人を見る目がない愚弟
「私の側近に? どういうことだ?」
ディアークの側近を務めていたカスパーにそう言われても、戸惑いしか感じられなかった。しかもディアークの立場が揺るぎ始めてからの申し出ともなれば尚更だ。彼を見限ってこちらに付こうとするのは貴族としては当然かもしれないが、それにしてもあからさま過ぎるだろう。
「このタイミングでの申し出でご不快にさせてしまったことはお詫び申し上げます。しかし、ディアーク様より見限られましたので」
「は? 見限られた?」
カスパーが見限られたと聞いて驚いた。逆だと思っていたからだ。
「どうして?」
「私が口煩かったからでしょう。私はゲーベル伯爵令嬢の件で、何度もディアーク様やイーゴン殿に苦言を呈しておりましたから」
「そういうことか」
カスパーが言いたいことは大体わかった。彼はミリセント嬢に傾倒する彼らに苦言を呈して遠ざけられたのだ。
「先日の温室の件、私は絶対にダメだとお止めしたのですが……ディアーク様はご不快に思われて、その場で私を側近から外すと宣言されました」
「……そうだったのか」
悔しさをにじませる表情からも、彼がディアークを止められなかったのを本気で悔いているのが感じられた。温室に同行していなかったのもそういう理由があったのか。
「あの時はお止め出来ず、大変申し訳ございませんでした」
「いや、ディアークの性格からして、きっと誰が苦言しても同じだっただろう。それよりも、今までよく愚弟を止めてくれた」
深々と頭を下げる彼に、こちらの方が申し訳なく感じた。全く、カスパーのような人物こそ重用すべきだったのに……ディアークの愚かさに情けなくなった。
「カスパー卿の気持ちは分かった。だが、さすがに今すぐここで答えを出すわけにはいかない。暫く考えさせてほしい」
「当然でございます。よいお返事をお待ち申し上げております。ですが仮にお断りになられたとしても、私と我が家の王家への忠誠はいささかも陰ることはございません。その事だけはお心にお止め頂ければ幸いです」
「カスパー卿とザックス公爵家の忠義、心から嬉しく思う」
カスパー卿は恭しく一礼すると帰っていった。ディアークよりも三つ年上、あのローリングとは同じ年だというのに、どうしてこうも格が違うように見えるのだろう。
「さすがはカスパー様、しっかりされたお方ですわね」
「そうだな。ああいう人物こそディアークには必要だったのに……」
レイニーも感心していたが、今の態度からは忠実で実直な性格が明らかだった。それにザックス公爵家は五大公爵家だから、ディアークの大きな後ろ盾になる筈だったのだ。エーデルマン公爵家とザックス公爵家は彼が決して失ってはいけない存在だった。
「カスパー様は、ミリセント様の誘惑に動じなかったそうです」
「そうなのか?」
ローゼがそう言った。彼女とカスパーは家同士も仲が良く幼馴染でもあったから、彼の事情にも詳しかった。
「はい。ミリセント様から何度も食事や観劇に誘われたそうです。ディアーク様がご不在の日を狙って」
報告書の内容は本当だった。それにしてもミリセント嬢は想像以上に奔放らしい。
「主の想い人だ。自重したのだろう?」
「普通はそう思うのですが、ディアーク様たちはミリセント様に冷たすぎるとカスパー様に苦言を呈されたそうですわ」
「苦言を?」
「はい。ミリセント様にも男性との距離が近すぎる、婚約者のいる者に馴れ馴れしくするものではないと注意して下さっていました。それでミリセント様が冷たいとディアーク様たちに泣きついたとか……」
「はぁ……」
何と言うか、ディアークたちの考えは理解し難いと改めて思った。カスパーが言っていることは何らおかしくはないし、むしろ当然のことだ。そもそもディアークの想い人というのなら、他の令息とは一線を引くべきだろう。なのに、それをディアーク本人が咎めるとは……
「ディアークたちの基準が……理解し難いな」
「ええ。そう思いますわ」
「普通はそうだと思います」
何と言うか、ミリセント嬢を中心におかしな世界が出来上がっているとしか思えない。彼らは一体何を見ているのだろうか……
「でもアリーセ様。カスパー様が側近になって下さるというのであれば心強いと思います」
「ローゼの言う通りね。そうなれば正妃様のご実家のリーベルト公爵家、我がエーデルマン公爵家、更にはザックス公爵家もアリーセ様支持。こうなれば即位なさっても安泰ですわ」
確かに国王に即位するには公爵家の後ろ盾は欠かせない。支持する家が多いほど治世は盤石になるだろう。残るはダールマイヤー公爵家とブランゲ公爵家だが、この二家は私とはあまり関わりがないだけに、支持を得られるかは未知数だ。それでも三家が味方してくれるとなれば心強いのは間違いなかった。




