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魔塔にて③

魔塔での第一線を退いたら、王都で治療院に務め、街の人を治す。


未来が見えてくると、何だか心が軽くなった。

おじいちゃんと2人の薬屋だった時みたいに、忙しくも穏やかに、街の人と仲良く生きる暮らしは温かくて良いと思えた。


気に入っている侯爵家の部屋を出るのが不安で寂しかったのは、きっとその先に行く宛がなかったからだ。

ご恩をたくさん頂いたセリオン様に遠征の同行を頼まれたり腕を治したり、必要とされて嬉しかったのに、それが無くなるのが寂しかったのだろう。

昨日の胸の痛みを自分で分析して納得する。

新しい就職先さえあれば、誰かに必要とされていれば、自分は大丈夫だ。



そろそろお昼休憩の時間だ。

昨日はあまり食べられなかったけど、今日は食べられそう。サンドイッチにしようか…

などと考えながら資料を作り終わり、立ち上がって図書館を出ると、、




そこには、アイシャがいた。



「ティリーエさん、お久しぶりです! ちょっとお話しても宜しいでしょうか?」


髪と同じ、水色に光る睫毛から見つめられ、ティリーエは喉を鳴らす。



「すみません、お昼休憩のお時間に」


アイシャが申し訳なさそうに断ってから話し始める。



「もうご存知かと思うのですが、うちの両親がまた、セリオン師団長に結婚の打診をしたようなのです」


あぁ、噂は本当だったんだ。

ティリーエはコクリと頷いた。


「今回は、かなり直接的な表現を使ったみたいで、親は本気みたいでした。私も年が年だから、焦りもあるみたいで…。

それで、師団長に親書を送ったから、もう間もなく迎えに来て下さると、自信があるようでした」


(へぇ…)



「私としては、師団長のことは尊敬していますし、一見怖く無愛想なようで本当は優しいことを知っています。

どうせ他に好きな人もいないし、結婚しなければいけないなら師団長が良いなって思っています。

これは以前、ティリーエさんにお話した通りです」


「はい。覚えています」


「今回の遠征でお2人を見ていたら、すごく仲良くされていて…  私、師団長が私以外の女性に親切にされている所を初めて見ました。

そこで胸がモヤモヤして初めて、私が師団長を恋愛的な意味で好きなんだって、自覚したんです」


「・・・・」


「今日こちらに伺ったのは、ティリーエさんがセリオン師団長のことをどう思っていらっしゃるか、知りたかったからです。

確か、今は一緒にお住まいでおられるとか。

もしこのまま縁談が進めば、私達は一緒に暮らすことになるのですが、その時に、このことを知らずには進めないと思うのです」



アイシャはティリーエの瞳の奥を射抜くように見つめる。氷の結晶のように煌めく瞳から、目が逸らせない。



「ティリーエさんも、セリオン師団長のことを、好いておられますか…?」



「私… 私は…」


ティリーエは逡巡しながら答えを探す。


「セリオン様にたくさん助けて頂いて、そのご恩をお返ししたくてそればかりで、この気持ちがどういうものなのか、自分でもよく分からないのです。

セリオン様のことは大好きです。ただ、結婚したいとか思ったことは、有りません」


「そうなんですか!?」


急に声を弾ませるアイシャに、ティリーエは驚いて一歩下がる。

パッと手を掴まれ、ギュッと握り込まれた。


「それは私と一緒ですね! 私もセリオン師団長に頂いたご迷惑を漱ぎ、ご恩を返したいと思っています!

ティリーエさんに恋愛的な感情がないと分かって安心しました」


ほっと、眉尻を下げるアイシャは思ったことがすぐに顔に出る、素直な女性なのだろう。

わざわざティリーエの気持ちを尋ねに来る所も、自分本位だけでは動かない優しい所を現している。



「ティリーエさん、お昼休みにお邪魔してすみませんでした!

これから一緒に住むことになったら、一緒にセリオン師団長をお支えしましょうね! 宜しくお願いします!」


最後は手を振って、笑顔で走っていった。

手を振り返すティリーエは、先程復活したと思った食欲が、全く消え失せたことを感じていた。







その夜。

久々にセリオンと一緒の晩餐だった。



「どうした? あまり食が進んでいないが…

鴨は苦手か?」


そう尋ねられて、ティリーエは顔を上げた。

セリオンがこちらを心配そうに見ている。

ティリーエは迷ったが、聞いてみることにした。



「セリオン様、アイシャ様とご結婚されるのですか?」



「ぶほっ! どこでそれを!?」


ノンナとビアードは顔面蒼白で小さく首を振っている。

3メイドも「「「はぁ!?」」」とセリオンの顔を見た。



「アイシャ様のご両親から聞いたという人がおられましたし、ご本人からも伺いました」


「そ、そうか…。もう話が広がっているのだな」


セリオンはナフキンで口を拭いてから言った。



「これまで、イーデン伯爵家から婚約の打診が幾度となくあったが、今回は確かに、かなり本気のようだった。

きちんとした返事をしなければならないと思っている」



「マジで?あの家、また?」

「相変わらずの厚かましさやな」

「まだ諦めてなかったんか」


3メイドの悪態ぶりと、ノンナ、ビアードの表情から、あまり歓迎されていないことが窺える。



「この婚約話をどうするかは、ここでまだ言えないのだ。

色々と複雑でな…

皆には心配を掛けて申し訳ないと思う」



「えぇ!?断る一択でしょうよ」

「私、あの両親が我が物顔でこの屋敷を歩くのとか無理」

「ぜぇぇったい、財産食い潰されますよ!?」


3メイドが一様にヒィィと悲鳴をあげ、どうやら歓迎されていないのはアイシャではなく、親である伯爵家当主夫妻だと分かった。



その日は結局、セリオンの気持ちと婚約の行方は分からなかった。




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