6.精霊の卵探し
月明かりに照らされた庭は精霊が生まれるのに相応しい神秘的な気配に満ちていました。
「マーガレット様、ちゃんと場所は覚えていますか?」
「ちゃんと覚えてきたから大丈夫だと思うわ。オドレーナ様、付き合ってくれてありがとうございます」
「怪我をされると困りますからね」
素っ気ない言葉なのに優しく感じる声色に気づいたら頬が緩んでいます。
明日の朝に子供たちが精霊の卵探しをしても精霊の卵が見つからないように回収しようと思っていたら寝てしまったナードの代わりにオドレーナ様が手伝ってくれることになりました。
「これで全部だわ……っ!」
子供たちの精霊の卵をすべてを大きなバスケットに集め終わって安心しているとオドレーナ様が口をひらきます。
「マーガレット様の精霊の卵はどこですか?」
「実はこの木の根元に隠したはずなのに見つからなくて……。もしかして精霊が生まれたかもしれないわよね?」
「子供たちより真剣に描いてましたからね」
いつもより深い緑色の瞳が楽しそうに笑うので思わず私が口を尖らせてしまうと、オドレーナ様はさらに肩を震わせました。たわいもないけれど、私の心臓だけが跳ねてしまうやり取りをしながら私たちは精霊の卵を隠していた木の回りをじっくり慎重に歩いて探します。
「、っ!」
木の根につまずいたところをオドレーナ様が力強く私の腕を引き寄せてくれました。掴まれたところが熱くて、甘くて優しい香りがとても近くて、至近距離で見つめあう深緑の瞳に心拍数が上がっていきます。
「あ、ありがとうございます……」
「危なっかしいですね」
呆れたような言葉なのに、安心したように目尻を下げる仕草に私の心臓がひときわ大きく跳ねました。オドレーナ様の体温と匂いを心地よいと感じてはいけないとわかっているのに、そう思えば思うほど胸が苦しくなります。
このまま見つめていたら私のオドレーナ様への想いが月明かりの下で見透かされてしまうと思うのに、どこかで見透かされてしまいたいという相反する気持ちがせめぎ合って、その神秘的な深緑のまなざしから逸らすことができません。
「……マーガレット様」
オドレーナ様から名前を呼ばれるだけで、深緑色の瞳に見つめられるだけで、胸の奥が震えるように嬉しくて、心の中にあかりが灯るようにあたたかくなります。
私はオドレーナ様のことを好きなんだと気付かされてしまいました――…
「今夜、セイブル伯爵が部屋にまいります」
私の想いに蓋をしていたものが溢れてしまった途端に頭を殴られたような衝撃を受けます。
オドレーナ様はセイブル伯爵様のために私の面倒を見ていたと知っていたはずなのに、オドレーナ様に懸想してしまった自分が恥ずかしくなりました。浮かんできそうな涙をうつむいて下唇を噛んで堪えます。
こうして私は初めての恋に気づいた途端にあっという間に失恋をしてしまいました。
◇
セイブル伯爵邸に戻った私は侍女のエラたちに部屋の壁際に追い詰められています。
「あ、あの、少し落ち着きましょう……?」
「マーガレット様、これが落ち着いていられると思いますか? いいえ、無理ですわ!」
とても興奮した様子のエラたちに落ち着いてもらおうとしても冷めるどころか熱が高まりました。
「マーガレット様が嫁いでもうすぐ一年という今日にようやく待ちに待った初夜ですもの……! わたしたちが腕によりをかけて磨いて差し上げますわ」
「わたくしたち、ずっとマーガレット様を奥様とお呼びしたかったのです! 本当に嬉しいです!」
いつも楽しくお話していた侍女のみなさまがとてもいい笑顔を向けてきますが、私は初夜という言葉にとても驚いて固まってしまいます。
私の思考が追いつかないまま頭の先から爪の先まで磨かれて上品なお花の匂いのする香油を塗りこめられるとお仕着せではなくひらひらしている夜着を着せられました。
「さあ、完成ですわ」
エラを含めた侍女たちが満足そうにうなずいて部屋を出ていくと広い部屋に一人取り残されます。
セイブル伯爵様がこの部屋をまもなく訪れたら今度こそ初夜だなんて気持ちがまったく追いつきません。くうくう眠るナードの背中を撫でてみても焦りだけが膨れていきました。
甘い色の夜着の上に黒いガウンを羽織って窓辺に駆け寄ります。どうしても今日は、恋に気づいてしまった今日だけはセイブル伯爵様に会いたくなくて、セイブル伯爵様と会う前に私の気持ちの整理をする時間がどうしても欲しいと思いました。気づいたらベッドのシーツを剥がして柱にくくりつけていました。
お転婆だと何度もお母様に怒られていましたがシャムロック領で木登りをして遊んでいたことをこれほど感謝したことはありません。
こうして窓からシーツを垂らして地面に届いたことを確認できた私は、あっという間に部屋を抜け出すことを決意しました。
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あと2話、見守ってくださったら心強いです♪