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リリーが毒の入ったグラスを唇に運んだ瞬間、リュカがそのグラスを叩き落とした。
しかし、リリーの口の中にはすでに少量の毒の入ったワインが含まれていた。
リリーはリュカの焦った姿も美しいなと思いながら、そのワインをそのまま飲み込んだ。
そしてリュカに向かって笑ってこう言った。
「あなたを愛しています……永遠に……」
こうして自分の命が毒によって失われるのを待った。
私は夕食後、テラスに来る前に自室に戻り、私がどういう経緯でムーン公爵家に来たのか、何故このような結末を選んだのかをしたためた手紙を自分のベッドの上に置いておいた。
おそらく私が死んだ後、リュカはそれを読んでくれるだろう。
私がどれほどリュカを愛してしまったのか知ってくれれば嬉しいなと思っていたら……。
「お前がそれほど馬鹿だとは思わなかった」
驚くことにリュカは涙を流していた。
「え……なんで……」
「こんな時に告白されたって、何も嬉しくない」
「待って、なんで泣いて……」
そしてリュカは怒りに燃えた表情をして、今まで聞いたこともないほどの大声でこう言った。
「リリー、君が俺と一緒に生きることを選択してくれると思っていた。俺を頼ってくれると思っていた」
何を言っているのかわからなかった。
生きる?
一緒に……?
それに頼るって……?
そして自分の体に何の変化もないことに不安を感じ始めた。
そろそろ毒が体をめぐって、何か変化があってもおかしくない。
少し酔っている感覚はあるが、それ以外は特に変化がない。
「セバスからの報告で君が何かを大事に持っていると報告をうけた」
混乱する。
リュカは何をいっているのだろう。
「嫌な予感がしたんだ。だから隙を見てマリーに中身を入れ替えてもらった」
足元の落ちていた毒が入っていた入れ物を震えた手で拾う。
「セバスに中身を確認してもらったら、毒だった」
中身は入れ替えられていたのだ。私が飲んだのは毒ではなかった。
つまり……私が死ぬことはない……。
そのことに私が気づいたのを見て、リュカは自嘲気味に笑った。
「リリーのもとに訪れた侍女について調べていくとケスチェ家の侍女頭に行きついた。金を渡したら、あのばばあすぐに全てを話してくれたよ」
私は全身から血の気が引いていくのを感じた。
「グリスは長女を俺を暗殺するために送り込んだってね」
「大変申し訳ございません」
その場に膝をつき謝罪する。
「わ……私はあなたを殺そうと……どんな処分も受け入れます」
リュカは私の腕を引っ張り上げた。
「何故自分で毒を飲もうとした」
「……あなたを殺せないと思ったから」
私の目から涙が溢れてくる。
止めようと思っても止められない。
「あなたを愛していることに気づいたから、あなたを殺せなかった。だから……」
「だから何で君が死のうとするんだ!もう君はムーン公爵家の婚約者だ!ケスチェ家の言うことなんて無視すればよかっただろ!」
私は思わず大声で反論する。
「そんなことできるわけありません!あなたは私の罪を知らないからそんなことを言えるけど……」
そう言ったところで、リュカが遮った。
「そんなのグリスの出鱈目だ!君には……君の出生には何の罪もない!いや、もし母親に罪があったとしても、それは君の罪にならない!……ならないんだよ!リリー!」
私の腕を掴んでリュカはそう言った。
訳が分からない。
私に罪がないの?
それならば、いままでのケスチェ家でのあの扱いは何だったの?
「……リリー、君はケスチェ家に洗脳されていたと言っていいと思う。君を良いように扱うために罪の意識を植え付けたんだ」
「……違う。……嘘よ。……だって今までだって」
「……本当のことだ」
「……私がお父様に愛されることは永遠になかったのね」
ああ、私……お父様に愛されたかったのね。
だから、リュカを暗殺できないと気付いた時に、私は自ら死ぬことを選んだのね。
諦めきれなかったのだ。
家族から愛されることを。
「俺がいる」
私はハッとした。
リュカの深く青い美しい瞳が私を真剣に見つめている。
「俺は君を愛している。俺が君の家族だ。君を誰よりも愛する君の家族だ」
私の目から涙が溢れる。
先ほどの涙とは違う。温かい涙。
「俺と生きていこう」
私は彼の胸に飛び込んだ。




