魔法陣の行方
翌日は、第3回魔法陣会議に召喚された。
とうとう、ナジュム国から、先日の水害の収束協力の御礼と、魔法陣の設置についての親書が届いたとのことだった。
シェーン王太子の決断もつき、再び集まることになったのだ。
大臣や宰相、今回は各師団長全員と王妃、王太子妃までが集められた。
会議室には最後に、シャムス王とシェーン王太子が入って来た。
「皆、今回の干ばつについて、調査や対応、事後処理なども御苦労だった。
今日集まって貰ったのは、かねてから検討していた、我が国初めてとなる転移魔法陣の設置について、決める時が来たためだ。
転移魔法陣は知っての通り、その魔法陣に乗ったものを、設定された魔法陣まで瞬時に移動することのできるものだ。
ただし、許可証が必要であり、それを所持したまま魔法陣に乗る必要がある。
そうでなければ、たまたま乗った石や葉や鳥など動物までもが無作為に飛ばされてしまうからだ。
今日は、魔法陣の設置場所と、許可証の発行についての決定事項を共有したい」
全員しゃべらずに、固唾を呑んでその先を待つ。
「皆から提案のあった意見は全て、この国を慮り、未来をより良いものにする為のものであった。出来るなら、全て実現したいものだが、設置場所は3箇所までであり、そうもいかない。
かなり苦しい決断であった」
シェーン王太子の声が、静かな部屋に響く。
「今回、我が国へ設置する魔法陣は…
王都、アステロス山脈頂上、ナジュム国とする」
一瞬、空気が動いた。
ティリーエも、息を飲む。
「様々な産業を発展させ、利益を得ていくことは大きな国益となる。
ただ、水というのは、我々人間が生きていくために必ず必要なものだ。それが不足した時に被害が広がってから気づくのでは、市政の民に敷く犠牲が大きすぎる。
かといって、定期的に見回り巡回をするには、あの山は険しすぎるし、王都から遠すぎる。
魔法陣で瞬時に移動できれば、ほぼ永久的にこの問題は解決でき、水路は確保できる。
また、ナジュム国としても今回の洪水は被害甚大だった。しかし、彼の国側はこの山脈に向かっては切り立った崖になっており、登頂は難しい。
調査や対策をしたくとも、我が国側から登る必要があり、都度国境を超える手続きと、海路での移動が必要だ。ナジュム国にも山脈に続く魔法陣を置くことで、ナジュム国にも山岳調査や再発防止、また神鳥と呼ばれるユキシロオオタカの観察などを許可しようと思う」
こっそり周囲に目を走らせれば、シェーン王太子が言うことに、納得のいかない者はいるようだが、前回シャムス王から釘を刺されているので、この場で声を挙げるものはいなかった。
「何か、意見のあるものはいるか」
問われ、少し間を空けて農林大臣が手を挙げた。
「それでは、山頂の魔法陣を介して、ナジュム国側の人間が、好きにこの王都に飛んでこれることになりますが… 管理はどのようになさるのでしょうか」
「もちろん、誰も彼もと我が国への入国を許可することはできない。先程の話にも出たが、許可証の発行は厳重に吟味する予定だ。
ただ、これまで海路でわざわざ移動していたものを、もっと簡易的に双方が行き来し、交易ができれば良いと思っている。
元は、同じ国だったのであるし、これからも懇意にしていきたい」
それ以上の質疑はなく、その会は閉会になった。
ティリーエの訴えがほぼ全面的に認められた形となり、部屋から出てすぐに、セリオンに問いかけた。
「セリオン様、本当に、宜しかったのでしょうか。他の方々の案の方が、この国の成長に相応しかったのではないのですか」
「ティリーエ、全ての案を王太子が平等に比べて決めたのだ。もうそれは、君の案でなく、王太子の考えとなっている。
王太子は、利益を出すより、国民の損失を出さないことに重きを置き、隣国の動きやすさを優先したのだ。
そのような者に仕える私は、幸せだと思うが、どうかな」
「それは… そうですね。 私などの案をと思っていましたが、お選び頂いた王太子様の深いお考えまで、思い至りませんでした。
利益を出すより損失を防ぐ。それは本当に大切なことだと思います」
ティリーエの頬に色が戻り、笑みを浮かべたその後ろで、冷たい声が聞こえた。
「何が損失を防ぐだ。 何も起こらなければ、糞の役にも立たない場所じゃないか。
どうせ、幼なじみで仲良しの師団長の顔を立てたのだろうよ。王族を友に持つことは、羨ましいことだな」
バッと振り返れば、産業大臣と農林大臣がこちらを見ながら聞こえよがしに話をしていた。
細く歪んだ目と目が合い、ティリーエは背筋が冷たくなるのを感じた。
セリオンが口の端を上げ、
「おや、大臣殿には、次期王であるシェーン王太子が、友情で国を動かす愚か者に見えているなら、残念なことだ。
私の方から進言しておこう」
と言うと、大臣は目を逸らして廊下の向こうへ消えて行った。
「セリオン様…」
「大丈夫だ、ティリーエ。 本当に、王太子は賢い奴だ。 情などで国策を立てることはない」
そう言われたが、最後に廊下へ消える直前に見た、大臣の憎々しげな目が、いつまでも頭から離れなかった。
◇
昼からは魔塔の仕事に戻り、夕方、セリオンと馬車で侯爵家に帰った。
何となく沈黙が続き、ティリーエは外を見たり手遊びをしたりして、落ち着き無く過ごす。
「そういえば、今日会議の前に言われたのだが、ナーウィス伯爵家の者達は、爵位剥奪と、北の街の果てへ流刑となったそうだ」
「あ… そうなのですね」
「本当は身体罰刑が良かったのだが、裁判で流刑に決まったようだ。ティリーエや家族が受けた傷や仕打ちに比べれば、軽い刑だな。力が足りず、すまない」
「いえ!いえ! 私はあまり重い罰は望んでいません。そんなことをしても、母は帰ってきませんし…
もう二度と会うことが無ければ、それで充分です」
「彼らの罪状は、ティリーエ母の殺害の他にも、使用人が何人か行方不明になっていること、ティリーエの虐待、それら全ての黙認、加えてティリーエの誘拐略取だ。
流刑といっても、一応領主の地位は保証されていて、衣食住はあるから死ぬことはない。
ただ、南の街より寒く、貴族ではなくなるから贅沢はできないな。あの者達には効くだろう。
ティリーエへの接触禁止例は出ているから、金輪際会うことは無い。そこは、安心して良い。
領地や家の準備、爵位返上の手続きと家移りの用意で、1ヶ月後の執行になるそうだ。
それまでは、王都の東側にある収容塔に幽閉されている」
「分かりました」
片付きつつあること、今から始まる新しいこと、自分の今後の身の振り方。
ティリーエの周囲で目まぐるしく動く流れに押しつぶされないよう、ティリーエは身を縮めて目を閉じた。




