第2巻:第5章 夏風邪なんて大キライ
オーマンドで襲撃事件の起こった翌朝、
「朝の礼拝に邪教の勇者が出なかったのですか?」
再び襲撃の準備を整えていたブルーノのところに、そんな情報がもたらされていた。
「アサッシニオさま。勇者が礼拝に出ないことに、何か意味があるのですか?」
「大ありです。勇者は義務として礼拝に参加するもの。なのに出てこないということは、裏を返せば、もう教会にはいないということではありませんか」
ヒゲ面の第6隊長の疑問に、ブルーノが悔しそうな顔で答える。
「こちらの再襲撃を見越して、朝の礼拝が始まる前に旅立ったのでしょう。従者の小娘が病気のようでしたが、このグレーシィ地方は運河が発達してます。平底舟や水上バスで移動すると考えれば身体への負担は小さくて済みますから、有り得ない話ではありません」
そう言いながら、ブルーノが地図を広げた。そして、
「これからまた大変な追撃戦になりますね」
と零しながら、これから2人の向かいそうな町を拾い上げていく。
ブルーノの周りにいるのは、15人の男たちだった。昨日の襲撃で一時は5人まで仲間が減ってしまった。だが、遅れてオーマンドに到着した者が加わったのだ。他にも各地に仲間がいる。これからも数は膨らみ続けるだろう。
「部隊を4つに分けましょう。第1隊長の隊は北へ、第3隊長の隊は南へ、第6隊長の隊は西へ向かいなさい。残りはわたしと一緒にマゼリオンで待機します。いいですね」
『はっ!』
ブルーノの言葉に、部下たちが声を合わせて返事した。
「では、散開します」
ブルーノの言葉を受け、部下たちが別々の方向へと分かれていった。
これからまた相手も見えず、行き先もわからない追撃戦が始まるのだ。
それから更に5日後、
「うわ〜。この記事では何もわからないではありませんかぁ〜!?」
帝都にいるクラウが、新聞を広げて頭を抱えていた。
「隊長殿。何かあったのですか?」
「何かがあったから焦ってるのです。でも、何があったのかわからないから困るのです」
そう言うクラウは、なにやら取り乱しぎみになっている。それに首を傾げた部下が、
「ああ、ソロリエンス新聞ですか」
新聞を見て勝手に納得した。
「記事によれば8月5日、勇者がオーマンドに立ち寄ったところを、ドラゴン教の狂信者集団が襲撃したとあります。でも、勇者が神の宿ったフライパンで敵20人以上を倒したとか、神が祝福の息吹で建物の壁を倒して通りにいた異教徒を全滅させたとか、とても有り得ないことばかり書いてあるのですよ。記事になる以上は何かあったのでしょうけど、何が本当なのか……」
「ソロリエンス新聞の記事ですからねぇ。真実1割、ウソ9割じゃないですか?」
「はぅ〜。それでは何もわかりませ〜ん」
涙目になったクラウが、広げた新聞の前でがっくりと項垂れている。
「そう言えば昨日の新聞の見出しは『ついにドラゴン病の犠牲者出る。2名も』でしたけど、記事を伝えるのがソロリエンス新聞ですからねぇ。またガセネタかもと思うと……」
「すみません。今は何も言わないでください」
話しかけてくる部下の言葉を、クラウが沈んだ声で遮った。そのクラウがまた頭を抱え、
「メイベルちゃ〜ん。ご無事ですかぁ〜?」
激しく身もだえながら叫んだ。何もわからない歯がゆさが何よりもつらいのだ。
そんなところに、
「クラウさ〜ん。ナバルさんからお手紙が届きましたよぉ」
と言って、小箱を抱えたパセラが近衛隊の詰め所に入ってきた。
「おお、これはメイベルちゃんの友人Aくん。良いところに来てくれました」
手紙と聞いたクラウが、表情をパアッと明るくした。手紙となれば情報の信憑性は、怪しい新聞記事よりもはるかに高い。その情報源を持ってきたパセラを、クラウが空いているイスを引いて歓迎ムードで迎えた。
クラウに軽くお礼を言って、パセラが小箱を抱えたまま引かれたイスに腰を下ろした。
「お持ちの小箱は、旅先からのお土産ですか?」
パセラが話し始めるよりも早く、クラウが小箱に強い関心を寄せる。だがパセラが、
「あ、この箱はアウル博士宛です。メイベルが旅先で集めた、植物標本ですよぉ。お持ちする途中なんですぅ」
と言って箱の中を見せたことで、急速に関心を失っていった。ちなみに箱の中は透明な袋に入れられた、乾燥した草本類である。
その標本と一緒に、白い封筒が入っていた。封筒はすでに開封されている。その封筒を出したパセラが、中から半分に折り畳まれた便箋を取り出した。それを見るクラウが、
「あれ!? そういえば手紙の差出人はナバルなのですか? メイベルちゃんじゃなくて」
という疑問を口にする。それにパセラが便箋を広げながら、
「あぁ、言われてみればそうですねぇ。標本はメイベルのものなのに……」
と初めて気づいたように言って、顔を上げた。だが、すぐに視線を落として、手紙を読もうとする。
「手紙はいつどこから出されたのですか?」
何か悪い予感がしたのか、クラウが送り場所を尋ねてきた。それでパセラが便箋から視線をはずして、小箱に書かれた宛て名書きを確かめる。
「投函日は8月6日。場所はオーマンドって書かれてますねぇ」
「オーマンドぉ!?」
場所を聞いたクラウが、思わず大きな声を上げた。そのクラウの手が、新聞をグシャリと握っている。
「どうされたのですかぁ?」
「いえ、続けてください」
クラウが大きく深呼吸して、パセラに手紙を読むようにうながした。
「えっと、『おまえら、元気か? 俺たちは岩の山脈を越えて、今、オーマンドにいる。これを書いた前日、5日の日にドラゴン教徒が襲って来やがった。どこから嗅ぎつけたか知らんが、返り討ちにしてやった。俺たちは無事だ。心配するな』だそうですぅ」
「5日の襲撃は事実だったのですか? でも、2人とも無事なら何よりです」
手紙の内容を聞いたクラウが、そう言って胸をなで下ろす。
「それと、追伸がありますよぉ。読みましょうかぁ?」
「はいはい。読んでください」
心配事のなくなったクラウが、軽い気持ちで答えた。握り潰していた新聞は、もういらないとばかりにテーブルの隅に放り捨てる。
「それがですね。『追伸、メイベルさんが夏風邪で倒れた。熱を出して動けないみたいなので、司教と話し合って数日、オーマンドに逗まることにした』だそうですぅ」
「なんですってぇ〜!?」
安堵したのも束の間、また心配事ができてしまった。
「メイベルちゃんが夏風邪で倒れた? 熱を出して動けない!? それはメイベルちゃんの一大事です!」
血相を変えたクラウが、慌てて部屋の奥へ駆けていった。そこで手にしたのは、緊急出動用に用意された携行装備品を詰めたバッグだ。
「隊長殿。どちらへ行かれるのですか?」
慌てた部下がクラウの前で通せんぼしてきた。
「メイベルちゃんの看病しに、オーマンドへ行ってきます」
「ここからオーマンドまで、何日かかると思ってるんですか?」
出かけようとするクラウを、部下が押さえてでも止めようとする。パセラも、
「そうですよぉ。手紙を出したのは6日で、今日はもう11日ですよぉ。もうメイベルの熱は下がって、また元気に旅立ってますぅ。もうオーマンドにはいませんよぉ〜」
と言ってクラウの引き止めに加わった。
パセラの言う通り、夏風邪ならば2〜3日もすれば熱は退く。それにオーマンドへ行ったところで、到着するのは早くても4日後だ。頭の中では自分が行っても何もならないと理解している。だが、
「でも、でも……ですね……」
頭と気持ちは別物だった。クラウは自分の気持ちを抑えられず、激しく懊悩している。
それでも、どうにか出発することだけは思いとどまり、
「メイベルちゃ〜ん。ご無事ですかぁ〜?」
詰め所にある西側の窓を開けて、オーマンドの方向へ大声で叫ぶのだった。
さて、その頃、メイベルはというと、
「熱がなかなか下がりませんな」
今もオーマンドにある教会に逗まり、ベッドに寝かされていた。
「正修道女メイベル。あなたのお作りになった薬について、こちらでいろいろ調べてみました。これからその結果を報告します」
そのメイベルを診察する医師が診療簿を置き、静かに話しかけてくる。白衣をまとった杉2本の医師だ。この教会に住む正修道士で、白衣の下に青い修道服を着ている。
「正直申し上げて、あれほど素晴らしい配合の薬を見たことがありません。わたしたちは必要に応じて薬剤を加えていく調剤法しか知りませんが、正修道女メイベルのあらかじめ薬剤ごとの成分を分析しておき、そこから求める成分パターンに近い配合をパズルを解くように求めるやり方は、大変に画期的な調剤法です」
医師がメイベルの調剤法を調べ、その素晴らしさを誉め称えてきた。
「それで強力な解熱剤をお作りなられただけでも驚嘆してますが、免疫増進剤というお考えがまた素晴らしい。自分の免疫力を高めて病気を治させるとは、かつてない大胆な発想です。強い薬には強い副作用が付き物ですが、免疫増進剤ならば厄介な副作用は回避できるわけですな。しかも薬を飲んでから30分以内と即効性まであるのは驚異です」
しかし、称讃の言葉とは裏腹に、医師の口調は低く抑えられている。その理由は、
「ですが、正修道女メイベル。あなたは大きな過ちを3つも犯しました。1つめは解熱剤と免疫増進剤を同時に服用したことです。活性化された体内の免疫機構が、解熱剤を異物として排除したようですな。それが解熱剤を飲んだのに熱が下がらない理由です。しかも解熱剤が強すぎた分だけ免疫機構の反発も強まり、長く高熱が続いてると思われます。それから2つめの過ちですが、それは免疫増進剤です。免疫力を高め、それで病気を治すというお考えは素晴らしいのですが、免疫力を高めるためにはそれ相応の体力を消耗するようです。要するに風邪と魔法の使いすぎで、体力が落ちている時に使ったのが大きな過ちですな。そして3つめはお薬に問題があるかもしれないので飲まないようにと申し上げたのに、早く治したい余りこっそりと飲み続けていたことです」
そう言われたメイベルが、布団の中でビクッと身体を震わせた。
「そのご様子ですと、今朝もこっそりと作って飲みませんでしたか?」
「さあ、それは……」
冷たい視線を送ってくる医師から、メイベルがそうっと視線を逸らせる。
ところが、医師の反対側にはナバルが立っていた。
「飲んでたよな。しっかり見てたぞ」
「それは……」
どんどん居心地の悪くなってきたメイベルが、ついに布団の中に潜っていた。
メイベルは自分の持つ生薬に関する高い知識を活かして、医師が絶賛するような薬を作り上げた。それは大変に素晴らしいことだ。だが、それはあくまでも本などで学んだだけの知識。実践経験が乏しいため、知識の落とし穴に気づいてなかったのだ。
「メイベルさん。お荷物でもいいとは言ったが、粗大ゴミはやめろとも言ったよな!」
頭まで潜り込んだメイベルに向かって、ナバルがそんな文句をぶつけた。そして、
「先生。夏風邪の治療ついでに、こいつのバカも治してやってください」
と、メイベルを指差して、そんなことを言ってきた。それに医師が、
「う〜ん。それは不治の病だからねぇ」
と、困った声で答えてくる。
「ゔぅ〜……」
悔しさで唸るメイベルが、布団からチラッと顔を出した。目に涙を浮かべてナバルを睨んでいる。そのメイベルを、ナバル、医師、見習い修道女たちが冷たい目で見ていた。
冷たい雰囲気にいたたまれなくなったメイベルが、また布団の中に潜っていく。
そして、この雰囲気に堪え切れなくなったメイベルは、布団に潜ったまま、
「もうイヤだ。夏風邪なんて大キラぁ〜イ!」
と絶叫するのだった。




