第3巻:第5章 また旅立つの?
救世の旅を終えたナバルとメイベルは、調査隊と一緒に帝都に戻ってきた。
調査隊のやって来た道をそのまま逆にたどる、わずか7日間の旅だった。
その間に病気はやみ、苦しんでいた者たちは症状から解放されていた。
病気を患っていない者たちも、不安な日々から解放されていた。それまでは、いつ病気が爆発的に広がるか、その不安でゆっくり眠れない市民が多かったのだ。
そのため調査隊が帝都に戻ったのは日没後だというのに、夜の通りには大勢の市民たちが出迎えのために集まってきた。
調査隊は白馬に乗ったクラウを露払い役に、宮廷まで長いパレードを続けた。
通りの明かりは2人が旅に出ている間に、暗いガス灯から明るい電灯に変わっていた。
その中、ナバルとメイベルは馭者台に乗せられ、高い場所から市民たちの熱烈な歓迎を受けることになった。
そんな夜も明けて朝になった。
ナバルとメイベル、それと調査隊の一行は、その夜はそのまま宮廷に泊まったのだ。
今、謁見の間では、勇者が帰還報告するための式典の準備が行われている。
その宮廷内にある一室では大司教とアキロキャバス卿が、
「大司教殿。やはりビーズマス卿の処分は、御神託に委ねるべきでしょうな」
「うむ。あの独断専行で軍を派遣した行為を、自治権の延長として認めるかどうか。執政幹部の意見が割れてますから致し方ないでしょう」
小さなテーブルを挟んで、密室会議を行っていた。
「大司教のわたしが言うのも変ですが、無闇にくじで決めず、多数決で決めたいのです」
「しかし、ビーズマス卿は貴族序列第3位。下級貴族の議員や平民議員は報復を恐れて、処分票を投じづらいでしょう」
「そこが問題なのですよ。仮に処分が貴族権剥奪や領地没収のような重いものであった場合、いかに混乱を避けるべきか悩ましい問題が山積みです」
2人が話し合っているのは、ドラゴン征伐に西アルテース軍を送り込んだ、ビーズマス卿の処分についてだった。だが、この部屋で本当に決めなくてはいけないのは、
「まあ、今はこの話はやめましょう。それよりも2人への褒賞を決めなくては……」
というものだった。
「大司教殿は、何をお考えですかな?」
「メイベルには宮廷の筆頭料理人として自由に料理を楽しんでもらうか、技術研究所の所長として好きなように研究をさせるか、またはあの知力を終身幹部議員としてこれからも帝国のために役立ててもらうか。そんなところでしょうか」
「ほほう。私はナバルくんを近衛軍の隊長にしようと思ってます。警備隊、親衛隊、守備隊、機動隊。他に何かありましたかね?」
「どれを引いても、当たりくじですな」
「ははは。神の教えには反するかもしれませんが、まあ、これはめでたい儀式です。とにかく派手にしましょう」
「いやいや、その通りですな。しかし、この褒賞を考えるのは楽しいですな」
2人が笑いながらくじ札を作っていく。
同じ頃、議事堂にあるビーズマス卿の控え室では、
「謹慎及び、処分が決まるまで議会や式典への出席停止だと。ふざけるな!」
荒れるビーズマス卿が、飲み終えたティーカップを床に叩きつけて割っていた。
「まあまあ、公王さま。落ち着いて……」
「え〜いっ!! これが落ち着いていられるか!」
なだめようとする貴族議員に、ビーズマス卿が激しい口調で毒突いた。
「しかし、帝国の意に反して軍を送ってしまったのですから、それなりの……」
「やかましい。わたしの判断は間違っておらん。あの勇者の若造と従者の小娘がドラゴンやクリプトン卿と手を組んで、わたしの計画をふいにしたのだ!」
なにやらビーズマス卿の思い込みが変な方向に向かっている。
「赦さん。庶民の分際で貴族序列第3位のわたしを足蹴にしおって。絶対に赦さん。若造と小娘。大貴族に逆らったことを後悔させてくれるわ!」
勝手な思い込みによる、完全なとばっちりだった。
そんなビーズマス卿の態度に、取り巻きの貴族議員たちが呆れた顔をしていた。
さて、そのメイベルは誰かから一方的に怨まれているとも知らず、
「ふわぁ〜。またここでくつろげるとは思わなかったわぁ〜」
宮廷にある大きな浴室で、のんびりと湯船に浸かっていた。
広い湯船を囲む大きな石の1つにもたれかかって、洗い場に置かれた湯煙でかすむ観葉植物を見ている。
「帝都を旅立ったのが7月18日。それで今日が9月29日……か……」
メイベルがとろ〜んとした顔でくつろぎながら、静かに天井を見上げた。
「出る時には何年もかかる旅だと思ってたけど、まさか2か月ちょっとで終わるとは思わなかったわねぇ。まあ、寒い冬が来る前に終わったのは一番の大助かりだわ」
手でゆっくりと波を立てたメイベルが、静かに目を閉じて深呼吸する。そこに、
「メイベルぅ。そろそろお湯から上がる時間ですよぉ」
と、浴室の外から声がかけられてきた。
「えっ!? パセラ?」
その声に驚いたメイベルが、ザブンと波を立てて立ち上がった。
「はい。旅立ちの時に世話係をしましたから、今回も立候補しちゃいましたぁ」
「そう……なの……」
意外そうな顔でお湯から上がってくるメイベルを、パセラがタオルを広げて待っていた。
「あれ!? また修道服が……」
「気づきましたぁ? メイベルの服、また変わりましたねぇ。青から赤を飛ばして黄色になっちゃいました。修道長ではなく聖修道女ですよ」
修道服を見たまま立ち尽くすメイベルの肩に、パセラが白いタオルをかけた。
メイベルに用意された服の色は、正修道女の水色から、聖修道女の柑橘系を思わせる明るい色に変わっていた。隣には色の濃い冬服も用意されている。しかも使われているのは、かなり高級そうな生地だ。
「わたしが聖修道女になるなんて世も末だわ。末期症状よ」
「そんなことないですよ」
メイベルの濡れた髪を、パセラが微笑みながら拭いている。
「旅の間に立ち寄った教会で、朝晩の礼拝に集まった信者さんたちに有り難いお言葉を話されたそうじゃないですか。たくさんの感謝状が寄せられてるのですよ」
「感謝状って……。ウソでしょ!?」
「ウソじゃないですよぉ。式典が終わったら、メイベルの部屋に運びましょうか?」
「あまり読みたくないわ。っていうか……、やりすぎた……かな……?」
メイベルは身体を拭くのもそこそこに、頭を抱えてしまった。
嫌いな礼拝を無難に乗り切るため、メイベルは聖典訓話選集──いわゆるアンチョコ集を使ってきた。だが、そこは解説好きなメイベルのこと。いつの間にかそこに様々な知識を加えた独自のお言葉のスタイルを作り上げたのだ。それが本人の意に反して、お言葉を聴いた信者たちには好評を博したようである。
「これからは、きっと聖女さまの有り難いお言葉を聴きに来る人が増えますよぉ」
「うわぁぁぁ〜。それは最悪だわぁ〜」
パセラの言葉に、メイベルが耳を塞いで涙目になった。
その場凌ぎのつもりがずぶずぶと泥沼にはまっていく。まさにそんな感じだ。
それで落ち込むメイベルに、
「その時は、お料理や科学技術の有り難いお話をすれば良いんじゃないですか?」
と、パセラが明るく言う。その言葉に、
「ああ、それは名案だわ。よし、目指せ、料理と科学技術の聖女さまよ!」
メイベルがコロッと復活した。
「あ、荷物も新しくなってるわ」
服を着てショートブーツを履いたメイベルが、荷物も新しくなってることに気づいた。
旅に使ったボロボロのリュックサックが、新品に替わっていた。その周りにぶら下がるフライパンやお玉、まな板なども新品に取り替えられている。
確認のためにリュックサックを開けると、その中は古いままだった。植物採集キット、植物図鑑、調理道具、調味料等々。いずれも旅を共にしてきた道具たちだ。
「もう身支度は整ったかしら?」
女性神官が脱衣所のドアを開けて、様子を確かめに来た。その女性神官に、
「お待たせしました。すぐ出ます」
と断ると、メイベルは荷物を背負って魔法の杖を握る。
そして最後に式典用のかぶり物を頭に載せた。
「お、メイベル。そっちも新しい服か」
謁見の間に通じる廊下でナバルが待っていた。ナバルも近衛小隊長の軍服から、中隊長用の軍服に替わっていた。そして荷物も、真新しいリュックサックに替わっている。
「その服、中隊長? ナバル。カッコイイじゃない」
「メイベルも似合ってるな。その色は聖修道女だっけ? 神々しいというより、メイベルが着ると可愛い感じだけど……」
「えっ!? 可愛い♪ ホント♡」
ナバルの言葉に、メイベルが瞳を輝かせて反応した。
「もう1回言って♡」
「何度も言わすな!」
ナバルが顔を背けて、メイベルのお願いを断った。
さて、2人の到着を待つ謁見の間では、
「いやいや。今日は待つのも楽しいですな」
「2人がどんなくじを引いてくれるか、今から楽しみで堪りません」
大司教とアキロキャバス卿が、わくわくした気持ちで入場口を見ていた。
楕円形に造られた謁見の間には、正面と左右の面に席が造られていた。正面の席は舞台のように一段高い場所に造られ、そこには帝国の中枢を担う大司教や幹部議員、貴族議員、聖職者幹部たちが座っていた。そして左右の席には、この謁見式を見ようと集まった関係者たちでひしめき合っている。
「おや? 議員席に空席が目立ちますな。さて、誰が欠席してるのか……」
大司教が正面にある席に空席が目立つことに気づいた。欠席者の大半は出席停止処分されたビーズマス卿の取り巻きたちだ。
だが、大司教がそれに気づく前に、突然、謁見の間が『わあ』と沸いた。
入場口が大きく開かれていた。そこから出てきたのは、近衛中隊長の服を着たナバルと、黄色い聖修道女の服を着たメイベルだ。
2人の通る道として、真っ赤な絨毯が敷かれている。そこを2人が歩き始めると同時に、舞台袖で待機していた楽団が入場行進曲を奏で始めた。
絨毯の上を歩くメイベルが、左右に並んでいる顔ぶれを見た。
正面に向かって右側にいるのは、クリプトン卿、アウル博士など第5次調査隊の中心となった者たち。そして左側にはレジーナや医療係の正修道女、宮廷聖歌隊の少女など同じ第5次調査隊に雑用で加わった者たちだ。そしてメイベルの世話係として入り口まで一緒に来たパセラが、小走りに駆けていってレジーナの隣に立った。
そして護衛役だったクラウたちは、会場警備の最前列だ。
ナバルとメイベルが、調査隊の人たちの間を通りすぎていく。そして大司教たちの前で立ち止まって、背負っていた荷物を床に置いた。
「それでは、両名が到着しましたので、これより勇者帰還の儀を執り行います」
壇上にいる神官長が声高らかに開会を宣言した。その言葉に合わせて、楽団が高々とファンファーレを奏でる。その音が鳴り止むのを待って、
「それでは、大司教さまよりお言葉を賜わります」
と、進行役の神官長が式を進めていった。
振られた大司教がゆっくりと立ち上がり、軽く咳払いする。
「勇者ナバル、そして従者メイベルよ。よくぞ無事で戻ってこられた。4度の調査隊がなし得なかった難問を、よくぞ2人だけで解決してくれた。特にメイベルよ。旅の間に送ってきた数々の報告書は、帝国にとって大変に有意義な物であった。また第5次調査隊が無事に戻ってこられたのも、メイベルの報告書による働きが大きい。取り敢えず、わたしの口から帝国を代表してお礼を述べよう。2人の勇者にありがとうと」
『うをおおおおおぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……』
大司教から「ありがとう」の言葉が出た途端、会場からいっせいに喚声が上がった。その声に混じって、あちらこちらから「ありがとう」の言葉が聞こえてくる。
「さて、詳しい報告は聞いておるが、今一度この場で旅の成果を語ってもらいたい」
『うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜……』
大司教の言葉を受けて、また会場が沸いた。今度の喚声には話を求めるようにパラパラと拍手が混ざっている。
その声の中でナバルとメイベルが軽く目を合わせた。そして、説明役を買って出たメイベルが一歩前へ出る。
「それでは、まずデスペランと思われた病気からご説明します」
会場が静まるのを待ったメイベルが、病気に関する報告を始める。
「結論を先に言います。あの病気はデスペランではありませんでした」
『えええぇ〜〜〜〜〜!?』
メイベルが結論を言った直後、会場内から信じられないという驚きの声が漏れてきた。
「原因はある毒を持った植物の異常発生です。その植物が大量に毒を吐いたため、今回のような病気が広がったものと判明しました」
説明するメイベルのところに、女性神官が透明な袋に入れられた植物を持ってきた。研究用のサンプルとして持ち帰った黄色いシャーマだ。その草花を高く掲げ、
「こちらをご覧ください。これが毒のある草花です」
会場にいる人たちに見えるようにする。
「このシャーマという草花は、竜の山脈に自生する植物です。元は白い花を咲かせる草花で、果肉と球根を食べることのできる野草の一種です。球根はシャキシャキしながらもスッと溶ける食感。果肉は甘酸っぱく、デザートとして大変に美味しい食材です」
そうメイベルが話した途端、クリプトン卿のお腹がキュルルルルと会場内に鳴り響いた。シャーマの味を思い出し、ついお腹が条件反射したようだ。
「ところがヴァレーの町の西にある山で、この黄色い花を咲かせる変異種が大量発生しました。高原一面を覆い尽くすほどの大量発生でした。そのため花の吐き出した毒が風に乗って広い範囲にばらまかれ、今回の騒ぎを起こしたというわけです」
そこまで説明したところでメイベルは腕を下ろし、サンプルを女性神官に返す。
「それで、その異常発生した花はどうしたのか?」
「すべて焼き払ってきました」
アキロキャバス卿の質問に、メイベルが短く答える。そして、
「ただし、黄色い花が異常発生した高原は、マウンテン・ドラゴンの棲む土地でした。ですので、ドラゴンの長老さんに事情を説明して、一緒に焼き払ってもらいました。わたしだけでは高原全体を焼き払えませんでしたので」
と補足した言葉で、場内がざわざわと騒がしくなった。
『ドラゴンと一緒……?』『どういうことだ?』
騒々しくなった理由は、ドラゴンにあった。だが、すでに事情を知っている大司教が、
「さて、今の話ですが、アウル博士。メイベルの病気に対する解釈、ならび解決方法に間違いはありませんか?」
と尋ねて、式を進めていった。
大司教から質問を振られたアウルが、数歩前に出て一礼する。そして、
「メイベルの解釈ならび対処法に間違いはありません。学者として意見を言わせていただくなら、大変に適切だったと思います」
と答えると、また一礼して元の場所に戻った。
「続きましてドラゴン教徒によるテロ事件についてご説明します。こちらも結論を先に言います。竜の山脈で、そこに棲むマウンテン・ドラゴンたちと仲良くなってきました。ドラゴン教徒にとってマウンテン・ドラゴンは神さまです。その神さまと親しくなった相手に手を出すことは、ドラゴン教徒の信仰に反します」
『あははは、そりゃそうだ』
メイベルの説明に、会場から失笑が漏れた。
それもそのはず、会場にいる者の多くはドラゴンが話せることを知らない。大きな野獣ぐらいにしか思っていないのだ。そのため、
「と言うことで、このままもっとマウンテン・ドラゴンと親しくなって友好関係を築けば、ドラゴン教徒はもうテロ事件を起こせません」
とメイベルが続けた言葉に、会場がまたざわざわと騒がしくなった。
多くの人はドラゴンを言葉を知らない野獣だと思っている。だから友好関係を築くという部分が、多くの人にとって常識外れに映ったからだ。
「さて、この件に関しては、クリプトン卿。メイベルの考えはいかがですかな?」
「うむ。素晴らしい考えだよ」
大司教の求めに、クリプトン卿がゆっくりと進み出て答える。
「拙者はメイベルの報告書を読んで考えさせられた。我々はドラゴンについて知らなすぎる。それどころか、互いに同じ言葉を持ちながら話し合おうともせん。それはドラゴンとだけでなく、同じ人間同士であるドラゴン教徒たちともだ」
そう話すクリプトン卿が、身体を正面ではなく横へ向けた。観衆に訴えるためだ。
「拙者はドラゴンが話しかけてくるまで、ドラゴンが話せることを知らなかった。たぶんこの会場でメイベルの友好関係を結ぶという考えに失笑した者たちも、ドラゴンを言葉の通じない大型野獣ぐらいにしか思っておらんのだろう。だが、メイベルの報告によれば、ドラゴン教徒たちはドラゴンに話しかけられても驚かず、むしろ畏れながらも当然のように接していたそうだ。ドラゴン教徒はドラゴンが話せると知っている。だが、我々はそのドラゴン教徒と話し合わなかったために、その知識が伝わらなかったのであろう。話し合うということがどういうことか、この旅でいろいろ考えさせられた」
そこまで話したところで、クラプトン卿が再び前に向き直る。
「そこで進言である。マウンテン・ドラゴンとの友好関係を築くために、正式な外交使節の派遣を要請する。まあ、ドラゴンとは1,000年近く対話が途絶えていたのだ。これから時間をかけて、ゆっくりと話し合えば良い。これはテロ対策ではなくとも必要と思う」
「うむ。使節派遣は必須であるな」
クリプトン卿の進言を受けるのはアキロキャバス卿だ。
「その時はクリプトン卿、また行ってくれぬか?」
「もちろん行く。ただし、山登りだけは勘弁して欲しいが……」
アキロキャバス卿の確認に、クリプトン卿がそんなふうに答えた。
その言葉に事情を知る第5次調査隊の面々から失笑が漏れている。
そして会場からは、なんとなくではあるがパラパラと拍手が送られた。
「それでは続きまして、使命を果たしましたお2人に、新しい勇者の剣と従者の杖を贈与します」
まだ会場には納得できないという雰囲気が漂っているが、神官長はそのまま式を進めた。
控えていた神官たちが、上等な布に載せて2つの品物を運んできた。
ナバルがさっそく剣に手を伸ばし、鞘から剣を抜いた。そこから出てきたのは、
「これ、黄金の剣か?」
見事なほど金色に輝く剣だった。
「でも、前のと同じぐらい軽いが……」
「勇者に与えられた剣は、前と同じくチタンなる金属で作られた特殊な剣であります」
と神官長が解説する。
「ただし、最近の研究でアンモニアガスの中で熱すると硬くなるとか何とか……。まあ、よくわかりませんが、前より丈夫だし色が綺麗なので勇者の剣にしてみました」
「その説明だと、何もわからないんですけど……」
適当な説明をした神官長に、メイベルがもっとちゃんと説明してと目で訴えている。
そのメイベルが神官長から説明の紙をもらい、
「へぇ〜、アンモニアの中で熱すると窒化コーティングされて硬くなるんだぁ」
と1人で納得している。その横ではナバルが、
「おおお〜、いかにも勇者っぽい黄金の剣だぞ」
と、剣の輝きに大満足していた。
「続きまして従者には……」
「要りません! 辞退します!!」
新しい杖をチラッと見たメイベルが、即座に拒絶した。
「メイベル。せっかく用意したのですぞ!」
それに慌てたのは大司教だ。
「お気持ちだけいただいておきます」
そう言いながら、今の魔法の杖を握りしめてメイベルが下がっていく。
従者の杖には、頭に大きな星がついていた。しかもめでたい紅白柄である。
「せっかく用意したのに……」
「大司教殿。だからやめなさいと言ったのに……」
涙を流す大司教を、アキロキャバス卿が苦笑しながらなだめている。
そんな大司教をチラッと見た神官長が、
「それでは続きまして褒賞の神事を行います」
と、式を先へと進めた。
「褒賞の神事?」
メイベルが『神事』という言葉に、イヤな予感を覚えた。
「あのぅ、褒賞の神事というのは……?」
「お2人を最大の栄誉で讃えるために、褒賞をくじで選んでもらうのです」
メイベルの疑問に、神官長が淡々とした口調で答える。それに、
「やっぱり、これもくじびきなんだ……」
と、メイベルがうんざりした顔になった。
女性神官がトレイに載せて、2つの壺を持ってくる。それを見たパセラが、
「それ、わたしに運ばせてください」
と言って、くじを運ぶ役に立候補した。
「それではお願いします」
「はい、お任せください」
トレイを受け取ったパセラが、笑顔で運んでくる。
壺には『ナバル』『メイベル』と書かれてあり、間違えて逆の壺を引かないように配慮されている。その壺を覗き込んで、どんな褒賞があるのかと思ったパセラが、
「ああ〜っ!」
足許がお留守になったために赤い絨毯の縁につまずき、見事にひっくり返ってしまった。
落ちた壺が見事に割れた。その中に入っていた紙片も散らばる大失態だ。
「ちょっと、パセラ。大丈夫?」
慌てて駆け寄ったメイベルが、パセラを助け起こそうとする。その時、
「おい、メイベル」
と、ナバルが散らばった紙切れを指差してきた。
「どうしたの、ナバル?」
「紙を見ろ」
ナバルが声音を落として、メイベルにくじ札を見るように言う。
「紙って……。あ……!?」
周りに散らばった紙を見たメイベルが、思わず口を手で掩った。そこに書かれていた文字は『2人の亡骸を国の守り神として祀る』というものだった。しかも、殺し方は薬殺、火あぶり、絞殺、水攻め等々。
「そう言えば、『功労者を生かすは後世の憂い』なんて格言があったわね」
メイベルが出処不明なことをのたまった。
功労者に報奨金、地位、名誉職などを与えるよりも、殺して神に祭り上げた方が安上がりという打算的な格言だ。俗な為政者にとって功労者は、自分の地位を脅かす厄介者でしかない。名誉職を与えてしまうと役職の空きが減る。一生彼らに称讃を言い続けたくない気持ちもある。そして何よりも功労者の持つカリスマ性が目障りなのだ。
メイベルの語った格言は、そういう人間の下心を表していた。
「ナバル。どうする?」
「この神事は無効だ。逃げよう」
敬虔なソルティス教徒としてくじびきを神聖視するナバルだが、さすがにこの内容には悪意を感じたようだ。
手早く荷物を背負ったナバルが、メイベルの手を引いて駆け出した。
「ナバルくん。どうしたのだ!?」
目の前で何が起こったのか。それを解せないアキロキャバス卿が立ち上がった。
「お〜い。2人とも、ちょっと待ってくれないか……」
大司教も何が起こったのか理解できず、マヌケな声で2人を呼び止めようとする。
だが、それで2人が立ち止まるはずはなかった。
「そこを開けろ!」
剣を抜き放ったナバルが、入場口にいる神官たちを大声で脅かした。
「まさか。駆け落ちじゃないでしょうね!?」
謁見の間から出ていく2人を茫然と見送ったクラウが、ふいに正気に戻った。
「あああ〜、ナバルのバカ〜。メイベルちゃ〜ん。行かないでぇ〜!」
いや、正気を通り越して嫉妬モードに突入したようだ。
そして赤い《じゅう》毯の上には、メイベルの落としたかぶり物がぽつんと残されていた。
「このまま帝都に残るのは危険だな」
「ふぇ〜ん。わたしって不幸だわ。政治って、なんて穢いのよ」
謁見の間を飛び出した2人は、そのまま建物からも駆け出していた。
「メイベル。これからどっちへ逃げるか、くじびきで決めようか?」
涙目で逃げるメイベルに、ナバルがそんな軽口を言う。だが、メイベルの心には、それに何かを言い返すような余裕がなかった。
「なんだ、なんだ?」
「どうしたのかしら?」
街中を大きな荷物を背負った若い近衛中隊長と聖修道女が駆けていく。しかも2人は逃げ出した時からずっと手を握り合ったままだ。その姿に、
「あら、ひょっとして駆け落ちじゃない?」
周囲が好奇の目を向け、妙な想像を膨らませていく。
そんな衆目など気にする間もなく、
「もう、政治なんて、大っキラぁ〜〜〜〜〜〜〜〜イっ!!」
という絶叫を残して、メイベルが通りを駆けて行った。
そして帝国を救った救世の勇者さまは、今度は逃亡者になるのだった。
この3巻はシリーズが打ち切られるまで、最少部数のまま放置されてました。
このあと4巻から6巻まで初版部数がどんどん増えてるのに、この巻は最後まで1度も重版されませんでした。
3巻が手に入らなかったために、どれほどの新規読者を取り逃がしたことか……。
このあとシリーズ打ち切りとなる11巻で初版部数がガクンと落とされるのですが、それでも3巻よりは多かったんですよねぇ。
そしてシリーズを打ち切って時間が経ってから、ようやく2回刷り増したけど、それでも6〜8巻の初版部数より少ないまま……。(汗)
ということで、3巻をお店で見かけなかったためにシリーズに手を出さなかった人がいたら教えてやってください。
「なろうにアップしたので、在庫を気にせず読めますよ」と。(苦笑)
それとシリーズ打ち切りの裏話は、11巻の、その時に書いていた第3章のあとがきとしてでも書く予定です。




