下克上
「何だと! 魔力を吸収する魔道具がなくなっただと! 草の根分けても探し出せ!
見つからなければ、関係者全員斬首刑に処すぞ!」
フィーナの国、魔法国の国王は荒れていた。
代々力を貯蔵してきた魔道具がなくなったからだ。
それは隣国からの偵察部隊を見つけ、国王自ら殲滅しに行く為に地下を訪れ発覚した。
騎士達には自分を護衛させた上で、「俺は国の為に戦ってやるのだ。準備をしておけ」と威圧たっぷりに叫んだ後のこと。
今の国王は50代で肉体は衰えていた。
魔道具頼りで魔法の鍛練も怠っていた為に、その実力はお荷物でしかなかった。
仮に現場まで護衛が担いで行っても、国王には偵察部隊を倒すことは出来なかっただろう。
だが先触れの兵を倒せず、こちらの地理的環境や国王が自国の兵士の鍛練を削いで来た状況を知られれば、一気に軍勢は押し寄せ、この国は占領されるだろう。
それだけは避けねばならない。
だから国王は決意した。
第一王子ヴィルマルクを戦地に送ることを。
この国には王子は彼一人だった。
他にも勿論男児は生まれていたが、国王はその魔力を魔道具に吸わせて来た。
自分の地位を脅かされないように。
国王は「後継となる男児がいないと、次代の存続で婿を取るような事態になれば内戦になりかねない」と、大臣達に言い含められ、ヴィルマルクは生き延びたのだ。
国王は常に自分を優位に置きたがった。
自分亡き後なら、国が滅びても良いと思うほどに。
だからこそ、緊急時にしか使えないはずの魔道具に依存してきたのだ。
この王の前の王は、国のあり方に疑問を持てど立派に国を治めていた。
現在の大公や公爵は第二、第三王子が立ち上げたり婿に入り血を繋げて来たのだ。
だが現国王はヴィルマルクしか残さず、全てを葬り去って来た。
そして産まれた男児の力を魔道具がに込め、自分の力のように使って来たのだ。
本来なら既に、ヴィルマルクが国王になっていなければおかしい年齢だ。
なのに恐怖政治を行い、未だに側妃を娶ろうとする嫌らしい男。
王女だけは多く存在するが、その実態は魔力を多く持つ使用人か兵士のような消耗品と見なされ、嫁ぐこともなく政務と国を守る力を使うことだけの為に生かされてきた。
ヴィルマルクは国王に指示され、偵察部隊100人を瞬時に撃破した。
そして凱旋した直後、自分に逆らうと思っていなかった国王を捕らえ貴族牢に幽閉した。
「何をするのだ、愚かな王子よ。折角やっと役に立ったことを褒めてやろうとしたのに!
ここから出せ、今なら軽い罰で許してやるから!」
「…………」
「ヴィルマルクゥー! 出さんかー、愚息め!!!」
ヴィルマルクはかける言葉もなく、喚き騒ぐ国王の元を去った。
◇◇◇
魔力に頼るこの国だとて、政略で王女を嫁に出すことも、王族以外に他国の姫や高位貴族女性を娶ることもあった。
国内外に知られるように、昔は戦力の弱かったこの国は大勢の王族や王族派の高位貴族の犠牲を注ぎ込んで魔道具を完成させた。
内乱の激しい状態だった国内も、そのお陰で平和を取り戻したのだ。
取り戻したはずだった………………。
けれどその魔道具には誓約があった。
魔道具の維持の為に、王族の命を定期的に吸わせることが条件だった。
当時の荒れた時代ならば、子を何人か成した王妃や側妃達と、その家族さえも命を捧げてくれた。
国の為ならばと言って、王家の血を僅かでも引けば子育てを終えた者も魔道具に身を投じたのだ。
しかし時代が平和に近づくほど、その時々に応じて王の解釈が変化したりねじ曲げられた。
金を積んででも死なせたくない権力者の娘の為に、王妃は死なせないことにしたり、王妃にとって邪魔である側妃を子を生んだ後に魔道具に吸収させたりとやりたい放題に。
そんな血が、この代の国王にも注ぎ込まれたのだろう。
だけど歴代の国王達ですら、命の注がれたそれを普段から使い倒すようになるとは考えていなかった。
彼が国王になってから、どれだけ多くの命が失われたことか。
側妃が子を産むとすぐ死ぬなど、今まででは考えられないことだった。
これは権力と好色を思うままにしたい現国王がねじ曲げたことだ。
即位して30年以上経てば、昔のことを知らない者も増える。
それでなくとも国王は魔力量が過去最高に多く、詠唱一つで100人を葬れた時期があり、それを恐れ皆逆らえなかった。
忠臣言われる者の中には進言し、己の命とその家族、家門の破滅を招いた事態も生じた。
それ依頼家臣達は、家族を守る為に従い続けてきたのだ。
◇◇◇
ヴィルマルクは魔道具の紛失を隠したままで、他の王女達と相談しながら国を治めることに決めた。
魔道具の紛失を知るのは、国を愁いてきた忠臣達だけ。
その忠臣が、今信じる者はヴィルマルクだった。
彼はずっと元気だった側妃達が、子を産んで亡くなることに真実を知らぬまま悲しんでいた。
そしてある時期、真相を知り愕然としたのだ。
『父上の勝手に決めたことで、多くの側妃の命が奪われてきた。そんなことより国全体の戦力を上げるべきだ』
彼は国王に謁見し持論を述べた。
何度も考え抜いた代替案をいくつも提示し。
しかしそれを認めぬのが現国王だった。
彼は自分だけの幸福を求める快楽主義者だから。
「愚か者め。浅知恵で国の内乱を引き起こす気か!」
そう言って彼へ怒りに任せて、魔法の刃を飛ばす。
ヴィルマルクも魔法で防御はしたが、咄嗟には間に合わず無数の魔力弾が体を貫いた。
特に左目下には、大きな傷痕が残った。
迸る血液は致命傷になりかねないのに、彼は立ち尽くしたまま怯まない。
それを見ていられず、忠臣達が彼の前に立ち庇う。
「国王様。ヴィルマルク様がいなくなれば、国は荒れまするゆえ。どうかこの辺でお止めくだされ。お願いいたします」
「…………仕方ないな。次はないぞ」
「ありがとうございます」
不機嫌さを隠さぬ国王の前から、忠臣達に抱えられヴィルマルクはその場を後にする。
未だ言い足りないと口を開こうとする彼へ、忠臣達はそっと囁く。
「今は我慢をしてくだされ。私達を思うならば」と言って。
それを聞いて引き下がるヴィルマルクは、その後にその忠臣達と国奪還の計画を進めてきたのだ。
国王に気づかれないように、少しずつ彼に協力する貴族家と情報を交換しながら騎士を鍛え始めた。
それには比較的容易く許可が出た。
各地の領地で魔獣が多くなり被害が増したので、地元の騎士で対応出来ないと国王には連絡したからだ。
「是非国王の到着をお待ちしています。助けてください!」と、悲痛な親書を領主達は次々と送る。
面倒な国王は王女達を現地に送り、その王女達は忠臣達とヴィルマルクに相談し、被害状況や人手を算出して国王へ被害報告を渡す。
国王は面倒ごとは王女に任せる為、予算は多めに配分できた。
本来なら王女達に戦わせ、終息させるつもりだった国王。
無駄に多くいる彼女らなど犠牲になっても痛くも痒くもない。
けれど彼女らは戻らぬし、次々と他の王女達への協力要請も出るほどだ。
さすがに政務に支障が生じてきた。
だから予算を回し、人手を割くことに応じたのだ。
本当は領地に魔獣などいない。
熊や狼の猛獣程度だ。
バレたら確実に重い罪に問われるだろう。
でも長く仕えてきた忠臣達は、国王の性分を把握していた。
絶対に領地には来ないことを。
彼にとって領地民は単なる金蔓で、愛情など一欠片もないのだから。
そして順調に彼らの計画は進行していったのだ。
◇◇◇
けれどその裏には、側妃となる女性の犠牲があった。
国王の関心をそちらに向け、従順を示す為に逆らうことが出来なかったからだ。
ヴィルマルク側でない者は知らない計画だが、国王派からも側妃は出された。
好色な国王に目を付けられることもあったから。
だが現国王に全面的な賛同に回らないことで、ヴィルマルク側の忠臣側から、多くの側妃を出すことになってしまった。
これにはヴィルマルクも忠臣達も心を悼めた。
だが側妃になった者には覚悟があった。
「良い国にして下さいね。これから育つ幼子の為にも」
そう言って死地に赴いた。
ヴィルマルク側の、全ての者が戦っていた。
その死はこの国の為なのだと血の涙を流し、彼女達を家族は見送った。
ただ死ぬ為ではないと知った娘達は、胸を張り嫁いで行ったのだ。
せめてもの時間稼ぎの為すぐに孕まぬように、1年ほどは避妊薬を内服して在位期間を延ばした。
そんな攻防を何年も続けてきたのだ。
◇◇◇
魔道具がどこに行ったかは、未だに分からない。
けれどそれがきっかけで、現国王を貴族牢に送れたのは幸いだった。
調査により、キンバリー・ブラルケット公爵夫人が貴族牢に監禁され、夫のティアジルの愛人ランテの義弟が命令されて意識のない夫人を妊娠させていたと発覚。
そして産まれた子は、男女関係なく魔道具に吸収されていたとも。
「あいつらは悪魔だ。なんでそんな非道なことが出来るのだ!」
怒りに眩むヴィルマルクは、王女達や忠臣達に相談する。
そしてブラルケット公爵家に魔道具紛失について、話を聞くことになったのだ。
ヴィルマルクは国王を既に捕らえたことを隠し、代理として彼らに質問する。
魔法で遮音された執務室で。
「調査により貴族牢に貴君の愛人ランテ殿と庶子ブルガリ嬢が時折入り込み、何故かそこに寝たきりのキンバリー夫人がいて無体を働いていたと言う。
どういうことなのかを聞きたくここに呼んだ。
返答次第では公爵家はなくなるから、嘘偽りなく話してくれ」
王太子に呼ばれたかと思えば、知らなかった話を突きつけられ思考が混乱する。
(まさか。ランテとブルガリがキンバリーを監禁? いくらなんでもそこまでしないだろう)
そう思い二人を見るが、俯きながら沈黙を守っている。
さすがの二人も嘘をつけば罪が重くなることを自覚していたのだ。
(どうして違うと言わないのだ。もしかして本当に。嘘だろ!)
「王太子殿下。私は何も知りません。ですが何か分かることであれば、お伝えすることを誓いましょう」
混乱のままだが、反意がないことだけを伝える。
ヴィルマルクは頷き、質問を続ける。
「では聞く。キンバリー夫人が不在なのに何故探すことをしなかった?」
「それは調査中に、ランテから報告を受けたからです。
妻のキンバリーが護衛騎士のエクライトと隣国で暮らしており子供がいると。
居場所がはっきりしているなら、追いかけて逃亡されるより、そこを監視する方が良いと思いました」
「ほう。それで貴君は一度でもその姿を見たのか?」
「いいえ、それは…………見ておりません。ランテ達に任せてしまいました」
「…………そうか。妻への関心はなかったと。まあ、政略だとそんなものかもしれないな。
ところで貴君の娘にはフィーナ嬢もいたな。
彼女は今どこにいる。
嘘はスキル持ちの従者がいるから、付かない方が身の為だぞ」
「っく、申し訳ありません。母キンバリーの介護の為に、保養地で療養と周囲に話しておりましたが、実際は行方不明で調査を続けております」
「うん。嘘ではないな。だが届け出は出ていないよ。どうして?」
「それはランテが、まだ内密に探そうと言っていたので」
「そうか。貴君はよほどランテ殿が好きらしいな。でもそうだな。
逆に考えればだが、ブラルケット公爵家と王家で結ばれていた側妃の打診。
これはフィーナ嬢でなくともブルガリ嬢でも良いのだ。
何故か理由もなくランテ殿は、平民となり愛人になった。
けれどその血筋は正しきもので、ブルガリも貴君の子に間違いはない。
本当に不思議なことだ。だから構わないんだ。
フィーナ嬢がいないなら、ブルガリ嬢を側妃としよう。
こちらの話はそれで良いね」
「…………はい。承諾いたしました」
項垂れるティアジルだが、逆らうことは出来ない。
何故か国王は現れず、この場での権力者である王太子は全てを知っているのだから。
ブルガリはさすがにここでは言い返さないが、表情は憤怒に満ちていた。
(王太子からブルガリが遠くて良かった。私の陰になるから顔は見られていないだろう)
そう思うのも束の間で、今度は魔道具の話となった。
「実は内密な話なのだが、魔道具の件は極秘なのだ。
国を揺るがす大問題なのでな。
話を聞いたのは貴君らが最初なのだよ。
だからどのようにここで扱っていたか聞きたくてな。
それを踏まえて探そうと思っているのだ」
ランテとブルガリは恐怖に震えた。
確かに父の愛を一時でも注がれたキンバリーを憎んでいたが、それだけで犯して良い罪ではないのだ。
だがヴィルマルクは、語らないことを許しはしないだろう。
そしてもう、悪事はとっくに露見しているのだ。
フィーナのことにしてもそうだ。
母を探しに幼い彼女が邸を出た後、追いかけた邸の使用人が抵抗するマリアを殺しフィーナを見失った。
もう既に死んだか、拐われて売られているだろう。
売られたことを前提に考え探したが、それでも見つからなかった。
それはもう8年以上前のことだ。
その時に数人の使用人がいなくなったが、騒ぎ立てる者はいなかった。
ティアジルが、キンバリーと見つかったフィーナが共に療養地に行ったのだと告げたからだ。
そして国王には、フィーナの代わりに替え玉を渡すことで合意を得た。
ランテから見れば義兄に当たる国王だが、若い女ならそれで良いとニヤケて矜持がない。
ランテが呆れてしまうほどだった。
朝から呼び出され、喉の乾きで渡された飲み物を飲んだランテとブルガリは、堰を切ったように質問に答えてしまう。
止めたいのに止められないのだ。
自白剤が使われたのだ。
彼女の会話を聞く毎に、ティアジルの顔が蒼白に変わる。
聞けば聞くほど鬼畜としか言えない所業だ。
「う、嘘だろ、まさか、そんな」
混乱し頭を抱えるティアジルにはもう、愛する二人を直視することも出来なかった。
「人間のすることじゃない………………」
そう呟いて吐き気が込み上げた彼は、ヴィルマルクの許可の下、側にいた騎士に支えられ部屋を後にした。
「あぁ、ティアジル…………待って」
「お父様…………行かないで、助けて!」
残される二人は急に不安に駆られた。
何があっても愛してくれると思っていた夫、父が遠ざかって行く。
「さすがに君達はやり過ぎだ。いくら王国に尽くした魔道具を作成した家門と言えど限度がある。
それに今、君達は平民なのだ。
当然どうなるか分かるね。
ティアジルはどうするか分からない。
けれど我が父である、国王のことは当てにしない方が良い。
急な病に罹り、余命幾ばくだからね」
ランテとブルガリは恐怖で震えが止まらない。
国王の庇護を受け誰も逆らえないと思い、思うままに過ごしていた。
それこそ命を軽く扱うほどに。
漸く二人は、自分の立場を自覚した。
唯一の味方であるティアジルは、先ほどここを出る前に自分達を見ることもなく去った。
絶望を隠さないままの二人は、貴族牢ではない平民用の牢に入れられた。
抵抗しても屈強な彼らは何も動じない。
罪状を聞いていた彼らから、軽蔑の眼差しを向けられるだけだった。
「助けてよ。私は伯爵家の娘なのよ! 出して!」
「こんな汚い場所、嫌ぁ。助けて、お父様ぁ。
…………どうして来てくれないの? あぁ、嫌、やだあぁぁぁ!!!」
どんなに叫んでも、誰も訪れる者はいなかった。
愛する家族、ティアジルさえも。




