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こうして私は初めて身に着けるような豪華なドレスに分厚いベールで顔を隠し、日々虐げてきた侍女を引き連れ、ムーン公爵家の前に立っている。
門番にムーン公爵家に嫁いできたことを告げ、公爵様への面会を依頼するもかなりの時間待たされている。
到着したのは午前中だったはずだが、太陽は真ん中を通り過ぎたようだ。
私についてきた侍女達は「門を通されたら呼んでください」とすでに馬車の中に引っ込んでしまった。
馬車の中に全員引っ込むわけにもいかないので、私は馬車の外で立ち続けている。
しかし季節は夏。初めて身に着けた豪華なドレスは重く苦しい、分厚いベールは息をするのを邪魔しているように感じる。再婚相手や義妹リリーや貴族の娘たちはいつもこのような服を着ているのだろうか……すごい……すごい以外の感想がでない。
語彙力が失われていくのを感じる。目の前が時々白ばむ。
昼過ぎの夏の暑さは勢いを増していき……ついに世界が真っ白に包まれた。
ーーー
ムーン公爵家の中でリュカは仕事をしていた。
執事のセバスより「婚約者が到着した」と言われたが、仕事以上に優先する必要はない。
しかも今回の婚約者は無能グリスのケスチェ家の娘。
夏の暑い時期だが、馬車の中で待つのだろうし、待たせたことで「婚約解消だ」と騒ぎ立てるようであれば幸いだ。
ことの発端は、王がなぜか身を固めろと会議の最中に言い出したのだ。
王は自分のことをかなり気に入ってくれている。
ことあるごとに「娘がすでに結婚していなかったら、お主に嫁がせたかった」と言ってくる。
すでに結婚していてくれて助かった……と何度思ったか。
そして「結婚はよいものだ」「愛とはよいものだ」とくどくどと訴えてくる。
俺自身、全く恋愛に興味はないので、その話の全てを聞き流していた。
だから王が結婚の何が良いと思っているのか、愛の何が大切だと言っていたのかは覚えていない。
ただ俺が聞き流すたびに、王は少し悲しそうに笑って言うのだ。
「いつかおまえにもわかる時がくる」と……。
王よ、残念ながら、そんな時は一生来ない。
俺は結婚に夢をもっていない。
人を不幸にするだけの制度だと思っている。
少なくても俺が身近で体感してきた結婚とはそういうものだ。
だから結婚もしなくていい。
もし結婚をすることになったとしても、そこに愛などはないだろう。
仕事だけが自分の生きがいだ。
そうして仕事に熱中して、太陽が熱を思う存分発し始めた頃、執事のセバスが飛び込んできた。
何か仕事で問題でも起きたのかと思い話を聞いてみると、婚約をしたケスチェ家の令嬢が門の前で倒れたという。
どうも公爵家に到着してから門の前でずっと立っていたのだという。
阿呆なのか。
無視されていると気付かないのか。
気づかなかったとして、せめて連れてきた侍女を外に立たせれば良いものを、侍女は馬車の中にいて、令嬢だけ馬車の外で立って待っていたという。
しかしその時俺は、無能なグリスがどんな令嬢を送ってよこしたのか興味を惹かれてしまった。
俺は気づかないうちに何よりも大切な仕事を中断して、俺はその令嬢のもとに足を運んでいたのだった。
ーーー
グリスが送ってよこした婚約者はなんともアンバランスな令嬢だった。
骨と皮しかないのではないかと思うほどにやせ細り、濃くてけばけばしい化粧をしているが、化粧をしているところ以外の肌はボロボロ。髪の毛にも艶がなく、絡まった髪を無理やり結んでいるのがわかるほどだった。
侍女達をチラと見る。
侍女達の方がふくよかで肌にもハリがある。
すると彼女らから急に秋波を送られた。
普通、自分の主人の婚約者に秋波をおくるか?
しかも自分の主人が倒れているのに、介抱や世話をしようとする様子も見られない。
また令嬢の方に目を向ける。
着ているドレスは豪華絢爛。とても重そうで、やせ細った体でよくこんなドレスを着て何時間も立っていたなと思うほど。
気を失っている令嬢を医者に見せると栄養不足と熱中症だと診断された。
そりゃそうだろう。
死にかけているのではと思うほどにやせ細り、ボロボロな肌と髪の毛。それを隠そうとしているようなドレスに化粧。そして不自然な侍女と令嬢の関係。
女に興味などない。どうでもいい。
しかし、死にかけている人間を見捨てることはできない。
公爵家の侍女長マリーを呼び出す。
「この令嬢の体調が改善次第、食事と風呂を……」
侍女長マリーはにんまりと笑い「かしこまりました」と頭を下げた。
その笑い顔が気に食わなかったが、俺は仕事に戻ることにした。