ほんのわずかな日常(1)
「そんな理由で逃げてきた人が空から降ってくるんですか!? 普通に考えてあり得ると思いますか!?」
いや、空から降ってくる女の子も普通に考えてありえないと思うけど。実際に起こってしまったのだから仕方がない。
「どうしたのですか?」
奥から少し役職が高そうな初老のおじさんが出てきた。
「聞いてくださいよ! この人あたしたちの話をまるで聞こうとしないんです!」
「はあ…………わかりました。君、ちょっとどいて。私が代わりに聞きますのでもう一度お話していただけますか」
「はい。何度でも説明します。この人は――――」
流れ星が降ってくる前のドライブのことから、余すことなくすべてを話した。
「ふむ…………にわかには信じがたいのは事実ですが、こうやって当該の人物がここに来ているということはそれは真実なのでしょう」
「澪さんが思い出せないことは多いですが、少なくとも話せることがないのは本当です。どうか、記憶喪失の女の子として申請してもらえませんか」
「韜晦の可能性は否定できません。ですが、私の知識の範囲のことで恐縮ですが聞いてください」
「はい…………?」
「神隠し、と言う言葉はご存知ですよね」
「はい、知ってます」
「知ってのとおり、人や物がこつぜんと姿を消してしまうことです。日本では2019年に9歳の女の子がキャンプ場で失踪、現在も行方不明になっています。
海外の事例だと1939年に3,000人の中国兵が突然霧の中に姿を消しました。日本国内だけでも、未解決の失踪事件は数多くあります」
「澪さんは、神隠しに遭った人間だと…………?」
「正確には神隠しの『反対』に遭った人ではないかと考えています。呼称がないのでなんと呼べばいいかわかりませんが、こつ然と姿を表す…………そしてその前の記憶は持ち合わせていない…………」
「神隠しの、反対…………」
「私たちが今住んでいるこの空間には『時間』が流れています。こうやって会話をしている間にも。時の流れというのは一方向であり、すべての概念はその時間の流れに身を任せています。
ですが、なんらかの理由でうずしおのような場所に巻き込まれた場合…………時間の流れから逸脱することになります。鼈宮谷さんはそれに巻き込まれた人なのではないでしょうか」
「…………」
「なんて。私がSFの本で得た知識なんですけども。そのぐらいのことを言わないと説明ができないことが起こっているのですよ」