かりそめの友人(9)
「えっと、ああいたいた。ほら、買ってきたぞ」
「すごい運び方だね…………よくこぼさなかったと褒めてあげたいぐらい」
「それよりもはやく取れ、腕がプルプルしてきた」
「ああはいはい、ご苦労さまでした」
「鼈宮谷さんはともかく、お前は金よこせ。300円」
「えー。おごりじゃダメなのー」
「鼈宮谷さんは仕方ないにせよお前はちゃんと金もらってるだろ、ほら、300円」
「はいはい、しょうがないなあ」
「しょうがないってなんだ…………」
「…………これが、スパゲッティと言うんですか?」
「スパゲッティミートソース。粉から作った麺っていう細長い物体に、お肉とかトマトとかを色々炒め込んだソースをかけて食べるの。おいしいよ」
まるではじめてその物体を見るような挙動だ。
「まあ、食べてから感想を言えばいいと思うぞ。食って死ぬようなもんじゃないから」
「…………わかりました」
「あっ、食べ方はね。このフォークっていう道具でくるくるくるーって巻き取って食べるの。もぐもぐ…………こんな感じに。やってみて!」
「…………くるくる…………もぐ…………ふん…………」
「ど、どう…………?」
「…………おいしいです」
家に来たときも、最初の頃は作った料理を不思議そうな顔をして食べていた。自分がどんな食生活をしていたか覚えていないのだろうか。それはそれでかわいそうだ。
「…………ふん、ふん…………おいしいですね、これ。はじめて食べました」
「よかったぁー。お口に合わなかったらどうしようかと思ったけど。まあその時は稜希が食べてくれるし」
「オレを残飯処理係にするんじゃない」
おいしそうにスパゲッティを食べている。その表情にウソは見られない。本心でそう言っていることに間違いはないんだろうけど。
ただ…………どうしてもひっかかりを覚える。たしかに記憶喪失になった人はこれまでの経緯どころか、食事や排泄の仕方すら忘れてしまうというケースはある。
だが鼈宮谷さんの場合はどうだ。普通の受け答えができるし、三大欲求を含む生理的欲求もちゃんと意思表示ができる。ましてや授業が受けられる。
そんな人が、自分の食習慣を忘れていたりするものなのだろうか。友人になりかけている鼈宮谷さんを疑いたくはないが、結局のところちぐはぐな一面があるのも事実だ。
「どうしたの稜希? あたしたちもう食べ終わっちゃうよ?」
「ああ、すまん、急いで食べるわ」
鼈宮谷さんはウソをついていないと仮定すると、記憶喪失で食文化を忘れてしまった可能性はある。だが、スパゲッティが食べ物である程度の認識はできるのではないだろうか。