夏だ!旅行だ!下町だ!
「公爵令嬢ですが、婚約者ではない男性ど音楽室に閉じ込められました」のお話の続編になります。
奇跡の三大スキルを持つ兄妹達の夏休みを一緒に楽しんで下さったら嬉しいです。
その年の春、リンドル王国のバーキング公爵は、愛する妻、シアルーンと結婚してから一度も旅行に行っていない事に気がついた。
これはいけない。いつも仕事で忙しくして寂しい思いをさせているのだ。
そうだ!家族で旅行に行こう!
行き先は、シアルーンの実家であるアドレイ公爵領に里帰りしよう!
飛行船の予約をするよう側近に言ったアランフリードは、そうだ、あれもいるかもしれないと、ある物の手配をするよう重ねて言ったのだった。
「まあ、アドレイ公爵領にお里帰りですか?それは楽しみですね!」
バーキング公爵の妻シアルーンは、オランドールの西を治めるアドレイ公爵の長女だった。
公爵家の一人娘として育ったシアルーンは、王太子の婚約者となったのだが、優秀なシアルーンに嫉妬した王太子は、彼女を罠に嵌めて婚約破棄を狙った。
それをアランフリードが助けた縁で二人は結ばれたのだった。
シアルーンの侍女であるアンナもアドレイ公爵領の領都であるボンズの大きな商家の娘である。
アンナの実家は、アンナが子供の頃までは下町にある小さな店を営んでいたのだが、商才があったらしい父が店を大きくして、公爵家に娘をメイドとして行かせられるくらい金持ちになったのだった。
「母上、ボンズはどんな街なのですか?」
長男のトーマスが、読んでいた本から目を離し聞いた。
トーマスは、〈移動の極意〉という三大奇跡スキルの持ち主である。
一瞬で離れた場所に瞬間移動できる能力を持っている。
「そうね、バサドンナ公園っていう大きな公園があるわね。
アドレイ領は、昔から薔薇の品種改良が得意なの。
だから、公園には新種の薔薇が植えられて、外国から観光に来る人もいるのよ」
長女のアンダルシアも訪ねた。
「母さま、剣を振る場所もありますか?」
アンダルシアのスキルは、優秀な剣士が多く持つ
〈炎の剣〉である。
これは、振る時に魔力を載せると炎を纏って攻撃できるのだ。
普通に振るだけに比べ、攻撃範囲は2倍、威力も2倍になると言われている。
まだアンダルシアは7才なので魔力が少ないから威力も低いが、成人して魔力が増えれば王都の近衛騎士団でも通用するようになるかもしれない。
アンダルシアは、毎日剣の訓練を欠かさないのだった。
「公爵邸の騎士団訓練場は広いわよ。女性の騎士も何人かいるし、相手をしてもらえるよう頼んでおくわね」
「お母ちゃま、おじいちゃまの所にも金の蝿がいますか?」
次男のラグナスは3才になったばかりだが、〈緑の宝〉という、これも三大奇跡スキルの持ち主である。
このスキルを持つ者は、馬や牛の糞に魔力を混ぜる事で特別に植物を成長させる肥料を作る事ができるのだ。
このスキルを得る為には、馬や牛の糞を素手で○○しなければならないのだが、ラグナスは、その時見た金色の蝿に魅せられ、彼は今金の蝿に夢中である。
なので母や侍女達に見つからないよう厩に通う毎日だった。
「ラグナス、お祖父様の所にも金の蝿はいますが、
お部屋に金の蝿を連れてきてはいけませんよ!」
シアルーンは、この事だけは、強くラグナスに命令した。
そして、バークレイ公爵一家は、たくさんのお土産を持って飛行船に乗ってアドレイ公爵領への夏休み旅行に向かったのだった。
快晴の夏空の中、飛行船は順調に進んでいた。
「ああ、ボンズが懐かしいです。下町の皆は元気かしら?」
アンナの言葉にトーマスが尋ねた。
「下町の子供は、皆何をして遊ぶの?」
「下町では子供の数が多いので、10人くらいでグループを作って遊ぶのですよ。
そのグループ内では序列というものがあって、いろいろな勝負で序列が決まるのです。
例えばかけっこですとか、木登りですとか、チャンバラごっことかですね。
序列の低い者は、高い者の言う事を聞かなければなりません。
でもその代わりに高い者は、低い者を守らなければならないのです」
「序列の高い者が言う事と、母上の言う事が違ったらどうするの?」
「下町は、子供の付き合いに親が入って来るのを嫌います。
子供の問題は子供が解決するのです。
親が介入すると、囃し歌を歌ってその親子を馬鹿にするのですよ。
「どんな歌?」トーマスの問いにアンナは「コホン」と咳払いして歌い出した。
「いーけないんだ!いけないんだ!
子供の喧嘩に親が出る!
子供の喧嘩に親を出す!
お前の母ちゃん出ーべそ!」です。
「この歌を歌われたら、下町では大変な不名誉で、
その子は、そのグループではもう遊んでもらえないのです」
アンナの話に一家全員が引き込まれていた。
「僕、下町に行ってみたいな」
トーマスの言葉に、アンナは言った。
「坊っちゃま達の訪問をアドレイ公爵の皆様や、ご親戚、ご友人の方々が首を長くしてお待ちになっていますからね。
下町に行く時間がありましたら良いのですが…。
もし時間が取れそうでしたら、一応下町で浮かないような服を準備してますので、私と夫のダウマンが付き添って参りますから、それをお待ち下さいね」
歓迎の晩餐会や舞踏会に昼食会…。
トーマスは、想像してウンザリしたのであった。
そして次の日の朝、飛行船は空港に到着した。
そこから馬車で1泊しながら街道を進み、一向は夕方になってアドレイ公爵領の領都、ボンズに到着したのだった。
その日は皆疲れていたので、お祖父様であるアドレイ公爵と夕食を共にとるだけで休んだ。
そして次の日、アンナが子供達を起こしに行くと、
ベッドから3人の姿が消えていた。
「下町に遊びに行ってきます」の書き置きを残して…。
トーマスとアンダルシアとラグナスは、出店で買ったホットドックを食べながら、下町を歩いていた、
アンナが子供の平民服を用意したのは知っていたので、トーマスとラグナスは、少年が着るシャツとズボン。
女の子のアンダルシアには、ワンピースが用意されていたのだが、彼女も男の子の格好がしたかったので、古着屋でワンピースを売って、シャツとズボンと帽子を手に入れていた。
男の子の服を着て、長い髪を結んで帽子に入れたら男の子にしか見えなかった。
名前もアンディと呼ぶ事に決めて、3人は下町を楽しんでいた。
3人が川にかかる橋を歩いていた時に、下の川から子供達の賑やかな声がした。
「俺は3回だ」 「俺は2回だった」「俺なんか5回だせ!!」
トーマス達が下を覗き込むと、10人くらいの子供達が、石を川に投げて、何回弾むかを競っているようだった。
「近くに行って見てみよう!」
3人は、子供達の方へ向かった。
「俺はトーマス。こっちはい…弟のアンディとラグナス。一緒に遊ばないか?」
トーマスの言葉に「良いよ」と了承した彼らは、一緒に石を投げた。
トーマスはしばらく練習したら5回弾むようになった。
「お前すげーな。前にやった事あるのか?」
肉屋の息子でベンと言う男の子は、そう言って話し掛けてきた。
「いや、今日が初めてだ。ベンは?」
「俺は2回目だ。いつもはテンジ地区の方で遊んでる」
「そうか、俺達兄弟は祖父さんちに遊びに来たんだ。家はもっと北の方」
「北って言ったら、オルゲフの方か?」
「うん、まあその辺」
「そうか、遠くから来たんだな」
「今から木登り競争するんだが、お前達も来るか?」
「ああ、行かせてくれ!」
兄妹は、上手く地元の子供達の仲間に入れてもらえたようだった。