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第2話 嫌われ令嬢は異世界で目覚める

 豪華なベッドの上で目を覚ました私は、違和感を覚えていた。


 ──私のいるこの部屋は何だ?


 異様に広いし、調度品なども豪華だ。まるで近世の貴族令嬢の部屋のような…


 次の瞬間、私は頭に激しい激痛を覚えた。

 と同時に私の頭の中を記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 しかし、それは私ではない誰かの記憶だった。


 そして頭の中で声が聞こえた。

『あんた誰よ!この体は私のものよ。出て行きなさいよ!』


 こんな幻聴が聞こえるなんて…

 統合失調症にでもなってしまったのだろうか…


 そして頭痛は更に酷くなり、私は吐き気を催した。

 私は耐えられず、床の上の上に嘔吐した。何度も何度も…


 出すものを出し尽くして少しだけ楽になった私は、ベッドの上に横になると頭を押さえて縮こまり痛みを耐えた。そしていつしか意識を失っていた。


 次に目を覚ました時、私は女の人に声をかけられた。

「お目覚めになられましたか。姫殿下。お体の加減がいかがでしょうか?三日三晩も熱にうなされていて、とても心配していたのですよ」


 見ると典型的な侍女の服を着ている。そしてなぜか私は彼女の名前を知っていた。私に流れ込んできた記憶にあったからだ。


「アデーレ。ありがとう。ずっと看病してくれていたのね」

 するとアデーレは怪訝(けげん)そうな顔をしている。


 私ははっと気づいた。この体の持ち主は気が強く、反抗的な性格だったようだ。侍女やメイドを見下し、素直に礼を言うようなことはなかったに違いない。

 このため、突然態度が変わったことに違和感を覚えたようだ。


 私は、横から割り込んできてこの体を乗っ取ってしまったようだが、今この体を支配しているのは私だ。口調などはそうそう変えられるものではない。

 私は私だ。そこはもう割り切ることにしよう。


「何か召し上がられますか?」


 私はまだ頭痛の残滓(ざんし)のようなものが残っていて気分が優れなかったが、喉は乾いていた。熱のせいでだいぶ汗をかいたのだろう。


「何かスッキリとした飲み物が欲しいわ」

「では、ハーブティをお持ちしましょう」


「いいわね。お願いするわ」


 アデーレが準備のため部屋を出て行った隙に私は今の状況を整理してみることにした。


 部屋の鏡に今の体を写してみる。

 淡い色の金髪に濃い色の碧眼。鼻筋は通っており、艶々(つやつや)としたピンク色の薄い唇に細面(ほそおもて)の顔。

 明らかに日本人とは異なる容姿だ。


 流れ込んできた記憶をたどると、この体の持ち主の名前は、マリア・アマ―リア・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン。年齢は14歳。

 母は神聖ローマ帝国のハプスブルク朝でもっとも有名なマリア・テレジアである。これでピンとこない人はフランス革命で断頭台の露と消えたマリー・アントワネットの母と言えばわかるだろうか…


 少女時代のマリア・テレジアの肖像画を見たことがあるが、親子だけあってよく似ている。ただ、目じりは少し吊り上がり気味で気の強さがうかがえた。


 この事実からすると過去の世界へ転移したようにも思える。

 が、更に記憶を探ると世界観が元の世界の過去のものとはズレていることに気づいた。


 私は風俗史が専門ではないが、近世にはまともなトイレというものがなかったことくらいは知っていた。

 が、このシェーンブルン宮殿には現代日本と同じような水洗トイレが完備されていた。どうもこの世界の生活様式は現代日本を基本に近世のテイストをミックスしたようなもののようだ。


 こうなってくると、この世界は例の乙女ゲーム「ハプスブルクの夢」の世界のように思える。しかし、そのようなことが起こり得るのだろうか。


 そこまで考えたところで、アデーレがハーブティを持ってきてくれたので、いただくことにする。


 (のど)が渇き切っていたので、ハーブティが五臓六腑に染み渡る感じがした。優れなかった気分もだいぶ落ち着いた。


「ありがとう。だいぶ落ち着いたわ」

「それはようございました。何かお食事でも召し上がりますか?」


「そうね。消化に良さようなものを少しだけいただこうかしら」

「承知いたしました」


 そして朝食もどきを食べた私は、徐々に復調してきているようだった。が、まだ体がだるい。

 横になった私は、また寝入ってしまった。


 夕刻。

 再び目覚めると体はだいぶ落ち着いてきていた。


「間もなく夕食ですが、皆様と一緒に食べられますか?」

 とアデーレが聞きにきた。


 私は家族のことを知ることがまず先決だと思い、この提案を受けることにする。


「そうね。一緒に食べるわ」

「承知いたしました」


 それからアデーレに衣服を着替えさせてもらう。普段着なはずだが、ずいぶんと豪華なドレスだ。ハプスブルク家の皇女ともなれば、普段着からして違うのだと思った。


 着替えに手間取ったので、ダイニングに着いたのは私が最後だった。これはまた(ぜい)を尽くした部屋でびっくりした。


 そしてそれとなく家族を見渡してみる。

 巨大な細長いテーブルのお誕生席に座っている女性がマリア・テレジアだろう。肖像画にそっくりで威厳に満ちた感じだ。

 その横に座っている年配の男性が夫のフランツⅠ世・シュテファンだ。年齢が50を過ぎているせいか少しくたびれている感じがする。


 遅れてきた私を、マリア・テレジアは(にら)んでいる。

 が、こういう場合の返し方も思い浮かばないのでスルーする。


 なにしろ元の私はその反攻的な態度のせいで、母子の関係は最悪だった。下手なことを口にして反感を買うよりは黙っているに限ると思ったのだ。口は災いの元である。


 兄弟は驚くほど多い。

 兄が2人に姉が3人。それに弟が3人に妹が2人。私を入れると合計11人だ。


 父のフランツがお祈りをして食事が始まった。

 会話はあまりない。せいぜい姉で次女のマリア・クリスティーナや3女のマリア・エリーザベトが二言三言話したくらいだ。


 ふと母のマリア・テレジアが(おごそ)かに言った。

「アマーリア。体調の方はどうなのか?」


 場の雰囲気が緊張したのがわかる。

 母が私に声をかけるなど、意外だったのだろう。そして皆が一波乱あることを懸念しているに違いない。

 だが私は元の私ではない。ここは私流に答えるしかない。


「まだ完全ではありませんが、だいぶ回復してきました。ご心配いただきありがとうございます。お母さま」

「そうか。ならばよい」


 たったそれだけの会話だったが、当事者以外の皆が目を見張って驚いている様がうかがえた。

 声にこそ出さなかったが、(あのアマーリアが素直に謝意を伝えるなんて…)と聞こえてきそうである。


 ──よほど酷く反抗していたのね…


 私の中の記憶や家族の反応の様子を見てそう察した私は、(これからこの世界で穏便に過ごしていくためには、まずは母との関係改善が不可欠だわ)と決意した。

お読みいただきありがとうございます。


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