りの船は明日の朝までなくて、このままだと今日中に宮廷に届かないんですよぉ」
「はぁ……。ヨドスは元々小さな漁港ですから、船便が少ないのはわかりますけど……」
話を聞くクラウが、今一つ話を理解できないという顔で言葉を挟んだ。
「その品物が使われるのは明日の晩餐でしょう。それまでには届くのでしょうから、わざわざ取りに行かなくても……」
「それが、そうもいかないんです」
クラウの言葉に、パセラがこぶしをぎゅっと握って否定してきた。
「メイベルの注文した品物は、海の物を乾燥させたものなんです。一昼夜水に浸けないと、元に戻らないんですよぉ」
「ああ、言われてみれば、そういう食材もありましたねぇ。アワビとか……」
クラウがそう言って、空中で軽くナイフを動かすような仕種をする。
その話を横で聞いていた門番が、知らない豪華料理を思い浮かべて、思わずじゅるっとヨダレを垂らしていた。
「注文したメイベルは旅立っていませんけど、ちゃんと献立を残してくれました。それで大司教さまが、是非とも明日の晩餐はその献立で作って欲しいと仰られて」
「なるほど。宮廷に関係するお使いですか」
クラウが目を閉じ、感慨深そうに二度三度と頷く。そしておもむろに顔を上ると、
「それにしても意外ですね。メイベルちゃんがしっかりと献立を作ってるなんて。僕はいつもその場の思いつきで作ってると思ってましたよ」
などということを言ってきた。
「メイベルは、いつも緻密に計画を立ててるんです。でも、何かあると臨機応変に計画を変えちゃうから、周りからは計画性がないみたいに思われちゃうんです」
「あはは。たしかに、それがメイベルちゃんのメイベルちゃんらしいところですね」
パセラの話に、クラウがおかしそうに笑う。だが、すぐに真面目な顔に戻ると、
「わかりました。それならばそのお使い、このロード・クラウ・アスピス・リ・フローレス・ド・アキロキャバス・ユーベラスも喜んでお手伝いしましょう」
と申し出てきた。
「それは助かりますぅ。ありがとうございますぅ」
「礼には及びません。街の外は危険がいっぱいですよ。そんなところへ女性を1人で行かせたとなると、帝都の治安を預かる近衛騎兵隊の名折れですからね。しかもメイベルちゃんが留守の間に友人Aくんの身に何かあったら……。そんなことがあったら……。
うわぁ〜っ! そんなことがあったら、僕はもう二度とメイベルちゃんに顔向けができないじゃないですかぁ〜!!」
「えっと……」
いきなり思考が暴走したクラウに、パセラが何と言い返せば良いのか迷った。
「アサッシニオさま。また鳩が飛んできました」
ポルタウで待ち構えるブルーノたちのところへ、また移動鳩が急報を運んできた。
その鳩が舞い降りてきて、手を広げる男の腕にしっかりと留まる。
「今度はどのような内容ですか?」と訊いたのはブルーノだ。
「サクラスの西門から、2人組が白い馬に乗って旅立ったそうです」
「白い馬に乗って!?」
手紙の内容を聞いて、ブルーノが顔をしかめる。
「1人は近衛騎兵隊の士官とおぼしき人物。もう1人は役割は不明ですが、袖章に金縁のある見習い修道女。その見習い修道女は、ほとんど中味のないリュックサックを背負っていると……」
「それは勇者の可能性が高いですね。一緒にいる見習い修道女は従者というわけですか」
話を聞いたブルーノが、見つけたと言わんばかりの表情を浮かべている。
「アサッシニオさま。見習い修道女の背負ってるのが、からっぽのリュックサックというが気になるのですが……。旅に出るからには、それなりに……」
「からっぽだからこそ可能性が高いと思いますよ。わたしは」
ヒゲ面の第6隊長の意見に、ブルーノがにやりと笑みを浮かべる。
「救世の勇者と言うからには、勇者たちの旅はソルティス教団が完全支援するでしょう。となれば宿も着替えも、更には身のまわりの品もすべて教団が用意すると考えられます。ということは……」
「あ、手ぶらでも旅ができる!」
ブルーノの言わんとすることを、第6隊長が理解した。
「すると背中のリュックサックは……」
「からっぽでも容れ物ぐらいは持っていた方が良いでしょう。それは当然、従者が持つものと考えれば……」
「たしかに……。それは可能性が高いですね。というか確定なんじゃ……」
第6隊長が腰にある剣に手をかけた。勇者発見と聞いて、気持ちが逸るようだ。
「2人組の行き先について、何か書かれてませんか?」
「あ、はい。2人組はフゥメダへ向かう街道の途中から、尾根伝いに山を下る細道に入ったと書かれてますが……」
ブルーノの求めを受けて、手紙を持つ男が先を読み進める。それを聞いたブルーノが、
「尾根伝い? 地図には、そんな場所に道はないのですが……」
地図を広げて勇者と思しき人物の行き先を割り出そうとする。
サクラスは、山の中腹に作られた大都市だ。そこから尾根伝いにいくつもの街道が延びている。だが、すべての尾根に街道があるわけではない。
「報告のあった場所を考えると、あの尾根でしょうか……」
視線を帝都のある山に向け、そこから西へ延びる街道を目で追った。
街道のある尾根から、いくつもの小さな尾根が南に向かって伸びている。そのうちのどれかで、勇者と思しき人物が馬に乗って走ってるらしい。
「とすると……」
もう一度地図を見たブルーノが、少ない情報からの決断を迫られる。そして、
「移動鳩を飛ばして、フゥメダで待ち構える仲間たちに伝えなさい。邪教の勇者たちは地の利を活かし、最短経路でヨドスへ向かっていると思われます。これを中間地点で待ち伏せます。担当は第1部隊と第6部隊。飛行能力のある者は空中警戒。白馬に乗った2人組を見つけ出すのです。ただし、相手が勇者と確認されるまでは気づかれないよう距離を取りなさい。こちらの存在を悟られますからね」
と命令を下した。
「『邪教の勇者は最短経路でヨドスへ向かう可能性大。第1部隊はこれを中間地点にて待ち伏せよ。空中警戒の要あり。ただし勇者と確認されるまで、白馬騎乗者との距離を確保せよ』っと。よし、行け!」
鳩の番をする男が、さっそく命令を手紙にしたため、それを鳩に持たせて飛ばした。
「では、第6部隊は出撃です。第3部隊はこの場で警戒を続けてください」
そう言うと、ブルーノは鳩を追って空へと舞い上がっていった。
「第6部隊、出撃だ。移動鳩も遅れるなよ」
続いてヒゲ面の第6隊長、部下たちに出動するように命令した。
広場に散らばっていた男たちが、いっせいに西へ移動を始める。広場の外に停められていた荷馬車も、男たちと一緒に動き始めた。
その異様な光景に、広場ですごしていた市民たちが、何事かと驚いた顔をしている。
「通信用の2羽だ。連れてけ!」
この場に残る鳩小屋の番をする男が、2羽を小さな籠に入れて連れてきた。それを移動する鳩小屋を番する男が受け取る。
「すまんな。こちらの鳩は休ませたいので、1羽も返せないが……」
「気にするな。まだそちらへ飛ばせる鳩は残ってる」
「そうか。では、また会おう」
互いに手で挨拶を交わすと、鳩小屋を載せた荷馬車も西へ向かって動き始めた。
さて、その標的とされた白馬に乗った2人組というのは、
「クラウさん、速いですねぇ。もう山を下っちゃいましたぁ」
「でしょう。馬で通るなら、この道が一番の近道なのですよ」
お使いに出たパセラと、同行するクラウのことだった。
2人は尾根伝いの道を下り、今はふもとにある小川伝いの土手に作られた道を速足で進んでいた。前に乗るクラウが馬を操り、パセラは後ろから抱きつくように摑まっている。馬に取りつけられた鞍は、2人乗り用の長い鞍橋だ。
「いい風ですぅ」
土手には様々な草が茂っている。そこをなでるように吹くそよ風が、香ばしい草の薫りを運んできた。
「クラウさん。あそこで稲刈りしてますよ。大きな機械ですねぇ」
土手の周りは一面の水田地帯だった。今は水が抜かれ、土は乾いてひび割れている。稲も枯れて黄金色に輝き、稲穂が実の重みで低く垂れていた。
その稲穂を大きな機械が刈り取っている。風の力を受けて動く、自走式の稲刈り機だ。刈られた稲が機械本体へ送られ、そして脱穀されてわらだけが後ろへ捨てられていく。
機械の上では動力になる風車が、風を受けてゆっくりとまわっていた。
「メイベルが見たら、絶対に目の色を変えて近くまで行きますよぉ」
「メイベルちゃん、機械が好きなのですか?」
「メイベルは機械が好きなんじゃなくて、人一倍好奇心が強いんですぅ。見たこともない機械だったら、1つ1つの動きの意味や、動かす仕組みをあれこれ知りたがりますよぉ」
「なるほど。それでメイベルちゃんは、いろんなことを知ってるのですか」
馬を速足で進ませながら、クラウが妙に感心しながら稲刈り機に首を向ける。
「クラウさん。あれ、どうやって動いてるのでしょうね?」
「僕に訊かれても答えられませんよ。メイベルちゃんじゃないのですから……」
いきなりパセラに訊かれたクラウが、困った顔で後ろを振り返った。
「それに知りたいことがあるなら、人に尋ねる前にご自分で勉強されたらどうです?」
「え〜っ! 勉強してまで知りたくないですぅ」
クラウの一言に、パセラがそんな言葉を返してきた。それで肩を落としたクラウが、
「友人Aくん。それはわがままというものです」
と、呆れたように零した。
稲刈りを終えた水田に、再び水が流し込まれている。今年二期作目の準備だ。すでに水の張られた水田では、農民が紙のシートを水に浮かべるように並べていた。種もみが適度な間隔で貼りつけられた紙シートだ。これは苗がある程度まで生長するまでの間、水田の土に日光が当たらないようにする役目を担っている。土に日光が当たらなければ、農家にとって厄介な雑草は生えてこないのだ。しかも紙シートは時間が経てば朽ちて稲の肥料になる優れものである。
もっともメイベルがいない今、2人は農民が並べている紙に関心が向かわないばかりか、そこに優れた生活の知恵があることにも気づかないでいる。
そんな2人を乗せた馬が、水田に水を汲み上げている水車の横を通った。
「あ、そうそう」
水車を見たクラウの脳裡に、1つのできごとが思い出されてきた。
「昨日のお昼、近衛隊にある食堂の空調が調子悪いことに関して、メイベルちゃんが法務局の新庁舎がバカでかい水車を作って、水を堰き止めてないかって話してたでしょう」
「ああ、ありましたねぇ。そういう話ぃ……」
クラウの背中に摑まりながら、パセラが表情を窺うように首を横にずらした。
「それを昨晩、メイベルちゃんが助言してくれたように都市整備局に伝えて、今朝日の出と共に査察に入ってもらったんですけどね。大当たりでしたよ」
「大当たり?」
「ええ、メイベルちゃんが予想した通りでした。法務局の新庁舎が大きすぎて動きもしない水車を作って、水の流れを堰き止めてましたよ。その影響で食堂の空調だけじゃなく、議事堂の巻き上げ機も調子を悪くしてましてね。これは大きな責任問題になりますよ」
そう話しながら、クラウが馬の耳のあたりを手で払った。飛んできたハエが、馬の耳にまとわりついてきたからだ。もしもそれで耳の中に入りでもしたら臆病な馬のこと、どんな反応をするかわからない。未然の事故回避である。
「じゃあ、問題は解決ですか?」
「水車を取り壊すのに数日かかりますけど、ほぼ解決でしょうね。メイベルちゃんが助言してくれたおかげですよ」
「やっぱり、メイベルはすごいですぅ」
パセラがまるで自分が褒められたように嬉しそうな顔をする。ところが、
「友人Aくん。飛ばしますよ。しっかり摑まっててください!」
いきなり手綱を握り直したクラウが、馬に駆けるように命じた。
「ひゃあ! ど、どうしたのですか?」
馬が前脚を上げていなないた。それで振り落とされそうになったパセラが、悲鳴を上げてクラウにしがみつく。
「左の空。何かが飛んできてます。気配を殺してますが、危険な殺気が漏れてます」
あごで空を示したクラウが、馬を半全速力で駆けさせた。
「殺気って、どういうことですか?」
「それはうまく説明できません。剣士として培った勘です」
片手で手綱を握りながら、クラウが腰の剣に手を当てた。
空を飛んでいる何者かは、その動きから間違いなくクラウたちを追ってくるようだ。
「この様子だと帰りは馬を村に預けて、借りた馬で帰ることになりますかね」
横目で空を見ながら、クラウが馬の腹に拍車をかけた。その命令を受けた馬が、半全速力から全速力へと加速する。
「気づかれたのですか!?」
空を飛んでクラウたちを追っていたのはブルーノだった。そのブルーノが狙いをつけた馬が急に駆け出したのを見て、悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「第6部隊は、まだ1km後ろですか。第1部隊は見えませんね。偵察役の飛行能力者は、まだ到着してないのですか?」
ブルーノが地上を見まわして、味方の位置関係を確認した。
ポルタウの港から一緒に出た第6部隊は、まだ後方1kmの場所を進んでいる。空を飛べるブルーノとは違い、移動速度はそれほど速くないのだ。
一方、内陸のフゥメダから来る第1部隊は、まだ姿が見えない。距離の問題もあるが、移動鳩が命令を伝えるまでの時間的な遅れがある。他に命令が正確に伝わっているのか。そういう問題も抱えている。
「馬に全速で駆けられては、追いつけませんね」
空中で動きを止めたブルーノが、そんな言葉を漏らした。
飛行が速いとはいっても、それは相対的なものだ。馬が全速力で駆ける速さには及ばない。せいぜい時速40kmを出せるかどうかだ。
「報告通り、近衛士官と見習い修道女でしたね。今は追いつけなくても構いません。この先にある町はヨドスの漁村のみ。行き先がわかっていれば、捕まえたも同然です」
駆けていく白馬を目で追いながら、ブルーノが不敵な笑みを零した。そこに、
「アサッシニオさま。お待たせしました。敵の勇者は?」
と言って、内陸の方向から若い飛行戦士がやってきた。
「一足違いで通り過ぎました。ほら、あそこに見えるでしょう」
「ちぃっ。出遅れたか……」
ブルーノに教えられた若者が、小さくなっていく白馬の姿に舌を鳴らした。
「追撃しますか?」
「無理に深追いする必要はありません」
空中で地図を広げたブルーノが、若者の質問に落ち着いた口調で答える。
「この道の先にあるのはヨドスの漁村のみ。水路を使うとなれば、今日はもう船便はないのでヨドスに泊まらなくてはなりません。仮に今日中に更に動くとなれば陸路のみ。となれば行き先はかなり限定されます。仲間たちと合流してからでも遅くはないでしょう」
「ふむ……」
ブルーノの言葉に、若者が考え込んだ。
「それならば、私に見張り役をお任せください。仲間たちが追いつくまでの間、敵の動きを見張ります。もしも何か動きがあれば、この信号弾を使って……」
信号弾を撃つ筒を持って、若者が見張り役を申し出てきた。その言葉にブルーノが、
「見張りですか。それは必要かもしれませんね」
と、しばし考える。
「わかりました。見張り役はあなたに任せます。くれぐれも先走らないように願います」
「はっ、お任せください」
空中で軽く会釈すると、若者はまだ見える馬を追って飛び去っていった。
その若者を目で追いながら、
「邪教の勇者殿。旅立ち早々で悪いのですが、ここであなた方の旅を終わりにしてもらいますよ」
と、ブルーノが零した。
さて、追われる立場のクラウとパセラであるが、
「ここのお店は、新鮮な川魚を使った定食が美味しいんですよ」
「うわぁ〜。ご飯がふっくらしてますぅ。野菜スープも美味しいです」
漁村にある小料理屋で、少し遅めの昼食を摂っていた。
「それにしても、運送屋も商売っ気がありませんねぇ。間違って届いた品物を、倉庫の奥に入れてしまうなんて……」
「明日の朝まで次の船は来ないのですから、仕方ないと思います。それに本当に取りに来るとは思ってなかったみたいですし……」
「そういうのを商売っ気がないと言うのですよ」
焼き魚の身をほぐしながら、クラウが呆れたように文句を言う。
「でも、おかげでこんなに美味しいお昼がいただけるのですから♡」
「友人Aくんは好意的に考えるのですねぇ。荷物を探してる間、時間を潰してるだけ……なんですけど……」
そう嘆息したクラウが、焼き魚をパクッと頬張った。
その2人が食事を摂っている小料理屋の屋根に、若い飛行戦士が舞い降りた。
若者は勇者の姿を求めて、漁村をゆっくりと見まわした。漁村にある港には、あまり船がない。今の時間帯はほとんどの漁船が漁に出払っているのだ。
その漁船が漁をするのは、港の外に広がる水の平原だ。まるで海のように見えるが、目の前に広がるのは大河フルヴィ川の広大な水面だ。ヨドスは河口から100kmほど溯った場所にあり、十数km先にある対岸は霞んでよく見えない。
「ん!? あれは……」
若者が河辺にある馬小屋に、場違いなほど立派な白馬が繋がれてることに気づいた。
白馬の前には干し草の入った飼い葉桶が置かれている。白馬はその干し草を食み、時々頭を上げては若者のいる小料理屋の方へ顔を向けていた。
「これは敵の勇者が乗ってた馬じゃないのか?」
そう思った若者が、馬小屋の前に下り立った。次に馬の向ける視線が気になり、振り返って小料理屋に目を向ける。
「いた!」
小料理屋を見た若者の目に、窓ぎわの席に座って食事をしている2人の姿が飛び込んできた。追いかけてきた青年士官と、見習い修道女の姿だ。
それを見つけた若者が、思わず窓の下に身を隠した。
『あれ!? 今、窓の外に、誰かがいたような……』とはパセラの声だ。続いて、
『誰もいませんよ。メガネにお店の人が映ったんじゃ?』とクラウの声が聞こえてくる。
(あいつら、何を話してるんだろ?)
声を潜めた若者が、会話をもっとよく聞こうと窓の下に貼りついて聞き耳を立てた。
そんなことなど露知らず、パセラが、
『ところで、先ほど追いかけてきた人。ここまで追ってくるでしょうか?』
という質問をクラウに投げかけた。その疑問に、若者の耳がピクンと反応する。
『どうでしょうねぇ? なんとなく危ない感じだったので逃げてきましたけど、僕の勘違いという可能性もありますし……』
『盗賊さんだったのでしょうか?』
『空から襲ってくる野盗ですか。あまり聞きませんけど、いたら厄介ですね』
(空から!? ひょっとして俺たちの話か?)
聞き耳を立てる若者が、一言一句聞き逃すまいと意識を建物の中に集中させている。そのために若者の腰が半分宙に浮き、妙に不格好な姿勢になっている。
そんな若者の姿を、白馬が干し草を咀嚼しながら、冷ややかな目で見ていた。
『クラウさん。帰りは、お馬さん、置いていくのですか?』
(帰り??)
若者の耳に、思わぬ単語が飛び込んできた。
『逃げるために走らせたので体力が心配でしたけど、少し休ませれば大丈夫のようです。替えの馬を借りなくても、一緒に帰れそうですよ』
『そうですか。お使いに付き添っていただけただけでも申し訳ないのに、その上、明日またお馬さんを取りに来なくちゃならないなんてことになったら、本当に申し訳ないです』
『あっはっはっ。二度手間もまた人生の隠し味です。気にしちゃいけませんよ』
(お使い!!? ……おや?)
若者が眉間にしわを寄せた。
『あ、倉庫から管理人さんが出てきました。手で大きな丸描いてます。品物、無事に見つかったみたいですよ』
『そうみたいですね。では、早く食事を済ませましょう』
(品物? こいつら、勇者じゃなくて、ただのお使いか?)
急に緊張が解けて、若者がその場に座り込んだ。それから2人に見つからないように、若者が低い姿勢で建物の横へ逃げていく。そんな若者の姿を、倉庫の管理人が怪訝そうな目で見て首を傾げていた。
「クラウさん。ごちそうさまでした。本当におごちそうになっても良いのですか?」
若者と入れ替わるように、パセラが上機嫌な表情で小料理屋から出てきた。続いて、
「構いません。女性に支払わせたとなると、貴族と生まれた男子の名折れです」
と言いながら、クラウが出てくる。
そのクラウは、まっすぐに馬小屋へ向かった。そのクラウに鼻をすり寄せて、馬が「疲れてない。だから一緒に帰ろう」と訴えているみたいだ。クラウがその馬の首を優しくなで、それから体全体をさすりながら、筋肉の疲れ具合を確かめる。
「さて、荷物を受け取ったら、すぐに帰りましょう。まだ陽が高いので、日暮れまでには帰れそうですよ」
問題なしと判断したクラウが、馬の手綱に手をかけた。そして馬小屋の主人に世話代を払い、馬を牽いて歩き出す。そのクラウに満面の笑みを向けて、
「はい。本当に助かりますぅ」
と、パセラが改めてお礼を述べた。
メイベルが注文していた品物は、高級な食材らしく大きな桐箱に収められていた。それをリュックサックに詰め込んで、2人は帰路についた。
「うわぁ〜、大勢の旅人さんです」
途中、パセラが前からやってくる5台の荷馬車と、その周りにいる男たちを見つけた。
「クラウさん。旅芸人さんの一座でしょうか?」
「何でしょうね? 旅芸人とは違う感じですが……」
そんな言葉を交わしながら、2人を乗せた白馬が隊列の横を通りすぎていく。
その隊列というのは、
「アサッシニオさま。今の2人は……!?」
「勇者と従者……ですか?」
2人を追ってヨドスの近くまできた、ブルーノたちの追撃部隊だった。
荷馬車に乗るヒゲ面の第6隊長が、去っていくパセラの背中に丸い目を向けている。
その荷馬車に見張り役だった若者が舞い降りてきた。さっそくブルーノが、
「あの2人は、勇者と従者ではなかったのですか?」
と、若者に状況説明を求める。
「いえ、荷物を受け取りに来ただけの、ただのお使いのようです」
「お使い? それだけですか?」
報告を受けたブルーノが、眉をひそめて2人に目を向ける。そのブルーノが、
「ったく、紛らわしいですね」
と、不愉快そうに文句を言った。
「どうしますか? 今から追って叩くというのも……」
「それは絶対にしてはなりません」
第6隊長の意見を、ブルーノが頭を振って退けた。
「どうしてです?」
「もし討ち漏らしでもしたら、我々が邪教の勇者を追ってると悟られてしまいます。勇者の居場所がわかるまでは、意味のない襲撃は避けてください」
ブルーノは勇者追撃隊の指導者として、1つ1つの行動を戦略的に考えていた。となれば勇者には追撃を悟られず、警戒されないように游がせるのが得策である。
しかし、目先の損得だけを考えれば良い部下にとっては、このブルーノの考えは少し腑に落ちないようだ。ブルーノに襲撃を持ちかけた第6隊長は、
「そういうものですかねぇ……」
と、少々不服そうだ。
そんな部下たちの心情を気にかけつつ、
「馬車を引き返します。我々はこれより邪教の勇者捜索に戻りますよ」
ブルーノは命令の変更を伝えた。
で、その勇者さまご一行は今、どこで何をしているのかというと、
「メイベルさん。そろそろ教会へ行った方が良くないか?」
「待ってよ。まだ日没まで時間はあるんだから、もっと見ててもいいでしょ」
パリエスの郊外にある麦畑にいた。
麦畑は今、小麦が黄金色に輝いた収穫時期を迎えている。穂から伸びる毛のようなものが、まるで小麦畑を綿で包んだような、柔らかな景観にしている。
そこで小麦を収穫しているのは、風の力を受けて動く自走式の麦刈り機だ。機械の前には幅3mほどの脱穀機があり、小麦を刈らないまま脱穀している。麦は米と違って実が落ちやすいため、刈り取る過程を省いたのだ。そして麦刈り機の後ろには耕耘機があり、畑を耕して麦わらを土に埋めている。
パセラたちがヨドス近郊で見た稲刈り機とは、まったく異なる見た目の機械である。
メイベルはその機械に近づき、細かなわらぼこりが舞ってくるのも構わず見とれていた。
「見てよ、この無限軌道。木じゃなくてゴムを使ってるわ。金属を使うと道を傷めちゃうし、木製だと腐ったり割れたりで頻繁に取り換えなくちゃいけないものね。いろいろ工夫されてるわ」
楽しそうに機械の足まわりを指差して、メイベルが瞳を輝かせていた。
「でも、やっぱり興味を惹かれるのは、麦の穂を脱穀するところよねぇ。麦わらに実を残さないのもすごいけど、わたしが一番すごいと思うのは、ここ。脱穀した実に風を当てて、小さなゴミを吹き飛ばしてるところよ。綺麗にゴミくずだけを吹き飛ばしてるのよ。これを実現するまでに、いったいどれほどの試行錯誤を繰り返したのかしら?」
「ダメだ。完全に自分の世界に入ってる……」
機械に夢中になるメイベルの姿に、ナバルが頭を抱えた。
麦畑では今、この麦刈り機が3台動いている。機械の持ち主は今、別の機械が畑の端まで進んだので、その向きを変える作業中だ。その間、残りの機械は風を受けて、自動的にゆっくりと麦を刈り続けている。完全な無人運転だ。
そんな機械を冷ややかに見たナバルが、
「こりゃ、日が沈むまで足留めだな……」
と零して、あきらめたように畑道わきの草むらに荷物を下ろした。
そんなナバルに向かってメイベルが、
「ねえ、見てよ、ナバルさん。この小麦を入れる紙袋、20kg入りの大きさよ」
と、弾んだ声で話しかけてきた。
「昔は25kg入りとか60kg入りの大きな袋を使ってらしいけど、刈り入れの時の袋運びは重労働だから、比較的小さな25kg入りの袋でも運んだ人の8割以上が腰や背筋を痛めてたの。だけど20kg入りの袋にすると身体への負担が減って腰や背筋を痛める人は1割未満、だいたい8%にまで減るのよ。しかも、袋が小さくなった分、運ぶ回数が増えて収穫作業に時間がかかると思われてたんだけど、やってみたら身体を痛める人が少なくなるから、実際にはたくさん運べてね。結果的には穫り切れない畑が減って、収穫量が大幅に増えたらしいわ。人間工学で考えるのって、すごいわよねぇ」
誰も聞いてないのに、メイベルが嬉々とした顔で解説をしてくる。
そんなメイベルの姿を見て、ナバルが大きな溜め息を吐いた。
そしてメイベルの気が済むまで、剣術の練習で時間を潰すことにした。




