002.ノワの方舟2
ふていき
アルバイトを終えて家に帰るとママが倒れていた、ぽかりと胸に穴を開けて。
「ママ?」
生きてる、筈がない
私達、機械生命体が、数多に存在する人種の中で怪我や病気に強いと言われていても、主要な臓器を失っては助からない。
「ノ・・・、ワ・・・」
生きてる筈がないのにママは喋った
息も絶え絶えに、声にノイズをのせて。
機械生命体の体液は赤だ。
私は半機械生命体
ママもハーフと聞いていたのに、穴の空いた胸から溢れている体液は人造機械の白色の体液だった。
どうして?
ママが機械? 、違、怪我、誰が? なんで?
「ノワ、・・・ル、」
「ッ、ママ!!」
ノイズ混じりに私を呼ぶ声に我に返る
傍に駆け寄るとママの瞳が明滅していた
「の、ワ、ごめ・・・ネ」
なんでっ、どうして
ゴボゴボと口から白い泡を吐き出しながらママは言った。
「スグ、ニゲ、テ、ドレイク、頼ッ、」
「ドレイクって誰!? それより怪我を治さないと」
「ノワ、わタシの娘、愛シ・・・」
「ママ! ママ!!」
会話は成り立たなかった
ママは最期の力を振り絞っていたのか、瞳から光が失われて停まってしまった。
ぼう然と何も考えられない、その時だった、背後からジリと足音が聴こえた。
私はママの傍に転がっていた護身用の熱線銃に飛びつき、反射的に背後に向かって構えた。
「おーっと、待ちなノワール、アタシは味方さ」
そこに立っていたのは茜色のくせっ毛を持った、眼帯を着けた大柄な女だった。
飄々とした態度でヒラヒラと両の手を挙げて笑う。
「・・・誰、ママを撃った奴?」
ママは襲われたんだ
少なくとも今手の中にある熱線銃での自殺じゃない。
胸に空いた穴の様子を見る限りは光線銃だ、熱線銃なら断面は溶けているか焦げている。
「違う、アタシの名前はドレイク、そこに倒れているマリアスティーネの友人さ、旧い付き合いのね」
「ドレイク?」
「ああ、マリーからは聞いてないのかい?」
「今、頼って、って」
「・・・そんだけかい?」
熱線銃を構えたまま私は小さく頷く
ママが最期に言ったとしても、その「ドレイク」という人物を私は知らない、簡単に信用する訳にはいかないし、何より現れるタイミングが良過ぎた。
「マリーの奴マジかよ・・・、アタシの事何も聞いてない? アンタの、ノワールの出自とかは?」
「知らない」
「ウソだろ・・・」
自称ドレイクは乱雑に髪をかいた
私は熱線銃のセーフティーを外して、出力を最大まで上げた。
そもそも格好からして怪し過ぎる、眼帯もそうだし、クラシカルパイレーツの様な金の刺繍入りで裏地は紅の黒いロングコートに三角形の海賊帽。
コスプレ紛いの格好でママの友人と名乗られても信用なんて出来る筈がない。
「あー・・・、時間にあまり余裕がないから、ザックリ説明すると、ノワール、アンタを守ってくれってマリーに依頼されたんだ。
アタシは宇宙海賊狩りの傭兵で、これは正式にギルドを通して依頼されたものでもある」
「・・・」
「良いか、今から端末を取り出すから撃つなよ?」
ゆっくりとした動きでドレイクはコートの内側に手を差し込んだ。
私はトリガーに指を掛ける
「ほら、電子契約書、そっちに飛ばすから確認してくれ」
端末を操作したドレイクは契約書を近接通信で投げてきた、私の視野角情報表示、HUDに電子契約書が表示される。
それは公的な契約書で確かにママが傭兵ギルドを通して依頼していた。
私の護衛と独り立ちする迄の保護と支援だ、ママのサイン、ギルドの電子印璽、本人のライセンス、これらは偽造出来ないので間違いない。
熱線銃を下ろすとドレイクはハアとため息をついて手を下ろした。
「私の出自って? ママはなんで殺されたの? アンドロイドだなんて聞いてない、ドレイクは何を知ってるの? 誰がママを・・・」
「あー待て待て!話すと長くなるから一先ずアタシの船に・・・ッ!」
話し始めると同時にチュンッ!と
白色の光線が家の中に飛び込んで来た。
***
「こっちだよ!」
「はあはあ、っうん・・・」
キャプテンを先頭に私達は航宙艦ドックへ向けて移動していた。
私を狙って襲って来ている連中を撃退しながらキャプテンの艦を目指している。
家の中で撃たれた時はビックリしたものの、キャプテンは火線を外して逆に相手を返り討ちにしてしまった。
倒れた相手は粗暴な風体で、どこから見ても宇宙海賊のような奴らだった。
そこら中に敵が居るみたいで、どうにか路地を駆使して漸く港湾区画へとたどり着いたのであった。
キャプテン・ドレイク、名乗った彼女はキャプテンと呼びな!と言うので、そう呼んでいる。
「ふう、流石に港湾区画は安全だろう」
キャプテンは光線銃をホルスターに戻して歩き出す、私もそれについて行く。
港湾は数十層にも及ぶコロニーの要だ、ターミナルに足を踏み入れると眼下には多くの航宙艦が目に入る。
民間の小型機から、企業や軍の中型機以上の艦が並ぶ姿は壮観だ。
私はゲーム・・・、昔からプレイしていたシムの影響で航宙艦が大好きでよくママにお願いしてこのターミナルまで見に来ていた。
「アタシの船はアレだ」
キャプテンが指を差した先には綺麗な小型艦が停泊していた。
茜色と黒のカラーリングに彩られ、武装が施された戦闘艦だ。
「アレって、ゼクセリオン・コーポレーションの新型じゃ・・・」
「お、よく知ってるねえ? そうだよ!機体更新して漸く手に入れた新造艦、その名もブラックダイヤモン・・・」
自慢げにキャプテンが言った瞬間。
新造艦を一筋の閃光が貫き、爆発した。
港湾もターミナルも赤色灯とアラームが鳴り響いて大騒ぎになる。
燃え盛る新造艦は目の前で緊急射出されて、あっという間にコロニー外へと飛ばされた。
港湾内での安全を考えるとマニュアル通りの対応で、小さな点になった艦は遠くで明るく輝き、爆散した。
「・・・」
指を差したまま固まるキャプテンには流石に掛ける言葉が無い。
ゼクセリオン・コーポレーションでアルバイトしていたので、勿論あの新型艦の価格も知っている。
ハイエンド機の基本構成のみで12億3980万マニ。
航宙艦、特に戦闘艦となるとジェネレーターからスラスター、装甲、シールド、武装、その他諸々は換装してオーナーの求める構成に組み上げるのが一般的だ。
多分15億マニはくだらない、そんな新造艦が目の前で・・・
とは言え、このまま立ち尽くす訳にも行かない、私は消え去った光からキャプテンに目を向けた。
「あ、キャプテン!」
キャプテンより向こう、数十m先に銃を構える数人が視界に入った。
慌てて体当たりしてみたけど、キャプテンは体格がかなり良く、私は小柄だった。
僅かに身体を横に押せた瞬間、目の前に見えていたキャプテンの左腕が蒸発して消えた。
「ッ!」
くぐもった呻き声は一瞬、右腕で銃を抜き取ったキャプテンは撃ち返しながら近くにあったコンテナの陰に身を隠した。
「馬鹿野郎!娘に当たったら取り返しがつかねえんだぞ!軽々しく撃つんじゃねえ!」
そんな怒鳴り声が響く。
「チッ、しくじったねぇ」
「キャプテン、腕が・・・」
「騒ぐな、腕なんざ幾らでも生えてくる、それより医療キットがベルトポーチに入ってる」
「あ、は、はい!」
キャプテンは銃で牽制しながら敵を睨みつけている、手一杯なので私が医療用簡易ナノアンプルを取り出して、無くなってしまった左腕の断面に投与した。
携帯用の簡易キットでも鎮痛・止血効果は十分で、間もなく血は止まる。
「良しっ!取り敢えず・・・」
「取り敢えず?」
「ノワール行きなあっ!!」
「えっ、ぎゃあああ!!!」
キャプテンはニヤリと笑って私を見たかと思えば、なんとコンテナの陰から私を蹴り出した。
「なっ!? 娘だ!撃つなー!絶対撃つな!」
「ハッハー!オラオラ逝っちまいな!」
慌ててその場に伏せた私の頭上をキャプテンが放ったレーザーが大量に通り過ぎていった。