ほんのわずかな日常(11)
「稜希のほうが面白いコメントしてくれるんだもん。いいでしょ」
「…………稜希さん」
「なんだ?」
「…………結月さんを、大切にしたほうがいいですよ」
「ぶっ。どうした急に、別にいかがわしい関係なわけじゃないぞ」
「…………結月さんのような、身近にいてくれる人を大切にしてください…………きっと、それが、幸せに繋がりますから…………」
「ふ〜ん? 稜希があたしを大切にしてくれるの? ふぅ〜ん?」
「そういう世界線もあるのかもしれないな」
「あっ、ごまかした!」
また、オレは違和感を覚えた。
身近な人を大切にしてください…………それは、自分が記憶喪失という環境に置かれた孤独さから発した言葉なのだとしたら辻褄は合う。
だが…………なにかを知った上で、経験則としての発言だとしたら…………彼女はなにかを知っているのだろうか?
そもそも、鼈宮谷さんは本当に記憶喪失なのだろうか? なにか知っていることがあるのではないだろうか?
仮にそうだとしたら、鼈宮谷澪さんという人間はウソをついていることになる。
仮にウソだとしたら、なんのためにウソをついているのか。考えられる理由は…………人には言えない過去がある…………いや、自分の出自を隠すため…………?
超常現象の上で現れたんだ、実は宇宙人でしたとかのウソならあってもおかしくないのかもしれない。だが…………鼈宮谷さんの表情は、常に不安に覆われているように見える。
知らない土地、知らない人間、知らない世界にやってきたんだとしたら、そんな反応になっても不思議ではないのかもしれない。
…………オレには、鼈宮谷さんはなにか大きな…………オレたちの想像の範疇をはるかに超えるような秘密を抱えているように見える。オレの直感など、当たったことがないけど。
「どうしたのよ、目をつむって考え事なんかしちゃって」
「ああいや、なんでもないわ」
これをバカ正直に鼈宮谷さんに聞いても答えてくれるとは思えない。もし出自を隠したい意図なのであれば、その質問をすること自体がタブーのはずだ。
本当はこんなにかわいらしい女の子を疑うことなどしたくない。だが、自分の身を守るためにはこうするしかないんだ。
「稜希。お残しは許さないよ?」
「はいはい、言われなくたって全部食べるよ。腹も減ってたところだしな」
「ぷはーっ。食後のお茶はおいしいねえ!」
15分後。全員が夕食を食べ終え、一息ついていたところ。
「あたしは皿洗いと片付けをやっておくから、ふたりはリビングで適当にくつろいでて。リビングで盛っちゃダメだよ?」