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「……なによあれ、なんであの女があんな風に笑っているの」
シェリルは自分の目の前の光景が信じられなかった。
「ムーン公爵の婚約者は本当に美しいですな」
「今まで社交界でお見かけしたことはない方ですよね」
「ええ一度見たら忘れられないほどの美しさですもの」
「どうもケスチェ公爵家の長女とのことらしいですよ」
「ああ、あの……没落の憂き目にあって、隠し続けた宝石を泣く泣く手放したと言ったところでしょう」
「社交界にも大切に隠し続けた箱入り娘だったんでしょうね、あとでご挨拶させていただきたいわ」
「あの素晴らしいドレスにジュエリー、公爵様が選ばれたんですって。お互いの色を身に着けあうなんてロマンティックだわ」
「なんと!ムーン公爵も相当溺愛しているようだな」
「美男美女でお似合いの2人ね。見て、ムーン公爵の表情、あんな優しい表情をされて……なんて素敵なの」
「私、ムーン公爵様に憧れてましたの。ケスチェ公爵令嬢が羨ましいですわ」
「私もよ!でも、あの令嬢の美しさ……やっぱり諦めるしかないですわね」
周りはリリーの噂で持ち切りだ。
ありえない。
家で大切にされてきた!?その逆よ。
家で虫けらのように扱われていたのよ。
あんな美しい衣装を着るなんて、あの女に分不相応だわ。
ムーン公爵も女に冷酷だと噂されていたはずなのに、あの優しい表情は何?
以前ご挨拶させていただいた時、こんなに美しい人がいるのかと、素敵だなと思ったのよ。お父様に彼とダンスしたいと強請りもしたわ。
でもお父様がだめだって……。女性にひどく冷酷な方だからやめときなさいと言われて諦めたのよ。
だからお義姉さまがムーン公爵の婚約者になったと聞いた時もきっとひどい目に合うと思っていたのに……。
噂を信じて敬遠しなければよかった。
そうよ!私の方が先にリュカ様を良いなと思っていたの。
「シェリル姉上の方がよっぽど美しいのに、あんな罪人を美しいともてはやすなんて皆見る目がないな」
アレクが不快そうに言い放つ。
そうよ。私の方がふさわしいわ。
お父様はお義姉さまにムーン公爵を殺せと言っていたけれど、私が婚約者になって、ケスチェ家を助けてもらうようにお願いするのはどうかしら?
こんな可愛い私が頼めば、きっとあのムーン公爵ならお願いをきいてくれるはずよ。
「まあ、姉上は王太子殿下の妃になる予定だから、眼中にないですよね。それにあの罪人がムーン公爵家の婚約者になったのは、あの目的のためですしね」
アレクの言葉は私の耳には入ってこなかった。
今までお義姉さまは何も持っていなかった。
反対に私は全てを持っていた。
でも今、目の前の光景はなんだ……お義姉さまが持っていて、私が持っていない。
お義姉さまの物が欲しい。
お義姉さまは何も持っていてはいけないのだから……。
「アレク、私、お義姉さまのものがほしいの。だってお義姉さまが何かを持つなんてこと、ありえないでしょう。お義姉さまは罪人なんだから、何も持っていてはいけないんだもの」
シェリルはとびきり可愛い笑顔でそう言うと、リュカとリリーの方に向かって歩き出した。v




