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泣いてしまった日以来、リュカとは一緒に食事をとるようになった。
食事の時にリュカはいろんな話をしてくれる。
どの話も興味深く、とても面白い。
女に冷酷だと噂されていたが、女の人を避けるための嘘だったんじゃないかなと思う。
そして食事をしている時のリュカは優しい目で私を見つめる。
その目で見られると私はなんだか居心地が悪くなり、恥ずかしくなり、逃げ出したくなってしまうのだ。
そんなリュカから夜会に行くことを伝えられた時には、とても驚いた。
リュカが夜会に女性を連れていったことなど一度もなく、今回が初めてらしい。
少しは私のことを気に入ってくれているのだろうか?
もしそうだったら、嬉しいと感じるのは罪だろう。
この優しい人を私は暗殺しようとしているのだから。
夜会に行くことが告げられた日から、ドレスの仕立てやジュエリー決め、いつも以上に入念なマッサージとエステ、夜会でのマナー、ダンスのレッスンと毎日が忙しい。
夜会に参加するというのは、こんなにも大変なんだと驚いてしまう。
ドレスの詳細はリュカが決めるとのことで、ドレスデザイナーが来る時間はどんなに忙しくても時間をあけてくれているらしい。
ドレスデザイナーと私の方を見ては、デザインを見ては色々と細かく注文しているようだ。
色々勉強しているけれど、どうしても流行りとは真逆の地味なデザインを選んでしまう私にはドレスのセンスがあまりないようなので、助かる。
ジュエリーについてもそうだ。
見たこともないような豪華なジュエリーを並べられても圧倒されるだけで良くわからない。
夜会でリュカに恥をかかせないためにも、リュカ本人が選んでくれるなら安心だ。
私はこれまたあまりセンスがないダンスレッスンを頑張ることにした。
正直ダンスはかなり不安が残る。
体力には自信があるが、リズム感というものが皆無。
夜会までにリュカに恥をかかせないレベルまでには仕上げたい。
できれば、リュカに喜んでもらいたい。笑ってもらいたい。
一緒に踊るのを楽しんでもらいたい。
まるで好きな人を想うようだと自嘲してしまう。
相手は暗殺する相手。
こう思うのは、ただ相手を油断させるため。
そのために気に入ってもらわなくちゃいけないから。
だからそんな風に思うのだ。
恋とか愛だとかそんな気持ちを生まれてきたこと自体罪深い私が感じてはいけない。
これは全て彼をいつか暗殺するために。
そのいつかが来ないことを望んでいるこの気持ちには気づかないふりをして。
ーーー
夜会の当日。朝から準備が始まった。
顔も体も頭の先から足の爪にいたるまでの入念なマッサージとエステ。
ムーン公爵邸に来た当初が信じられないほど美しく整えられた爪に毎日磨かれているとわかるようなピカピカと内側から発光しているかのように美しい肌。
艶やかでさらさらと流れる髪の毛は美しく繊細に編み込まれ、輝く宝石が細かく繊細に髪を飾る。
目の周りを優し気に彩るアイシャドウに、愛されている証ような桃色の頬、美しい言葉が紡がれるのを期待してしまいそうな赤い唇。
そしてドレスが持ち込まれた。
ドレスを見た瞬間に泣きそうになってしまう。
そのドレスはあまりに美しかった。
このドレスをデザインした人間は、きっとこのドレスを着る女性のことを深く愛しているのだろう。
そう思わざるをえないほど、美しかった。
歩く度に風で揺れるたびにきらめく金色のドレス。
ジュエリーは深く吸い込まれそうな青がメイン。
まるでリュカの目だ。
豪華だけれどけばけばしくなく、上品さが溢れるデザインはドレスにぴったりだ。
その全てを身に着けるとなんだか恥ずかしくなり、顔が真っ赤になってしまう。
何故なら全力でリュカが私を俺のものだと主張しているように感じたから。
リュカが私に独占欲を抱いているだなんて馬鹿なことを……。
そう思っていたら、扉が叩かれた。リュカだ。
入室を許可する。
リュカがそっと扉を開く。
そして私を見て、目を見開く。
似合ってないのかなと一瞬不安になったが、その不安はすぐに取り除かれた。
今まで見たどの顔よりも優しく美しくほほ笑みながらリュカはこう言ったのだ。
「綺麗だ」
彼は夜会に参加するため、いつもおろしている髪をきれいに整え、私に合わせるようにしつらえたのであろう深い青のジャケットに私の目と同じ赤い宝石を携えていた。
2人並べば、周りからはお互いを深く愛しているカップルに見えるだろう。
気恥ずかしいが、なんだかとても嬉しい。
その気持ちを正直に口にする。
「……ありがとうございます。こんな素敵なドレスもジュエリーも見たことがありません。私は幸せ者です」
するとリュカが嬉しそうに笑った。
「こんなもので満足するな。俺の力全てを使ってでもこれからはもっともっと幸せにしてやる」
その言葉に私はまた泣きそうになってしまう。
ああ、私はこの人を殺せないかもしれない。
 




