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くじびき勇者さま  作者: 清水文化
1番札 誰が小娘よ!?
3/20

第1巻:第3章 不穏な話が続々と

 ソルティス帝国(ていこく)(ちゅう)(かく)(にな)(せい)サクラス(きょう)(かい)(ちゅう)(おう)にある大聖堂(だいせいどう)は、(てい)()でもっとも高い建物である。大聖堂には4階建て相当の土台となる建物があり、その上に大きなドームが()っている。そして更にドームの上から、天に向かって高い尖塔(せんとう)が伸びていた。

 その大聖堂の(となり)に、帝国()(かい)議事(ぎじ)(どう)が建っている。議事堂は3階建てであるが、中央に高い()計塔(けいとう)()ねた部分があった。高さは大聖堂のドームと同じぐらいだ。その塔にある最上階の部屋に、帝国議会の(かん)部議(ぶぎ)(いん)たちが集まって円卓(えんたく)(かこ)んでいた。(かべ)ぎわには男女数人の神官(しんかん)たちが(ひか)えている。(しょ)()(じゅん)()(がかり)など、神官たちは議会の裏方(うらかた)なのだ。

「いやいや、すまぬ。もう、話は始まっておるのかな?」

 今にも床が抜けそうなほど(ふと)った男が、軽い口調で(あやま)りながら部屋に入ってきた。

「クリプトン(きょう)、遅いではないか。とうに始まっておるぞ」

「すまぬ、すまぬ。巻き上げ機(エレベーター)の動きが遅くてのう」

 ()(こく)した男が、自分の席へ向かいながら()(わけ)してくる。それに別の議員たちから、

巻き上げ機(エレベーター)はだいぶ前から調子が悪いようですが、上まで30分もかかりませんぞ」

「せっかくですから(げん)(りょう)のために階段(かいだん)を利用されてはいかがですかな?」

「その意見には私も賛成(さんせい)ですな。体重が私の3倍もあるのは重すぎます」

 と皮肉が投げられてきた。

「最上階まで階段? それは勘弁(かんべん)させてもらいたいなあ」

 本気でイヤそうな表情を浮かべて、(ふと)った男が自分の席に(こし)を下ろした。

「ところで、今は何の話をしておられたのかな?」

「一連のテロ事件です。昨日(きのう)犯行(はんこう)()(ぜん)(ふせ)いだそうです」

 そう答えたのは、この話し合いの議長だ。

「ようやく未然に防げたのか。それで(たい)()(しゃ)は?」

「残念ながらゼロです。最初の事件発生から今日で19日ですが、これまでに起こされたテロ事件は8件。被害者は5,000人を超えてます」

犯行声明(はんこうせいめい)を出したのは、ドラゴン教のアサ……何と言いましたかな?」

()(げき)(きょう)信者(しんしゃ)(しゅう)(だん)の1つ、アサッシニオ派です。推定(すいてい)300人ともいわれる、最悪の()(そう)集団です」

 そう答えた議長が、(ふか)()(いき)()く。

「その武装集団だが、帝都に何人ぐらい潜伏(せんぷく)してるのかのう? まさか300人全員ということはあるまいな?」

「その件については、わたしが説明しましょう」

 (ほそ)(おもて)の男が手を()げて、説明役(せつめいやく)を買って出た。

一昨日(いっさくじつ)ですが、近衛(この)(たい)(ぞく)どものアジトを見つけて()み込みました。残念(ざんねん)ながらアジトはもぬけの(から)でしたが、規模(きぼ)と様子からだいたい80名が潜伏していたと推察(すいさつ)されます。

 楽観的(らっかんてき)な想定では、事件以降昨日までに逮捕した数は、生死を問わず68名。これより今も残った10名程度の賊が、テロを繰り返していると考えられます。

 一方で最悪の場合を想定すれば、同じ規模のアジトが帝都内に複数(ふくすう)あり、今も何処(どこ)かに潜伏していると考えられます。ちなみに帝都の出入り口を固める(しゅ)()(へい)からの報告によれば、事件発生以降、毎日のように武器を持ち込もうとした者が見つかっております。うち逮捕した数は生死を問わず35名、逃走した者は延べ283名です。そのうち昨日取り逃がした数は26名ですので、その26名だけが帝都に侵入できてないと考えれば、アサッシニオ派推定300名から逮捕者103名と逃走した26名を引いた170名ほどが潜伏している可能性があると……。

 まあ、わたしはテロの規模が少しずつ小さくなってきているので、多くても20名ぐらいではないかと思いますが……」

「20名……。それでも厄介(やっかい)だのう」

 話を聞いていた(ふと)った男が、そう(こぼ)して(ふか)()(いき)()いた。

「たしか連中の声明は、デスペランの調査中止と調査隊の解散(かいさん)でしたな」

「調査隊が向かうのはマウンテン・ドラゴンの()(りゅう)(さん)(みゃく)。ドラゴン教にとっては(せい)なる土地ですから、そこを()(きょう)()()()らされたくないのでしょう」

「ところで、ここに来る直前、その調査隊が潰滅(かいめつ)したと聞いたのだが……」

「その件は会議の最初に済ませました」

 男の言葉を(さえぎ)って、議長が話を元に戻そうとした。それを、

「まあまあ、議長殿。状況(じょうきょう)を教えるぐらいは良いではありませんか」

 と、議長の(となり)に座るカイゼル(ひげ)の男が意見してきた。その反対側の席には、立派な僧服(そうふく)を着た(きょう)(こう)ことソルティス教の(だい)()(きょう)が座っている。

「アキロキャバス(きょう)(おっしゃ)るのでしたら……。大司教さま、よろしいでしょうか?」

 意見してきたのは帝国の(ない)()大臣(だいじん)であり、帝国内でもっとも大きな(りょう)()を持つ(だい)()(ぞく)、ユーベラス公国(こうこく)の王アキロキャバス卿だった。その意見に少しためらった議長が、反対側に座る大司教に判断(はんだん)を求める。

「まあ、説明してやっても良いでしょう」

「大司教さまのお(ゆる)しが出たので、()(みじか)に説明します」

 大司教の首が(たて)に動いたのを見て、議長が軽く咳払(せきばら)いする。

「調査隊潰滅の報告は、今朝(けさ)方、宮廷に届きました」

「まさかアサ何とかの本隊(ほんたい)(おそ)われたのか?」

「いえ、ドラゴンと一戦を(まじ)えることとなり、潰滅したと……」

「それは何処(どこ)でかのう? 出発してから1か月と()っておらぬから、まだ竜の山脈には着いておらぬのじゃろ? 伝令(れんれい)が帝都へ戻るまでの時間を考えると……」

「ドラゴンとの一戦は一昨日(いっさくじつ)です。場所は目的地である竜の山脈の(ふもと)……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。竜の山脈まで、ここから2400kmもあるのだぞ。今ごろはまだフルヴィ川を(さかのぼ)ってるところではないのか? それに、そんなに遠くで起こった事件が、どうして1日やそこらで帝都に伝わるのだ? (はと)でも3日はかかるのだろ?」

「クリプトン卿……。あなた、何年前の話をしてるのです?」

 議長が(あき)れた顔で(ふと)った男を見やる。

(どう)(りょく)(せん)電信(でんしん)をご存じないのですか? 水路があれば1日に400kmを移動し、電線(でんせん)さえあれば、どんなに遠くからでも(いっ)(しゅん)で言葉を伝えられる技術です。まあ、電信のある町まで鳩を飛ばしたため、事件が伝わるまで1日かかりましたが……」

「いつの間に、そのような時代に……」

 議長の言葉に、今度は(ふと)った男が呆れる番だった。男は知らぬ間に、時代に取り残されていたようだ。

「いやいや、そんなことはどうでも良い。調査隊は何千という兵に護衛されていたのだろう。それに対ドラゴン用の大砲はどうした? 使わなかったのか?」

「対ドラゴン砲の件は知りませんが、総勢(そうぜい)3千程度の軍勢(ぐんぜい)ではドラゴンに太刀打(たちう)ちできなかったのでしょう。これは確定ではありませんが、生存者(せいぞんしゃ)は2百名前後という話です」

「い、1割も残っておらぬのか……」

 議長の説明に、男が目を見開いて言葉を失った。

「それで現在、大ケガを負った者たちを付近の町に残し、動ける者だけが帝都に向かっているそうです。到着まで10日以上かかるでしょうが、その間に第2次調査隊を招集(しょうしゅう)し、調査へ向かわせることと決まりました」

「2次隊の()(けん)は、生存者が戻って報告を受けてからでも良いのではないか?」

「そのような意見もありましたが、デスペランが大流行してからでは()(おく)れです。対策は早め早めに打ちませんと」

「ふむ。それでは(いたずら)()牲者(せいしゃ)が増えるだけと思うのだが……」

 議長の伝える決定事項に、(ふと)った男が割りきれない気持ちを吐露(とろ)する。

「さて、時間が押してきましたので、調査隊の件を終わりにして本題に入ります」

 もう少し何かを聞き出そうとする男を無視して、議長が会議を本件へと戻した。

「本日、ご()(ぼう)のところみなさまにお集まりいただきましたのは、今回のドラゴン病ならびテロ事件を含め、これらに今後どのように対処(たいしょ)するかです。そこで……」

「そこから先は、わたしに言わせてくれませんか」

 議長の隣に座る大司教が、静かな口調で言葉を(さえぎ)ってきた。それで言葉を止めた議長が、態度で主導権(しゅどうけん)(ゆず)る。それを受けて、

「この会議は、わたしとアキロキャバス卿の権限で招集(しょうしゅう)しました。急な招集であるにもかかわらず、欠席者がなかったことに、まず神とご出席のみなさまに感謝(かんしゃ)します」

 と話し始めた大司教が、軽く手を合わせて短い(いの)りを(ささ)げる。

案件(あんけん)単刀(たんとう)直入(ちょくにゅう)に言います。帝国は現在、かつて人口の3分の2を死に追いやったデスペランの(きょう)()にさらされております。それに加えドラゴン教徒によるテロ事件も頻発(ひんぱつ)し、これらへの対策が急がれるところです。そこでソルティスの神の教えに従い、これら(なん)(きょく)を乗りきる()開策(かいさく)決定(けってい)()神託(しんたく)のくじびきに(ゆだ)ねたいと考えております。ない知恵(ちえ)(しぼ)って()(ろん)(かさ)ねても、時間を意味もなく(ろう)()するだけですから……」

 (にゅう)()な口調で語りながら、大司教が集まった幹部議員たちを見まわした。

「しかし、もしも有効な打開策があるのに、無為(むい)に結論を御神託に委ねてしまうのは()むべき()考放(こうほう)()です。そこで御神託を(おこな)う前に、この難局を乗りきる打開策がおありでしたら、是非(ぜひ)とも()(しめ)していただきたい」

「ドラゴンを根絶(ねだ)やしにすれば、(ばん)()解決(かいけつ)すると思いますが」

 大司教の問いかけに、1人の幹部が自信に()ちた顔つきで意見してきた。それを聞いたアキロキャバス卿が、やれやれと言いたそうな口調で肩をすくめる。

「ビーズマス卿。それは何の解決案にもなってませんよ。第一、数千人に護衛された調査隊を潰滅させるようなドラゴンを、いったいどうやって根絶やしにするのですか? 我々が求めてるのは理想論や空想論ではなく、実行できる具体的な方法です」

「うぬ。そ、そうか?」

 アキロキャバス卿の注意に、意見した男が自信に満ちた顔から一転、ばつの悪そうな顔に変わっていた。これはテストで赤点を出さない方法を問われ、それにテストがなければ赤点にならないと答えたようなものだ。ただの()(ごと)である。

「やはり良い意見は出そうもありませんか。では、御神託を進めて良いですかな?」

 また大司教が幹部たちを見まわして、反対意見の有無を求めた。それに誰からも発言がないことを確かめて、大司教が軽く息を()ぐ。

「すでにみなさまの()(もと)には紙の(たば)(くば)られております。そこに心に思い浮かぶまま()(あん)を書き()めていただき、それをくじ札にしたいと思います」

 幹部たちの座る席には、あらかじめメモ帳のような紙の束が置かれていた。その束を手に取って、パラパラと中を(あらた)めている幹部もいる。

「それでは紙に素案を書き、4つ折りにして後ろに(ひか)える神官たちの持つ箱にお入れください。(とっ)(ぴょう)()のない内容でも構いません。心に思い浮かぶままを紙に書いてください。それらはすべて神のご意思です。素案は1人でいくつ書かれても構いません。同じ内容でも白紙でも大いに結構。神は間違った案を選びません」

 大司教の話を聞きながら、幹部たちがせっせとくじ札を作っていく。ここから先は宗教的な()(しき)のようなものだ。誰もが式次第に戸惑うことなく、()れた感じである。

「大司教殿。わたしは午後の用があるので、このあたりで失礼しますよ」

 そう(ことわ)ったアキロキャバス卿が席を立ち、くじ札を女性神官の持つ箱に入れた。

「おや、どちらかへお出かけですか?」

帝国(ていこく)()(じゅつ)(けん)(きゅう)(じょ)です。こうも毎度毎度ガス(とう)(ひょう)(てき)にされては(たま)りませんからな。ガス灯に代わる技術がないか()(さつ)しにいくんですよ」

 大司教の問いかけに、アキロキャバス卿が東を指差しながら答えた。その言葉を耳にした幹部議員数人が、

「アキロキャバス卿はもう出られるのか!? ならば、わしも急がねば……」

「視察!? しまった! 馬車の()(はい)を忘れた!!」

「おぬしも視察の予定であったか。馬車の手配がまだなら一緒に乗って()かぬか」

 次々と立って、作ったくじ札を箱に入れていく。

「ほう、ガス灯に代わる(あか)りですか。そう言えば、大聖堂(だいせいどう)にやたら明るい灯りがあるのですが……。はて、あれは何というものでしたか……?」

 そう言いかけた大司教が、何処(どこ)か気持ち悪そうな表情を浮かべた。存在を知りつつも、肝心(かんじん)の名前が出てこないようだ。その大司教にアキロキャバス卿が、

「ところで大司教殿。今晩(こんばん)晩餐会(ばんさんかい)ですが、料理人はあのメイベルくんですかな?」

 と尋ねる。

「おやおや。すっかりお気に入りのようですね」

「彼女の料理に、すっかり()(りょう)されましてな。まるで(ちゅう)(どく)ですよ」

 アキロキャバス卿がそう笑顔で言って、ぴしゃっと(ひたい)(たた)いた。

「しかし残念ですが、今晩の料理人はメイベルではありません。メイベルは午後出かける用事があるので、今日の料理番はできないのです」

「外出ですか、それは残念(ざんねん)ですな」

 今日はメイベルの料理ではないと知って、アキロキャバス卿が肩を落としている。

「まあ、()(けん)へ行かれるのでしたら、メイベルとはあちらで会うでしょう」

「……技研で!?」

 大司教の言葉に、アキロキャバス卿が首を(かし)げた。だが、大司教が()(もん)に答えることはなかった。



 議事堂の(とう)で会議が(おこな)われてる頃、話題になったメイベルは、

「暑ぅ〜。ここの(ちゅう)(ぼう)って、夏はまるで拷問(ごうもん)部屋(べや)だわ」

 (せま)い厨房で野菜を(いた)めていた。

 ここは(きゅう)(てい)隣接(りんせつ)する、近衛(このえ)(たい)の詰め所にある厨房。メイベルはここで今、両側に取っ手のついた大きなフライパンで料理をしてた。その後ろではパセラが大きなウチワを(あお)いで、メイベルに風を送っている。パセラはメイベルの手伝いだ。

「ゴメンね、メイベルちゃん。夏バテで倒れた料理人の代わりをお願いして……」

 厨房と食堂の間にあるカウンター越しに、クラウがそんな言葉をかけてきた。厨房からは(あぶら)(もの)を炒めるジュジュっという音が聞こえている。

「このままだと今日の昼食もパンと(なま)(あたた)かい牛乳(ぎゅうにゅう)()し肉だけになるところでしたよ」

「困った時はお(たが)いさまよ。それに近衛隊のみなさんは、テロリスト(さが)しで大変な時でしょう。そんな時にちゃんとした料理が食べられないんじゃ、士気に(えい)(きょう)するじゃないの」

 そう返したメイベルが、野菜炒めに調味料で味つけした。そして軽く味見して、

「今日は暑いから、ちょっとお塩を追加ね」

 気持ちだけ(くだ)いた岩塩を加える。

「はい、できたわ。あとの()りつけはパセラに任せるわね」

 メイベルが完成した野菜炒めを、フライパンごとカウンターの内側に置いた。

「うぉ〜。これは良い香りだ」

辛抱堪(しんぼうたま)らん。早く食べてえ」

 野菜炒めの(かお)りに(さそ)われて、腹ぺこの近衛兵たちが殺到(さっとう)してきた。その近衛兵たちに押されて、クラウがカウンターの板に顔面を(みっ)(ちゃく)させている。

 カウンターには野菜炒めよりも先に作られた肉料理とスープも置かれていた。それに近衛兵たちが熱い(まな)()しを(そそ)ぎ、中にはよだれを垂らしてる者もいる。

「これから配りますから、並んでくださぁ〜い」

 メイベルにウチワを渡して、パセラがトングを手に近衛兵たちに声をかけた。その言葉を受けて、兵たちが隊長のクラウを先頭にして(ぎょう)()良く並ぶ。

 並んだ兵たちは、最初に食器兼トレイの金属板を取る。これは1枚の金属板をプレスして、大小の仕切りを(もう)けた物である。それからフォークとスプーン、それと切れ込みの入ったパンを自分でトレイに()せるのだ。

 そこから先はパセラと配膳(はいぜん)(がかり)たちが、流れ作業的に仕切られた(くぼ)みにスープや肉料理、野菜炒めを入れていく。兵たちはそれを持って、テーブルで食べるのである。

「ところでさ、クラウさん。テロを起こしてるドラゴン教徒、いつになったら全員(つか)まるのかしら? こうもたびたび事件を起こされたら、怖くて外出できないんだけど……」

 配膳する後ろでウチワで(あお)ぎながら、メイベルが気になることを尋ねた。クラウは食事を載せた金属トレイを持ったままテーブルへは着かず、カウンターの(すみ)にいたのだ。

「これまでに逮捕ないし沈黙(ちんもく)させた賊は70人ほど。確実に数を減らしてますので、もうしばらくの辛抱(しんぼう)ですよ」

「その割には騒ぎは減ってないわよ。どんどん(みやこ)に入ってきてるんじゃないの?」

「その可能性はありますが、都の出入りは(きび)しく検問(けんもん)してますからね。武器を持った賊がその検問をすり抜けるとは考えにくいのです」

「考えにくいって……。それは近衛隊のメンツがあるから認めたくないだけじゃない?」

「メイベルちゃん。それは()(きび)しい指摘ですね」

 苦笑したクラウが、困った顔で頭の後ろに手をやる。

「まあ、そんなにテロ事件が怖いのでしたら、メイベルちゃん。是非とも見習い修道女(シスター)らしく外出を(ひか)えるように(すす)めたいのですが……」

「それはイヤ」

 クラウの(ちゅう)(こく)を、メイベルが(そく)()(きょ)()してくる。

「教会の敷地内にいれば安全ですよ」

「それじゃ、わたしの心の中が平穏(へいおん)じゃなくなるのよ」

 勝手なことを言ったメイベルが、ウチワで煽ぎながら視線を(ちゅう)房内(ぼうない)に戻した。

 そんなメイベルの横顔を、クラウが困った顔で見ている。

「それにしても、ここは(かん)()が悪いわね。こんなに熱気が(こも)ってたら、料理人が夏バテで倒れるのも当然だわ。それに(あぶら)(くさ)いし、カビが()えて()衛生(えいせい)だし……」

 メイベルのぼやきに、クラウが軽く溜め息を吐いた。そして、

「春ごろまでは、何も問題はなかったのですけどね。1月ほど前から、急に熱気が(こも)るようになったのですよ」

 と状況(じょうきょう)を説明する。

「水車が(こわ)れたんじゃないの? 冷蔵(れいぞう)()も冷えてないみたいだから……」

「こちらでもそのように思って技師に調べてもらったのですが、水車は壊れていませんでした。まったくの正常だそうです」

「壊れてないの? ……あ、ひょっとして、あれ……かしら?」

 クラウの説明を聞いたメイベルが、ふとウチワの動きを止めた。そしてゆっくりと天井を見上げて、何かを言おうとする。

 ところがメイベルの言葉は、

「うぉ〜。美味(うめ)ぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

「これがタマネギ3個(スリー・オニオン)の味かぁ! 美味(うま)すぎて涙が出てくる……」

「宮廷料理って、これより美味(うま)いんだろ。俺、想像できねえよ」

「俺、絶対お代わりするぞ!」

 食事を始めた兵たちの声に止められてしまった。

 その声に(さそ)われて、まだトレイを持って待っている兵たちが、配膳(はいぜん)()かしてくる。

 その様子に目を向けたメイベルが、またパタパタとウチワを煽ぎ始めた。

「メイベルぅ。(こう)(ひょう)みたいですよぉ」

 最後の兵に料理を取り分けたパセラが、ようやく一息を入れてそんなことを言ってきた。そして自分たちと取り置きの分のトレイを用意して、そこにも料理を盛りつけていく。取り置きは街へ警備に出たまままだ戻ってない隊員たちの分だ。

「それは料理人(みょう)()()きる光栄(こうえい)だわ」

 相変わらずウチワをパタパタさせながら、メイベルがパセラに近づいてきた。

 パセラの横では配膳係が、残った料理をカウンターの奥から食堂側に出している。それを(ねら)って、兵たちがお代わりに殺到してきた。

「でも、ちょっと申し訳ないわね。もっとちゃんとした食材があったら、(ちゅう)()(はん)()じゃない料理を(てい)(きょう)できたんだけど……」

『えええぇ〜っ!!? 中途半端??』

 メイベルの一言に、お代わりに集まってきた兵たちがいっせいに(おどろ)きの声を上げた。

「そうなのよ。この暑さで貯蔵(ちょぞう)されてた食材が(いた)んじゃっててね。使える物だけ選んで使ったから、その程度の料理しかできなくて……。干し肉や()(から)びた野菜の料理では、あまり満足できなかったでしょう」

「これ、元はあの(あじ)()ない干し肉!?」

「気づかなかった……。言われてみれば(あお)()も……」

 兵たちが料理を突っついて、肉や野菜のかけらを(ぎょう)()している。色の()いソースで見た目を誤魔化(ごまか)されているが、間違いなく見慣れた干し肉や乾いた葉野菜の姿を(とど)めている。

「メイベルちゃんの手にかかれば、味気ない乾き物でも、こんなに美味(おい)しくなるのか」

「と言うより、俺たちの舌にはメイベルちゃんの中途半端な料理でも美味(おい)しく感じられるってことだろ。これがまともな料理だったら……」

「うわぁ〜。どんな味か想像できねぇ〜!!」

 兵たちがまた(にぎ)やかになった。そんな兵たちに、

「やっぱり中途半端な料理を出したままじゃ、毎日捜索や警備で奔走(ほんそう)してるみなさんに申し訳ないわ。明日(あした)は宮廷の厨房で作って持ってくるから、それで口直(くちなお)ししましょう」

 とメイベルが言い(はな)った。その言葉に、

『お願いしまぁ〜すっ♪』

 近衛兵たちの(はず)む言葉が、見事に(かさ)なった。

「みなさん、現金(げんきん)ですねぇ。食事の良し悪しで隊員の士気が上下するというのは、本当のことでしたか……」

 と零したのはクラウだ。クラウは相変わらずトレイを持ったまま、カウンターの隅に陣取っていたのだ。その理由は、

「メイベルちゃん。席が()いてきましたから、そろそろ僕たちも食事にしませんか?」

 メイベルたちと食事するため、待っていたのである。

「そうね。でも、ナバルさんがいないわね。まだ採用試験が終わってないのかしら?」

 メイベルがカウンター()しに食堂を見渡した。そこにはまだナバルの姿が見えない。

「ナバルはくじ運が悪いですからね。引く順番が後ろにまわされてるのでしょう」

「あはは。それはありそうだわ」

 クラウの言葉に、メイベルがおかしそうに笑う。

「いつ帰ってくるかわかりませんから、僕たちは先に食べましょう」

「そうね。パセラ。わたしたちも食事にしましょう」

 そう答えると、メイベルは自分とナバルの分のトレイを持って厨房から出ていく。

「では、配膳係の皆さん、お(あと)はよろしくお願いしますぅ」

 パセラも後片づけを配膳係に任せて、自分のトレイを持って食堂へ出ていくのだった。



 青空から()りつける陽射(ひざ)しが、教会の真っ白な壁を更に(かがや)かせている。

 その壁に反射した光が、正面にある広場を銀色に照らしていた。

「ハズレです。次の者。エド・カイン。アルテース出身。推薦者(すいせんしゃ)……」

 広場に作られた()(せつ)テントから、名前を読み上げる声が聞こえてくる。

 テント横には『(てい)()近衛(このえ)隊隊員(たいたいいん)採用(さいよう)()験会(けんかい)(じょう)』と書かれた看板(かんばん)が立てられていた。

 テントでは今、若者が(つぼ)に差された無数の(くし)の中から、どれを引こうか迷っている。若者は右手を宙に浮かべたまま、完全に動きが止まっていたのだ。

(あせ)ることはありません。自分の運命です。(しん)(ちょう)(えら)びなさい」

 採用官(さいようかん)の1人が、若者にそう声をかけた。その言葉に若者からの返事はない。串選(くしえら)びに集中していて、声が耳に届かなかったようである。その若者がいきなり、

「見えた!」

 という言葉を放った。そして1本をしっかりと()まみ、気合いを込めて引き抜く。

「お願いします」

「預かります」

 若者が引き抜いた串を、採用官が()(しき)()った()(ぐさ)で両手で受け取った。

「天からの啓示(てんけい)が見えましたか?」

「はい。(ぼう)の先が赤く光りました」

「それは()きお(みちび)きかもしれませんね」

 興奮(こうふん)する若者にそう答えて、採用官が串を(あらた)める。

 串の先には紙が巻かれていた。それを()いた採用官が内側に書かれた文字を読み、

「エド・カイン。近衛軍第2(けい)()(たい)採用」

 と読み上げる。と同時にくじを引いた若者が、「やった〜!」と天に向かって()えた。

「それでは、エド・カインくん。奥で採用手続きを済ませなさい」

「は、はい。ありがとうございます」

 採用官に深々と頭を下げた若者が、(うれ)しそうにテントの奥に入っていく。その様子を、これからくじを引く者たちが(うらや)ましそうに見ていた。

「次の者。ナバル・フェオール。ユーベラス出身。推薦者アキロキャバス公王」

 採用官が次にくじを引くナバルの名を読み上げた。そのナバルを推薦した貴族名を聞いた()願者(がんしゃ)たちが、「おお〜」っと(おどろ)きの声を上げている。

「それでは引いてください」

「はい!」

 肩に軽く力を込めたナバルが、右手を無数の串の入った(つぼ)に伸ばした。

(運が悪いな。前のヤツが採用じゃ、圧倒的(あっとうてき)不利(ふり)じゃねえか)

 ナバルは1人採用者が出たら、そこからしばらくは採用者が出ないと思っていた。

(そう言えば前のヤツ、棒が赤く光ってたとか言ってたよな……。俺は光る棒なんて見たことないが……)

 などと考えながら、ナバルが手を宙で(すべ)らせている。

「自分の運命です。心ゆくまで慎重に選びなさい」

 採用官がなかなか選ばないナバルに、そう声をかけた。それにナバルが、

(ダメだ。光る棒なんかねえ。ならば……)

 光る棒を探すことをあきらめて、(かく)()を決めた。

「これをお願いします」

 ()(ぞう)()に抜き出した串を、そのまま採用官に(わた)した。それを採用官が、

「預かります」

 と、先ほどと同じように儀式張った態度で受け取る。

(どうだ? 今度こそ採用か!?)

 採用官がゆっくりと串に巻かれた紙を解く様子を見ながら、ナバルが心の中で(さけ)んだ。その目の前で、試験官が紙の内側に書かれた文字に目を落としている。

「ナバル・フェオール。ハズレです」

「く……」

 ナバルが顔をゆがめて天を仰いだ。更に口を()いて「またか」という言葉が出てくる。

「次の者。……」

 試験官はたたずむナバルには構わず、事務的にくじびきを続けていく。

 そんな採用試験会場を、ナバルは重い足取りで後にするのだった。



「ホント、美味(おい)しいですね。とても元が干し肉や()(から)びた()()とは思えませんよ」

 席に着いて食事を始めたクラウが、さっそくメイベルの料理を()めた。

 クラウがいるのは6人がけのテーブルだ。向かい側にはメイベルとパセラが座っている。そしてクラウの(となり)にある()いた席には、取り置きのトレイが置かれていた。

「ありがと。で、さっきの(くう)調(ちょう)の話だけど」

 軽くお礼を返したメイベルが、すぐに別の話に切り替えてくる。

「ひょっとして地下の水路、水の流れが弱くなってるんじゃないかしら?」

「さすが、メイベルちゃん。お(さっ)しの通りですよ。修理をお願いした技師たちも、流れが弱いのではお手上げと言ってましてね。困ってるんですよ」

「でしょうね。水の流れが弱まったら、生活のあらゆるところに()(しょう)が出るものね」

 などと(こぼ)しながら、メイベルがパンの切れ目に肉料理を詰めている。そのメイベルに、

「メイベルぅ。流れが弱くなると、どうして生活に支障が出るのですか?」

 とパセラが尋ねてきた。

「それは簡単(かんたん)な話よ。わたしたちの生活は、今では水車なしでは語れないの。昔ならお米のもみ(がら)を取るとか、小麦を細かく()くとか、その程度だったけど……」

 と答えながら、メイベルが千切(ちぎ)ったパンを(ほお)()った。そして食べ物を口に入れたまま、

「今は生活のあらゆるところに水車が使われてるわ。糸を(つむ)いで布を()(ぼう)(しょく)()も、新聞を()大型(おおがた)印刷(いんさつ)()も、工場にある()(かい)はどれも水車が動かしてるのよ。それに……」

 と話を続ける。そのメイベルに、

「メイベルぅ。お(ぎょう)()が悪いですぅ。飲み込んでから話してくださいよぉ」

 パセラが困った顔で注意した。その言葉に、メイベルが話をやめてゴクンと飲み込む。

「それに水車が動かすのは工場の機械だけじゃないのよ。水道のお水を上の階まで運んだり、大きな建物では空調や巻き上げ機(エレベーター)を動かしたり。最近では水力列車などの乗り物を動かすようにもなったし、冷蔵(れいぞう)()洗濯(せんたく)()もあるわ。他に大聖堂(だいせいどう)(しょう)(めい)がロウソクから明るいアーク(とう)に変わったでしょう。あの明かりも水車が生み出してるの」

「へぇ〜。水車はいろんなところに使われてるのですねぇ。知りませんでしたぁ」

 メイベルの説明に、パセラが気の抜けた声を返してくる。そのパセラが、

「ところで水車が、どうやって冷蔵庫を冷やすのですか?」

 と、首を傾げて()いてきた。

「それは水車が冷蔵庫のポンプを動かすからよ。ポンプがアンモニアを気化させて……って……。パセラ、説明を聞きたい気持ちはわかるけど、理解できるの?」

非道(ひど)いですよ、メイベルぅ。理解するように努力します」

「努力させられるのは、間違いなく説明するわたしの方だと思うけど……」

 そう言って説明をやめたメイベルが、スープを口に運んだ。そのメイベルの横顔を、パセラが(うら)めしそうに見ている。そんなパセラを無視して、

「あ、それでさっきの流れが弱くなってる話だけど、都市(とし)(せい)()(きょく)に事情を話して、詰め所の上流にある建物を調べてもらった方が良いと思うわ」

 と、最初の話に戻してきた。

「事情を説明するのは構いませんが、流れが弱くなっただけでは役人たちは動きませんよ。問題点を具体的に指摘しませんと……」

「流れが弱まった説明なんて簡単じゃない。詰め所よりも山側に出来(でき)の悪い水車が作られたか、何かが水の流れを()き止めてるか、そのどちらかよ」

 メイベルがクラウの迷いに、明確な答えを返してきた。

「1か月前から空調や冷蔵庫がおかしくなったとなると、(あや)しいのは(ほう)()(きょく)(しん)(ちょう)(しゃ)ね。あちらに取りつけられた水車が、ちゃんと動いてるか調べてもらうべきだと思うわ」

「法務局ですか? テロの影響ではないのですか? それに、法務局の(となり)に建った(きょう)(こう)(ちょう)の第3庁舎の可能性も……」

「1か月前じゃ、まだテロは起きてないでしょ。それに教皇庁の庁舎には問題ないと思うわ。何かあるとしたら、絶対(ぜったい)に法務局よ」

 クラウが最後まで言う前に、メイベルが原因を断言(だんげん)してくる。

「法務局にはこれまでにも車輪型(しゃりんがた)のバカでかい水車を取りつけて、水路を()き止めた(ぜん)()があるのよ。どういうわけか法務局と財務局、それと商業庁の役人たちは、性能よりも見栄(みば)えを気にする悪いクセがあってね。重すぎて動かないような大きな水車を作って、そのたびに周りに迷惑をかける事件を繰り返してるのよ。学習能力がないのよね」

「メイベルぅ。食べるか話すか、どちらかにしてくださいよぉ」

 食べながら説明を続けるメイベルに、パセラがまた注意した。それで口許(くちもと)(かく)したメイベルが、しばらく(だま)って()(しゃく)を優先する。

「そ・れ・と、修理に来た技師は、水路の水が減ったではなく、あくまで流れが弱まってると言ったのでしょう?」

 食べ物を飲み込んで、メイベルが話を再開する。

「流れは前の水車で弱められても、80cmも流れ落ちれば必要な(いきお)いを取り戻すわ。このサクラスの都は、そのために山の斜面(しゃめん)(きず)かれたんだものね。だけど教会周辺の土地は平らで、この詰め所と法務局の新庁舎はほとんど同じ高さの地面に建てられてるでしょう。水路に多少の傾斜(けいしゃ)をつけてるとはいえ、法務局で弱まった流れは詰め所に来るまでに勢いを取り戻せてないと思うのよ。だから……」

「なるほど。それで法務局の新庁舎が(あや)しいと考えられるわけですか」

 メイベルの説明にクラウが相槌(あいずち)を打った。一方、隣で話を聞いていたパセラは、

「お水さんは水車に弱められても、80cm流れると元の流れに戻るのですか。でも、法務局とここは200m近く離れてますよぉ。何か説明がおかしいですぅ」

 脳ミソが消化不良を起こして、それを説明の問題にしている。そんなパセラの(つぶや)きを聞いたメイベルが、「あんたねぇ」と、呆れた顔をしていた。

「おっ。ナバルが帰ってきましたよ」

 そう言ったクラウが、顔を食堂の入り口へ向けた。

 食事を終えた兵たちと入れ替わるように、ナバルが食堂に入ってくるところだ。そのナバルに手を振って、クラウが自分たちの居場所を伝えようとする。

「採用試験。合格できたでしょうか?」

 パセラがそう言って、後ろを振り返った。メイベルも入り口に目を向けて、

「今日が2回目の(ちょう)(せん)だったわね。う〜ん、(ぎゃっ)(こう)で表情が見えないわね」

 と零した。その3人に、

「ただいま。外はイヤになるほど暑いぞ」

 と、ナバルが不愉快そうな顔を向けてくる。

「落ちましたか。テロ事件で除隊者(じょたいしゃ)が増えたため、採用枠(さいようわく)が広がったというのに……」

 とはクラウの言葉だ。それにナバルが、

「落ちたのではない。神が近衛隊に入るのはまだ早いと(おっしゃ)られたのだ」

 と、不機(ふき)(げん)(うれ)いを1(てき)混ぜたような顔で言い返してくる。

「まあまあ、良いじゃないの。1年に3回まで受けられるんだから、あと1回、受ける機会はあるんでしょう」

「まあな……」

 メイベルに(なだ)められたナバルが、相変わらず不機嫌そうな顔で()いた席に座った。

「次の採用試験は、また半月後です。それまで、また時間を持て(あま)しますね」

「まったくだ。半月は長すぎるぜ」

 クラウにそう言い返したナバルが、取り置かれたトレイからパンを(つか)む。そして苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔で、パンを不愉快そうに喰い千切った。

「どうして半月に1回なのでしょうか?」

 2人の話を聞いていたパセラが、そんな疑問を口にする。

「毎日やったら大変、月に1回では少なすぎる。で、中を取って半月に1回じゃない?」

「ああ、なるほど」

 メイベルの適当な説明に、パセラが(みょう)納得(なっとく)した。それにクラウが、

「きみたちは本当に修道女なのですか? ソルティスの神の教えに従い、1度くじびきをしたら、次の14日間は同じ目的のくじびきをしてはならないのではありませんか」

 とツッコミを入れる。その言葉にパセラが、

「そう言えば、そんな教えがありましたねぇ」と返し、メイベルは、

「くじびきでむりやり出家させられた修道女だもの」と愚痴(ぐち)をぶつけてくる。

 そんな2人の態度に、ナバルが、

「そうか。2人には信仰心が足りないから、天は修道女にして(きた)え直そうとしたんだな」

 などと(にく)まれ(ぐち)(たた)いた。そんなナバルに、メイベルが冷たい視線を向けている。そのメイベルが頬杖(ほおづえ)を突いて顔を横に向け、

「くじびきで痛い目に()ってるのに、どうしてナバルさんは神さまを信じられるのかしらね? くじびきに流される人生を(あゆ)んでたら、いつか絶対に不幸な結果になると思うわ」

 と、不愉快そうに言ってきた。

「わたしはくじびきなんかに左右されず、自分の人生は自分で決めるの。(さいわ)い教会の周りには(きゅう)(てい)()書館(しょかん)()用学者(ようがくしゃ)の研究所があるからね。好きなだけ勉強ができるでしょう。だから、わたしはこの環境を()かして、絶対に学者になってみせるわ」

「えっ!? 料理人にはならないのですか?」

 メイベルの発言を、クラウが驚いた顔で聞き返してきた。

「料理人なんて、礼拝(れいはい)をサボる口実(こうじつ)よ。厨房係(オニオン)ならみんなが礼拝してる時間でも、調理を口実に出なくても済むじゃないの」

「そ、そういう理由だったのですか?」

 メイベルの答えに、クラウがすっかり呆れている。それに追い打ちをかけるように、

「それに料理が(じょう)()になれば、それだけあちこちから声がかかって仕事が増えるでしょ。おかげでもう3か月ぐらい礼拝に顔を出してないわ。あはは」

 と、メイベルが笑い飛ばした。そんなメイベルに、

「そうまでして礼拝に出たくないのですか? メイベルちゃんは筋金(すじがね)入りですね……」

 クラウが完全に(だつ)(りょく)させられている。

「あ、そうだ。今、何時ぐらいかしら?」

 急に話を打ちきって、メイベルが時間を(たず)ねてきた。その求めに、クラウが(ふところ)から(くさり)のついた時計を出してくる。

「12時40分ですよ」

「良かった。まだ時間はあるわね」

 時間を聞いたメイベルが、ホッと胸を()で下ろした。

 隣に座っていたパセラは一足早く食事を終え、トレイを持って片づけるところだ。

「何かご予定でもあるのですか?」

「アウル(はか)()(さそ)われて、1時すぎに帝国(ていこく)()(じゅつ)(けん)(きゅう)(じょ)へ出かけることになってるの」

 質問に答えたメイベルが、早く食事を済ませようと野菜炒めを頬張った。

「帝国技研ですか。どのようなご用で?」

「テロ事件って、いつも最初にガス(とう)(ねら)われてるじゃない。それでガス灯は(あぶ)ないということで、代わりになる街灯(がいとう)検討(けんとう)されてるのよ。それで今日、帝国議会の貴族議員たちが技研を視察するから、説明と案内役をわたしに任せたいらしいわ。テロが始まってから今日で何日だっけ? もっと早く視察に来ればいいのにね」

「ああ、その視察ですか。警備の問題があるので(ひか)えてもらってたのですが、昨日(きのう)、とうとう父が押しきったみたいでして……」

 そんなことを言うクラウの前に、金属製のマグカップが置かれた。パセラがトレイを片づけるついでに、人数分の飲み物を持ってきたのだ。

「つまり。父が(おん)()を取って視察に行くので、そこで気を()かせたアウル(はか)()が父にメイベルちゃんを(しょう)(かい)し、僕との仲を取り持とうと……」

「クラウさん。(ひたい)にフォーク、突き立てましょうか?」

 メイベルがジャガイモの刺さったままのフォークをクラウに向けた。そのフォークに、クラウがラッキーとばかりにパクつく。それを見たメイベルが、ジトッとした表情になって、フォークから手を離した。

「アウル博士がわたしに説明役を任せるのは、議会やお役所がわたしを()(むすめ)(あつか)いしてるのが気に入らないからなんだって。それで新しい照明技術を視察する機会を利用して、わたしを一人前の学者としてお披露目(ひろめ)させたいらしいわ」

 手をゆっくり引っ込めながら、メイベルがそう言って経緯(いきさつ)を話した。クラウの口では持ち主のなくなったフォークが、もごもごと縦に揺れている。そのフォークを口から出し、

「説明役は良いのですが……」

 と、クラウが口を開いた。

「貴族議員たちの視察する研究。メイベルちゃんがやってるのですか?」

「わたしはたまぁ〜に手伝ってるだけよ。わたしの専攻は博物学だから、照明技術は専門外になるんだけどね。まあ、ちょっと水力技術には深入りしてるけど……」

 クラウにそう答えて、メイベルがスープをすする。そのメイベルのトレイに、パセラが新しいフォークを持ってきて置いた。それに軽くお礼を言ったメイベルに、

「メイベルさんって、学者なのか? 料理人でも魔導師でもなくて……」

 ナバルが疑問を挟んできた。

「わたしは学者でも料理人でもないわ。ただの見習い修道女(シスター)よ」

「その通りです。ただの博識(はくしき)万能(ばんのう)見習い修道女(シスター)ですよぉ」

 メイベルの()(てい)を、パセラが明るい声で訂正(ていせい)してきた。その言葉に、

「博識な万能って……。パセラぁ……」

 メイベルがツッコむ言葉を失っている。そのメイベルが飲み物を半分残したまま、

「わたし、そろそろ行くわ」

 と言って、トレイとマグカップを持って席を立った。パセラも、

「それでは参りましょう」

 と、メイベルについていく。

「おや、友人Aくんもご一緒するのですか?」

「はい。議員さんたちは視察したあと、技研で検討会(けんとうかい)をするんです。その準備をしなくてはなりませんので」

 クラウの問いかけに、パセラが振り返って答えた。それにメイベルも、

「検討会って言っても、お茶会の口実よ。だから視察のたびに給仕係(プレート)が連れまわされるの。って言うか、クラウさん。いい加減にパセラの名前を覚えてあげてよ!」

 と返してくる。

「でしたらメイベルちゃん。技研まで僕たちとご一緒しませんか?」

 クラウもトレイを片づけながら、そんなことを言ってきた。

「クラウさん。テロの警備は大丈夫なの?」

「僕の隊は父が帝都にいる間の警備役ですから、父が技研に行くとなれば、僕も警備で行かなくてはならないのですよ」

「ああ、そうなんだ」

 仕事モードに入ったクラウの顔を見ながら、メイベルが何となく納得する。

「僕たちは父の乗る馬車を警備しながら、1時20分頃に教会を出る予定です。父の馬車は広いので、一緒に乗られてはいかがですか?」

「それはごめんなさい。わたしは一足先に行って、準備をしておかないと……」

「準備ですか。それは残念ですね」

 本気で残念そうな表情を浮かべて、クラウが肩を落とした。そのクラウに、

「それじゃ、技研で会いましょう」

 と言い残して、メイベルが食堂から出ていった。その姿を見送りながら、

「あ、警備の下見を口実に、メイベルちゃんと一緒に行くって手がありました」

 とクラウが零した。



 帝国(ていこく)()(じゅつ)(けん)(きゅう)(じょ)。それは(みやこ)(かこ)む内側から3番目の(じょう)(へき)の東側にある()(せつ)だ。そこには4階建ての大きな建物が5つと、いくつもの小屋(こや)点在(てんざい)している。(しき)()はまるで研究内容を(かく)すような(あつ)木立(こだ)ちと高い鉄柵(てっさく)に囲まれ、周囲に小さな家が(みっ)(しゅう)する中、ここだけが()空間(くうかん)のような(ふん)囲気(いき)になっている。

 その敷地を囲むように、今、20m置きに近衛(このえ)(へい)たちが(けい)()している。(はか)らずもここに(じゅう)要人物(ようじんぶつ)が集まってると教えていた。

 研究所正門の内側には大きな馬車置き場が作られている。今、そこに()まっている馬車は40台ほど。()いてきた馬たちは()(じょう)(よう)の馬とともに、馬車置き場の横に作られた馬小屋に(つな)がれていた。

 その馬車置き場から建物を(はさ)んだところにある庭に小さな(たき)が作られている。その滝の周りに、30人ほどの貴族議員たちが集まっていた。他に老学者(ろうがくしゃ)アウルや研究員たち、議員のお付きの者たち、それとクラウとナバルなど、集まった人の数は50を超えている。

「以上で発電に関する説明を終わります。まあ、電気というものは、水の力を一時的に別の力に()()えるものとだけ理解くだされば、それで十分です」

 メイベルが細くて白い()(ぼう)を持って、議員たちに説明していた。メイベルが示すのは、滝の下に置かれた水車だ。水を受ける羽根は平らな板ではなく、お(わん)のような形をしている。それが3台並んで、流れ落ちる水を受けて(いきお)い良くまわっていた。

「うむむむむ……」

 メイベルの説明を聞きながら、カイゼル(ひげ)の男が神経質(しんけいしつ)そうに()ね上がった(ひげ)の先を指でなでている。帝国技研を視察に来たアキロキャバス(きょう)だ。

「父さん。どうしました?」

「クラウよ。先ほどから説明してる(むすめ)、非常にメイベルくんに似ているのですが……」

 尋ねてきたクラウに、アキロキャバス卿が逆に問い返した。

 クラウと一緒に、警備を手伝うナバルも議員たちの後ろで説明を聞いている。

 ナバルの(こし)には少し古ぼけた(けん)が下がっていた。()られたサーベルの代わりだ。(さや)の腰で隠れる場所に『近衛騎兵隊 備品16』と書かれているのはご(あい)(きょう)である。

 そのナバルの見ている前で、

「ひょっとして彼女は(ふた)()ですか?」

「ここの教会に()(まい)がいるとは聞いてませんねぇ」

 アキロキャバス卿の疑問を、クラウがあっさり否定した。

「すると、他人の(そら)()……」

「メイベルちゃん本人ですよ。いつもの修道服を着てるではありませんか」

「本人……!? 本人……」

 言葉を反芻(はんすう)しながら、アキロキャバス卿が納得できる理由を探している。

「なるほど。宮廷料理人だから議員に顔が利くということで、案内役を頼まれて……」

「ここで研究を手伝ってるそうです」

 やっと見つけた納得できそうな理由も、あっさり否定されてしまった。それでしばらくの間、アキロキャバス卿の思考が停止状態になる。

「手伝いというのは、食堂の……?」

「研究ですよ、(とう)さん。専門(せんもん)博物学(はくぶつがく)とか言ってましたけど、水力技術に関しても、かなり造詣(ぞうけい)が深いようです。今日の昼食の時にも、たっぷり技術話を聞かされましたよ」

「えっ!? メイベルくんは宮廷料理人ではないのですか? あれほどの料理を作れる料理人は、そうそういるものではありませんよ」

 クラウの言葉に、アキロキャバス卿が目を見開いて(おどろ)いている。

「料理人をしてるのは、礼拝(れいはい)をサボる口実(こうじつ)らしいですよ。料理が上手(うま)くなれば、あちこちからお声がかかってサボる口実が増えると言ってました。メイベルちゃんにとって料理とは、その程度のものなのですかねぇ」

「礼拝をサボる口実!? 見習い修道女(シスター)が……ですか? ……ふむ、それは大物ですね」

 視線をメイベルに向けて、アキロキャバス卿が軽く笑った。話題のメイベルは、

「電気はこの金属の線を通って力を伝えます。この場合……」

 と、水車から出る2本の茶色いコードを持って説明している。

「メイベルちゃんが大物……ですか?」

「料理人なら誰もが一度は夢見る宮廷料理人を、ぬけぬけと礼拝をサボる口実にするなど、なかなかの大物ぶりではありませんか」

 アキロキャバス卿が熱い視線をメイベルに向けている。その視線の先ではメイベルが、

「こちらの金属の線で、先ほど(あか)りを見ていただきました部屋へ力を伝えております」

 と議員たちに説明していた。

 その説明を聞きながら、女性議員が(もの)(めずら)しそうにコードを手に取っている。

「ちなみに電気は冬場、金物に触れた時にビリビリとくる現象の1種です。このコードにはビリビリと来ないようにゴムを()ってますけど、一部むき出しになった金属の部分には(さわ)らないよう気をつけてください。冬のビリビリは一瞬ですが、こちらは手が離れるまでビリビリが続きますので……」

「ひっ!!」

 メイベルの話を聞いた女性議員が、(あわ)ててコードを放り捨てた。その時の女性議員の声に、他の議員たちが(しっ)(しょう)()らしている。それで(はじ)をかかされた女性議員がメイベルを(にら)みつけて「そういうことは先に言いなさい」と目で(うった)えていた。

「きみ。触れるとビリビリすると言っておるようだが、危険ではないのか?」

 議員たちの中から、そんな疑問がかけられてきた。

「どれほどの危険があるのか。それはまだ研究が進んでませんのでわかりません」

「危険かわからないだって!?」

「そんな()(たい)の知れないものを、ガスの代わりにしろと言うのかね?」

 メイベルの答えに、議員たちから(いか)りとも拒絶反応(きょぜつはんのう)とも思える声が上がってきた。その雰囲気にアキロキャバス卿が、

「ガス会社の族議員どもが、さっそく仕掛けてきましたか」

 と顔をしかめた。少し離れた場所では老学者アウルも、

「はてさて、メイベルはこの場面をどうやって切り抜けますかな?」

 と零して、この状況を不快に思いつつ助け船を出す頃合いを見計らっている。

「事故が起こってからでは遅いのだ。きみが責任を取れるのかね?」

「お言葉ですが、この世の中に絶対に安全なものはありません」

 ここぞとばかりに()みついてくる議員に、メイベルが(もの)()じせずに答えた。

「ガスは爆発します。ですからテロの(ひょう)(てき)となったのでしょう。そのような危険があっても使うのは便利だからです。馬車も馬が(あば)れれば大変に危険な乗り物です。サクラスでは毎日のように事故が起きてます。それでも馬車が使われるのは、やはり便利だからです。それともガスも馬車も、危険があるから使ってはならないのでしょうか?」

「ゔ……、それは……。き、()(べん)ではないか……」

 メイベルがしれっと返した言葉に、噛みついてきた議員たちがたじろいだ。

「何か危険のあるものでも、正しく使えば安全です。少なくとも電気はガスのように爆発する心配がありませんので、ガス(とう)に代わり()(こう)()として(しょう)(かい)してるのです。もし実績(じっせき)をお求めでしたら、教会の大聖堂に足をお運びください。すでにロウソクに代わる灯りとして使われてますから」

 落ち着いた口調で話すメイベルに、族議員たちは完全に沈黙(ちんもく)していた。その一部始終を見ていたアキロキャバス卿が、

「はっはっはっ。これはお見事な切り返しでしたな」

 と、笑いながら拍手(はくしゅ)を送る。

「メイベルくん。議員の()(れい)は、わたしが代わって()びましょう。政策を預かる者として技術の安全性を気にするあまり、ちと暴走(ぼうそう)したようです。まことに申し訳ありません」

「いえ、何も詫びていただかなくても……」

 軽く頭を下げるアキロキャバス卿に、メイベルが恐縮(きょうしゅく)することになった。

 その様子を(だま)って見守っていたアウルが、

「アキロキャバス公王の助けがありましたが、無事に切り抜けましたか。メイベルは普段の愚痴(ぐち)は多いのに、ここ一番となると(はら)()わりますな」

 と(あん)()する。そのメイベルは、

「それで、先ほどご注意した件ですが……」

 と説明を再開していた。

「研究のために金属がむき出しになった部分がありますので、その部分は触らないでくださいというお願いでした。これが街灯として街中に置かれる時には、金属の部分をすべてゴムや(とう)()などで(おお)ってしまうので、金属に触れてビリビリが来る危険はなくなります」

「なるほど。つまりこのゴムの部分なら、触れても安全というわけですかな?」

 アキロキャバス卿がコードを指差して尋ねてきた。

 それにメイベルが「はい」と答えて、ゆっくりと(うなず)く。

「ふむ。ビリッとは来ませんな」

 アキロキャバス卿がゴムの部分を持ってコードを持ち上げた。続いて他の議員たちも、

「触っても大丈夫なのか!? では()(はい)も……」

「3人目がビリッと来るなんて、ないじゃろうな」

 恐る恐る手を出して、コードを物珍しそうに触れ始めた。先ほどコードを放り捨てた女性議員も、へっぴり腰ではあるがもう1度コードに触れてみようとしている。電気に対する()(じょう)(きょう)()(しん)(かい)(しょう)されつつあるようだ。

 その一部始終を、議員たちの後ろでクラウとナバルが見ていた。

「あいつ、説明慣れしてるな」

「場慣れしてるのは当然ですよ。メイベルちゃんは宮廷料理人ですからね。晩餐(ばんさん)のたびに貴族たちの前で料理の説明をしていますから」

 感心するナバルとは対照的に、クラウは(すず)しい顔で(ほほ)()んでいる。

 それと同じ頃、アキロキャバス卿は、

「これはアウル(はか)()、ひょっとしてあなたがメイベルくんの先生ですかな?」

 アウルがいたことに気づき、さっそく声をかけていた。

「お久しぶりです。アキロキャバス公王」

(つま)が病気になった折りには、博士には(くす)()として大変にお世話になりました。あれ以来ですから、もう12〜3年ぶりになりますかな?」

 アキロキャバス卿が老学者の手を取り、固く握手(あくしゅ)()わす。そのアキロキャバス卿に、

「ところで、いかがですかな。メイベルの説明ぶりは?」

 と、アウルが気になることを尋ねた。

「なかなか説明が(どう)に入ってますな。(しょう)(じき)有望(ゆうぼう)な宮廷料理人と思っていただけに、彼女が最先端(さいせんたん)の研究技術を流暢(りゅうちょう)に説明したことにまだ違和(いわ)(かん)がありますよ」

「はっはっはっ。それはさもありなんですな。わしのお気に入りの教え子ですよ」

 そんな言葉を交わして、2人がようやく握手していた手を離した。

「アウル博士の教え子ですか? アウル博士のご専門は、たしか薬草を中心とした博物学でしたな。とすると彼女も……」

「メイベルの専門は博物学の中でも薬草や食用の植物です。料理人をしとるから、食べられる野草に(きょう)()があるのかのう。それと食中(しょくちゅう)(どく)と関係があるからなのか、細菌学(さいきんがく)(びょう)()(がく)にも興味があるようです」

 ふさふさの白い髭をなでながら、アウルが相好(そうごう)(くず)している。その話を、

「ほほう。やはり料理人としての研究でしたか……」

 アキロキャバス卿が、自分に理解しやすいように(かい)(しゃく)しようとしていた。

「今日の説明ですが。さぞかし時間をかけて下準備されたのでしょうねぇ」

「メイベルに下準備などいらぬよ」

 アキロキャバス卿の言葉に、アウルが待ってましたとばかりに言い返した。

「第一、昨日(きのう)いきなり視察すると言われて、どれほどの準備ができますかな?」

「はあ……。それは急に決まったことなので……申し訳ありません」

 アウルの言葉に、アキロキャバス卿が心なしか小さくなっている。

「まあ、メイベルの専門は博物学ですが、興味を持ったら何にでも顔を突っ込みたいらしくてのう。今日の(しょう)(めい)に関する技術の他にも、水力技術、電気、製鉄、錬金(れんきん)化学、材料学など、あの歳でありながらも並みの学者では太刀打(たちう)ちできぬほどの博識(はくしき)です。なので今回のような急な視察で、それもガス灯に代わる技術を求めるようなものであれば、メイベルが一番の適任(てきにん)じゃと思うとるよ。他の学者たちは自分の研究しか知らず、それを売り込もうとするでしょうからな」

「うむ。そういうものですかな……?」

 さすがに言葉だけでは信じられないのか、アキロキャバス卿が複雑な表情を浮かべている。そこに少し表情を固くしたアウルが、

「それともう1つ、わたしからどうしても帝国議会に言いたいことがあります」

 と切り出してきた。アウルにとって、ここからが言いたいことの核心(かくしん)だ。

「今、帝国に迫っているデスペランの(きょう)()に関することです。最初に脅威に気づき、(けい)(しょう)を鳴らしたのはわたしです。だが、各地から寄せられた報告書を丹念(たんねん)に調べ、デスペランと思われる病気の発生源(はっせいげん)が竜の山脈であることを突き止めたのはメイベルです。そのおかげで調査隊を竜の山脈へ向かわせることができたのです。しかし、その調査隊の(しゅつ)陣式(じんしき)にメイベルは出席できませんでした。政治家どもが調査隊派遣を決めることとなった報告書の作成者が見習い修道女(シスター)、それも16歳の()(むすめ)では体裁(ていさい)が悪いと抜かしたからです」

「じゃあ、本当の功労者(こうろうしゃ)はメイベルくん……ですか? それではアウル博士が式典にご出席されなかったのは……?」

「ささやかな(こう)()の気持ちです」

「なるほど。そういうことでしたか……。体裁(ていさい)がどうのとは馬鹿馬鹿(ばかばか)しい……」

 アウルの話を聞いたアキロキャバス卿が、そう(こぼ)して(だま)り込んだ。

「博士のお話はよくわかりました。でしたら近々第2次調査隊が編成(へんせい)されますので、メイベルくんがそちらの出陣式には出席できるように取り(はか)らいましょう」

「えっ!? 今、第2次と申されましたか?」

「はい。実は今朝(けさ)、調査隊がドラゴンと一戦を(まじ)えて潰滅(かいめつ)したという(しら)せが入ったもので、(きゅう)(きょ)次の調査隊を出すこととなりました。今日中にも隊員の(ちゅう)(せん)が始まると思います」

「それは、なんとしたことか……」

 言葉に詰まったアウルが視線をメイベルに向けた。そこではメイベルが議員たちを前に、

「そうです。この線を建物の中に張り(めぐ)らせれば、水車から歯車やシャフトで力を伝える必要がなくなりますので、部屋を広く使えると思います」

「まあ、それは素晴(すば)らしいわ」

 などと電力技術がもたらす便利さの話を続けていた。

「それでは、みなさま。いつまでも夏の炎天(えんてん)()にいるのはお身体(からだ)(さわ)りますので、これで中に戻りましょう。次は灯りについて説明します」

 アウルの視線に気づいたメイベルが、そう言って議員たちを建物の中へと誘導(ゆうどう)する。どうやらアウルとアキロキャバス卿が話し込んでいたので、それが終わるまで時間を(つな)いでいたようだ。

「ああ〜、(すず)しい……」

「さすがに今の季節は、(あつ)くて年寄りには(こた)えますな」

 建物の中は空調が()いていた。水車でいくつもの風車をまわし、水を(じょう)(はつ)させることで冷やした空気を(じゅん)(かん)させているのだ。そんな建物に入った議員たちの口から、次々にそんな言葉が()れてくる。

 暑さから解放(かいほう)された議員たちを、メイベルが大きな実験室(じっけんしつ)(まね)き入れる。そこは部屋の半分が暗幕(あんまく)(おお)われた薄暗(うすぐら)い実験室だった。暗幕で覆われた暗い側にあるテーブルには、いくつものガラス玉や(くだ)が置かれている。

 そのうちの1つが、煌々(こうこう)とオレンジ色の光を(はな)っていた。そのガラス玉に近寄り、

「それでは、続きまして(あか)りについてご説明いたします」

 と、メイベルが屋内での説明を始める。

「ただいま光っておりますのが、教会の大聖堂(だいせいどう)にあるものと同じアーク(とう)でございます。ロウソクよりもはるかに明るい光ですが、大聖堂ではロウソクの色合いに近いということで採用したと聞いております」

 と説明しながら、メイベルが灯りを次々とつけていく。

「うわぁ〜。()(れい)ですわ」

 ()んだ黄色、深いオレンジ色、赤みのある(むらさき)色、青みがかった白色……。色とりどりに(かがや)くガラス(かん)を見て、女性議員が感嘆(かんたん)の声を上げた。

「たくさんの色があるのだな」

「はい。ガラス管の中には、それぞれ(こと)なった種類の気体が詰められています。ただいま研究所では、どの気体が何色の光を出すか、そして気体を混ぜることで、どこまで太陽の光に近づけるか。そういう研究をしてます」

 灯りに注目する議員たちに、メイベルが軽く光について説明する。

「なかなか明るいな。これに比べるとガスやロウソクは暗すぎるではないか」

「あ、これは色を見比べていただくために、かなり暗くしてあります。あまり強く光らせると(まぶ)しくて色を見るどころではありませんので」

「何!? もっと明るくなるのか? すると夜の街も明るくなるのだな」

 話を聞いていた議員たちが、灯りを(ぎょう)()して(ひとみ)をキラキラ輝かせている。

「ところできみ。先ほどの水車1機で、いくつの灯りがつくのかね?」

 1人の議員が手を()げて、技術の話よりも()体的(たいてき)な数字を求めてきた。

「そのご質問の答えは、流れの勢いと街灯の明るさによって答えが変わってきます。仮に水を80cmの高さから落として、この明るさの灯りをつけたとすると、軽く40個はつけられます」

『おおぅ!』

 メイベルの答えに、議員たちから感嘆の声が漏れた。

「きみ。大聖堂の灯りはかなり明るいではないか。あの明るさにするには、いくつの水車が必要になるのかね?」

 先ほどとは別の議員が、更に具体的な答えを求めてくる。

「大聖堂では、1つの水車で2つの灯りをつけています」

「では、大聖堂の灯りは、この20個分の明るさかしら?」

 間髪(かんはつ)()れず、今度は女性議員が灯りを指差して尋ねてきた。その質問にメイベルが、

「いえ、たしか1,200個に相当する明るさだったと記憶してますが……」

 あごに小指を当てて、答えを正確に思い出そうと小首を傾げる。だが、

「すみません。灯り1つで1,200個分だったのか、2つで1,200個分だったのか忘れてしまいました」

 と言って、軽く舌を出した。

 そんなメイベルの()(ぐさ)を見た女性議員が、優しく微笑んでいる。

「さて、電気の説明はここまでにして、次は新しいオイルランプの研究をご紹介します」

 そう言ったメイベルが電気の灯りを次々に消して、議員たちを部屋の(すみ)に置かれていたオイルランプの周りに案内した。そしてランプのつまみをまわし、魔法で火をつける。

「ガス灯やアルコールランプと比べると、オイルランプは扱いにくいもの。たぶん、多くの方がそのように感じてると思います。事実、油は流れにくくべとつき、しかも手入れが大変です。しかし、ガス灯やアルコールランプより明るく、そしてロウソクよりも安価であるために、多くの市民がお皿に(しん)(ひた)して灯りにしています」

 最初くすぶって(すす)を出した灯りが、徐々に輝きを増していく。そのランプを示して、

「そこでこちらのオイルランプは油の中に小さな(あわ)を発生させることにより、油の欠点である流れにくさを解消しました。しかも泡の効果で炎の温度が高くなり、ランプが従来の何倍にも明るく輝いてます」

 と説明を始める。

「これは(まぶ)しいな……」

「それよりも、何か(こう)ばしい(にお)いがしてこないか?」

「何かしら? 美味(おい)しそうな(かお)りだわ」

 ランプの周りに集まった議員たちの口から、そんな言葉が漏れてくる。それに悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべたメイベルが、

「あ、お気づきになられましたか? ただいまランプで燃やしている油は、実は昨日(きのう)の宮廷のお茶会で出しました、ドーナツを()げた時の(はい)()なんです」

 と、(にお)いの(たね)を明かした。

「小さな泡の効能(こうのう)は流れやすく、かつ明るくするだけではありません。更に()(じゅん)(ぶつ)を取り(のぞ)くことにも一役買ってます。ですので料理に使った廃油をそのまま灯りとして利用できますので、()(よう)(やす)(おさ)えられます。しかも高温で燃えるために油をほとんど燃やし尽くします。長い間オイルランプを使っていると部屋が油汚れでベタベタしてきますが、このランプであれば不快な油汚れをかなり抑えられると期待できます」

「ほう。使う油は廃油で十分なのか。それは安上がりで()(がた)いな」

 電気よりも馴染(なじ)みが深いだけに、この新しいランプに興味を持つ議員が多いようだ。

「それにしても、この香り……」

「昼食を()ったばかりというのに、()(しょう)にドーナツが食べたくなってきましたな」

「それも(しか)り。こんな灯りが街中に立てられたら、毎晩(まいばん)(しょく)(よく)()(げき)されて(ふと)りそうだ」

「あはは。タリム議員の(おっしゃ)る通り、これでは毎日夜食を食べそうだわい」

 その一言が議員たちのツボにはまったのか、いきなりドッと笑いが起こった。


「やっと終わったぁ〜……」

 議員たちのいなくなった実験室(じっけんしつ)で、ようやくイスに座れたメイベルが、そのままテーブルに突っ伏していた。今、部屋にいるのはメイベルの他に、アウルとクラウ、それとナバルの4人だけだ。

 ()(さつ)に来た議員たちは今、別室で用意されたお茶会をしながら検討会(けんとうかい)をしている。

 その視察であるが、終わってみれば1時間半にもなった。最初こそ事務的な視察だったのだが、メイベルの説明が面白くて引き込まれたのか、議員たちが細かなところまで質問を浴びせてきたからだ。

「お(つか)れさん。なかなか良い説明でしたな」

「はひ。無事にお役目をはたせて、ホッとしてまふ」

 すっかり(きん)(ちょう)の抜けきったメイベルが、今にもとろけそうな声でアウルに答える。

「いやぁ〜、メイベルちゃんの説明ぶりに、父が感心してましたよ」

「そう? それは良かったわ。あぁ〜、(のど)が痛い……。ちょっと水飲んでくるわ」

 クラウにそう答えて、メイベルが水飲み場へ行こうとする。そこに、

「お茶を持ってきましたけど、飲みますかぁ?」

 と言って、パセラがティーセットを持ってきた。

「あ、良いトコに来たわ。さっそく1杯ちょうだい。(のど)が痛いの」

「あらまあ。メイベル、ずっとしゃべりっ(ぱな)しでしたから」

 トレイを手近なテーブルに置いて、パセラがその場でお茶を(そそ)ぎ始めた。そのパセラが、

「ところでメイベルぅ。この近くでドーナツを作ってるお店を知りませんか?」

 などと尋ねてくる。

「ドーナツ? それをどうするの?」

「実は議員さんの中に、どうしてもドーナツを食べたいと(おっしゃ)る方が何人かいらっしゃいますので、買い出しに出かけようかと……」

「ドーナツって……。あぁ〜……」

 受け取った紅茶で軽く(のど)(うるお)したメイベルが、議員たちが何故(なぜ)ドーナツが食べたいと言い出したのか思い至った。そのメイベルが、横目でチラッとオイルランプを見る。

「それなら大通りまで出たところにパン屋さんがあるけど……」

 と言いかけたところで、メイベルが席を立った。

「わたしも案内ついでに一緒に行くわ。大通りにあるパン屋さんよりも、もっと美味(おい)しいドーナツを()げるお店を知ってるのよ」

「ええ〜!? メイベルは疲れてるでしょう。休んでてくださぁい」

 メイベルの提案(ていあん)に、パセラが困った表情を浮かべる。

遠慮(えんりょ)はいらないわ。どうせ1人で行っても、たくさんで(かか)えきれないでしょう。それに相手は貴族議員よ。あまり固い食べ物に慣れてないから、ソフトタイプのドーナツの方が(この)まれるわ。となると崩れないように箱に詰めてもらうから、帰りはかさばるわよ」

「ああ、そこまで考えてませんでしたぁ。いろいろあるのですねぇ」

 パセラが気の抜けたような声を出して、考える素振(そぶ)りをみせた。

「それでは、メイベルも一緒に行きましょう」

「帰りは大荷物になるのなら、俺も荷物持ちで行こうか?」

 出かけようとした2人に、ナバルが声をかけてくる。それにメイベルが、

「荷物持ち? 来てもらえるなら有り難いわ。できれば貴族議員たちに失礼のないように、1人2つずつ(くば)りたいものね。1つだと貧乏臭(びんぼうくさ)いと感じる人たちだから」

 と、有り難く手伝いをお願いした。

「それでしたら、メイベルちゃん。僕もご一緒に……」

「おまえ、近衛(このえ)()兵隊(へいたい)(ちょう)だろ?」

「ゑっ!?」

 自分も荷物持ちにと申し出たクラウだったが、ナバルの言葉に動きが止まった。

「警備を任されてる隊の隊長が、現場を離れてもいいのか?」

「そうでしたぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 クラウが頭を(かか)えて悲しそうに()えた。その恰好(かっこう)のままクラウの時間が止まる。

「さあ、今のうちに行くぞ」

 クラウに白い目を向けて、ナバルが出かけるようにうながした。そんな若者たちの様子を、アウルが微笑ましそうに見ている。そこに、

「アウル先生。こちらにいらっしゃいましたか」

 と言って、(かか)えるほどの木箱を持った女性神官が部屋に入ってきた。彼女の持つ木箱には、『デスペラン第2次調査隊選抜』と書かれた紙が()られている。

 その彼女に出口を(ふさ)がれる形になったメイベルたちが、何事だろうかと足を止めた。

「もう2次隊を選抜(せんばつ)するくじびきが、始まっておるのですかな」

「おや、もうお聞きになられてましたか。それは説明の手間が(はぶ)けて助かります」

 心持ち微笑んだ女性神官が、そう言いながらアウルに歩み寄っていく。その話を耳に挟んだメイベルが、

「2次隊って、今度は何を調査するんです?」

 と女性神官に問いかけた。

「デスペランの調査に向かった調査隊が潰滅(かいめつ)したらしいの。それで、(きゅう)(きょ)2次隊を編成することになったのよ」

「潰滅って、いったい何が?」

「そこまでは知らないわ。でも、こうやって調査に出向く学者の選抜を(おこな)ってるのよ。メイベルとパセラも、教会に戻ったらくじびきが待ってると思うわ。調査隊の身のまわりの世話のために、今回も修道会から何人か同行することになってるから」

 女性神官が説明している間に、アウルはくじを引いていた。そのくじを広げて、

「ご協力ありがとうございました。博士はこのままお仕事をお続けください」

 アウルが選外(せんがい)()れたことを(ちょう)簿()に書き()める。

 その一部始終を、メイベルが不安そうな表情で見ていた。

「メイベルさん。買い出しに行かなくていいのか?」

「今はそっちの方が大事だったわね」

 ナバルに声をかけられたメイベルが、そう答えて深い()(いき)()いた。

「メイベルぅ。いったい何があったのでしょうか?」

「さあ、わからないわ。何か事故があったのかしら?」

 (ろう)()を歩きながら、パセラとメイベルが複雑(ふくざつ)な表情で言葉を交わす。その2人とナバルは、当たりくじを持って考え込んでいる若い学者の横を通りすぎていった。

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