8.エピローグ
想いが通じあった満月の夜からひと月が経ちました。
あの夜、どうしてセイブル伯爵様が庭にいたのか聞いたところ、見つからなかった私の精霊の卵が不思議なくらい気になって庭に出たそうです。庭に出てみると淡く煌めく光がセイブル伯爵様を誘うように光っており、その光に付いていくと私がカーテンにしがみつき落ちそうになっているのを見つけて本当に驚いたと言っていました。
子供たちと精霊の卵探しをしても私の精霊の卵は見つからないままです。
春のあたたかな陽射しがカーテンのレースを透けて、やわらかな春風は花の匂いを夫婦の部屋に届けます。侍女のエラにお仕着せではなく白色のワンピースを着せてもらうとナードは定位置の肩に乗りました。
子供たちに手を引かれてたどり着いたのはマーガレットの花畑。細く可憐な花びらたちがセイブル伯爵邸の庭に咲き誇っている風景があまりに美しくてため息がこぼれてしまいました。
「レオナード様、すごく綺麗ですね……っ」
「そうですね」
隣にいるセイブル伯爵様を見上げると、私の視線に気づいたセイブル伯爵様が私に顔を向けます。その黒い瞳を優しく細めたので、とくん、と胸が高鳴りました。
あれからセイブル伯爵様は、緑色のかつらや色レンズを外してレオナード様として過ごしています。見た目だけで言い寄られるのが煩わしくてあのような変装をしていたそうです。オドレーナ様はレモングラスみたいでしたと伝えたところ、セイブル伯爵邸の庭でレモングラスを育てることになりました。
最近のセイブル伯爵様は黒い英雄と呼ばれています。黒い噂はクルール王国の膿を出しきるために流していたもので、もうすべてが片付いて一段落したことをあっさり告げられて驚いてしまいました。
弟のエリックからセイブル伯爵様が義理の兄で誇らしいという手紙が王立学園の寮から届いたことを伝えると、私が嫌な思いをしないように色々と手を回したことを打ち明けてくださって驚きつつ感激してしまいました。
「マーガレットお姉ちゃん、これ作ったの!」
「まあ、マーガレットの花かんむりね。とっても上手にできたわね」
「マーガレットお姉ちゃんにあげるね」
黒リスのナードと一緒に戻ってきた子供たちからマーガレットの花かんむりを頭に乗せてもらいます。にこにこ笑う子供たちにつられて微笑みました。
「マーガレットお姉ちゃん、花嫁さんみたい」
「すっごくかわいい!」
「レオナードさんもそう思うでしょう?」
きらきらした子供たちの視線を浴びたセイブル伯爵様の深い黒色の瞳に私が映ります。
「とても綺麗だと思います」
「あ、ありがとうございます……」
顔を綻ばせた甘い声色に心臓が大きく跳ねて、頬が紅潮するのを感じました。想いを通わせてからセイブル伯爵様の言葉や態度が甘やかなのでときめきに溺れてしまいそうになります。
甘い瞳のセイブル伯爵様に見つめられるのが恥ずかしくて視線を左右に彷徨わせていると、子供たちの嬉しそうな声があがりました。
「ねえねえ、これからマーガレットお姉ちゃんとレオナードさんの結婚式をしようよ」
子供たちの言葉に驚いてセイブル伯爵様を見つめました。
「マーガレット、結婚式のやり直しをさせてもらえませんか?」
セイブル伯爵様は私に優しく微笑み、やわらかな瞳で見つめ返されたので、戸惑いながらもうなずきます。
セイブル伯爵様が私の前で跪きました。
「私、レオナード・セイブルは、マーガレット・セイブルといかなる時も共にいて愛することを誓います」
私の片手をセイブル伯爵様の大きな手が包み込むように握ります。
初めてお会いした日に挙げた結婚式の結婚の宣誓とはまったく異なる真摯な言葉と真剣なまなざしが私の心を揺らして涙がひと筋、頬を伝っていきました。そんな私を見つめるセイブル伯爵様の瞳はとても優しくて、またそれが嬉しくて、本当に嬉しくて、涙があふれて止まらなくなってしまいます。
「マーガレット、愛しています」
嬉しそうに目を細めたセイブル伯爵様が私の手の甲に唇を当てました。
その口づけからセイブル伯爵様の気持ちが流れてくるみたいで胸がいっぱいになってしまいます。
私もセイブル伯爵様の瞳を見つめました。
「私、マーガレット・セイブルは、レオナード・セイブルといかなる時も共にいて愛することを誓います」
私の気持ちもセイブル伯爵様に届くように心を込めて誓いの言葉を口にします。
立ち上がったセイブル伯爵様に引き寄せられ、涙を親指で拭われました。
見つめあえば自然と笑みがこぼれてきてしまい、また見つめあうとセイブル伯爵様の端正な顔が近づいてきて唇にやわらかな感触を落とします。
「マーガレット、これからもずっと一緒ですよ」
「はい……っ。大好きです、レオナード様」
幸せそうに微笑むセイブル伯爵様を見て、私も同じくらい幸せに笑ってうなずきます。
愛おしそうに見つめられて、愛おしく見つめて、それから惹きあうように見つめあいました。
はらり、またはらり――…
子供たちの祝福の言葉に顔をあげれば、真実の愛が花言葉のマーガレットの白い花びらが光に透けて青空をはらりはらりと舞ってきました。
こうしてセイブル伯爵邸のマーガレットの花畑でみんなに祝福されながら二度目の結婚式を挙げた私たちは、本当の夫婦としてこれからの人生を一緒に歩んでいきます。
おしまい