かぶりスキル
いせかーい、異世界のことでした。
あるところに、魔王討伐を決意した、ひとりの戦士がおりました。
実はこの異世界、資格を持った者のみが与えられる『スキル』というものが存在し、そのスキルは4つに点在する『スキル伝授所』で1人1つずつ、全部で4つまで持つことができるのでした。
そして、いま旅を続けている戦士も、最初のスキル伝授所を訪れ、ひとつ目のスキル『一撃必殺』を授かっていました。
ちなみに、この『一撃必殺』というスキルは、装備した武器に関わらず、攻撃した相手を瀕死にする……というスキルです。
戦士の旅は大変楽になりました。なにせ、このスキルのおかげで立ちふさがる敵をばっさばっさと倒せるのですから。
戦士は、意気揚々とふたつ目のスキル伝授所に向かいます。
……ですが世の中、そんなに楽ができるはずがありません。
途中、戦士はうっそうと生い茂る森を発見します。戦士にとって初見であるこの森、本来なら仲間を見つけて、迷子にならないように何人かと入るべきでしょうが、戦士は『一撃必殺』のスキルを過信し、ひとりで森に入って行きました。
戦士は森を切り裂くように、ずんずん前へ前へと進んで行きます。そんな戦士を襲ってきたのは、戦士の頭上をゆらゆら浮遊するオバケ……幽霊でした。
ですが、戦士は幽霊なんか怖くありません。だって『一撃必殺』のスキルがあるのですから。
そう思って戦士は、何のためらいも無く『一撃必殺』のスキルをはなちます。
……ところが、どうしたことでしょう? 戦士の剣にはなんの手応えもありません。
戦士は、空中にたくさん浮遊する幽霊に向かって、なんども何度も『一撃必殺』のスキルを発動しますが、一向に手応えはありません。
それもそうでしょう。だって相手は幽霊。とっくに死んでいます。端から瀕死になるわけが無いのです。
戦士がそのことに気付いたのは、幽霊が戦士に向かっていっせいに襲いかかってきた時でした。
戦士は、大量の幽霊に背中を見せると、森の外めざして、脱兎のごとく駆け出すのでした。
………………何とか幽霊を振り切り、森の外に出ることができた戦士……目の前の切り株に、身体をあずけるように倒れこみ、少し身体を休めます。
……この時、戦士の目から涙があふれ出していたのは、墓場までの秘密です。
切り株で一休みした戦士は、再びふたつ目のスキル伝授所に向かって歩き出します。
3日後、伝授所がある小さな村に着くことができた戦士。その間、幽霊におびえ、夜寝るに寝られなかったのは墓場までの秘密です。
村についた戦士は、さっそくスキル伝授所に向かい、新しいスキルを授かりに行きます。
スキル伝授所は、小さな石造りの建物でした。
戦士は、扉をノックすると中から、どうぞ、という声が聞こえて来ました。
戦士は言われた通りに建物の中に入ると、そこには、石で出来た教壇に、ひとりの神父が立っておりました。
神父はさっそく、戦士に向かって手を差し出し、自分の前に膝まづくよう促します。
戦士は、言われるがままに神父の前に膝まづくと、神父は戦士の頭に手をかざし、なにかを祈り始めます。
すると、どうしたことでしょう? 戦士の頭が、神々しく輝き始めたではありませんか。
しばしの間、祈り続ける神父……光は、少しづつ小さくなって行きます。
そして光が完全に消えると、神父は、戦士の頭から手をはなし、新たなスキルが伝授された事を厳かに告げます。
戦士が新たに授かったスキル……それは『渾身の一撃』でした。
戦士は頭を上げ、心弾ませながら神父に『渾身の一撃』がどんなスキルなのか、神父に問います。
……しかし、神父から返ってきた答えを聞いた瞬間、戦士の身体は固まってしまいます。
それもそうでしょう。なぜなら、この『渾身の一撃』というスキル、装備した武器に関わらず、攻撃した相手を瀕死にする……というものだったのですから。
まさか、最初のスキル伝授所でもらったスキル『一撃必殺』と効果が丸かぶりするなんて、神様でもわからなかったでしょう。
スキルが丸かぶりしたのがよほどショックだったのでしょう……戦士は、とても重い足取りでスキル伝授所をあとにします。
幽霊に対抗する手段が無くなった今……戦士は足を引きずり、うつろな目で村の宿屋に向かいます。
……と、その時でした。突然、草の茂みからうなだれながら歩く戦士に向かって抱きつく、謎の女性がいました。
驚いた戦士は、懸命にその女性を引きはがそうとしますが、見た目よりも強い腕力に、戦士は四苦八苦します。
とうとう根負けした戦士は、抱きついてきた謎の女性と地面にへたりこみ、謎の女性に、なぜこんな事をしたのか問います。
すると謎の女性は、ようやく頭を上げ、訳を話はじめました。
話によると、謎の女性の正体は、戦士と同じく魔王討伐を夢見てひとり旅を始めた、女魔法使いでした。女魔法使いは、戦士と同じようにスキル伝授所を立ち寄り、どんな状態異常も完全に治せるというひとつ目のスキル『完治』を手に入れます。
当然、女魔法使いは喜びました。だって、体内に入った毒も、視力を失った目も、石化した身体だって、この『完治』のスキルがあれば治せるんですから。
ですが……女魔法使いは旅を続けうちに気づきます。
……これ、仲間がいてこそ真の力を発揮できるんじゃないかと……
そりゃそうですよね。ひとりで旅をしている時に、石化なんかしたら、そこで旅はおしまいですから。
幸い、女魔法使いがこの村にくるまでの間、石化能力のある敵にあうことはありませんでしたが、実はこの『完治』のスキル、もう1つの欠点がありました。
それは、毒や石化は治せても、剣などで切られた傷……いわゆる切り傷等はいっさい治すことが出来なかったのです。
戦闘が不慣れな女魔法使いにとって、これは痛手でした。今さらながら何でひとり旅を始めたんだろうと、後悔もしたそうです。
さらに女魔法使いをへこませたのは、この小さな村で与えられたふたつ目のスキル……『根治』でした。
この『根治』というスキル、最初に授かった『完治』と効果が丸かぶりで、どんな状態異常も完全に治せるというものだったのです。
効果の丸かぶりがよほどショックだった女魔法使いは、スキル伝授所を出たあと、近くの茂みで三角座りをしながら何日も何日もへこみました。
そして、もう魔王討伐を諦めようと思ったある日、偶然スキル丸かぶりにショックを受け、スキル伝授所を出てくる戦士を目にし、抱きついた……ということなのでした。
きっと、仲間が出来たと思ったのでしょうね。女魔法使いは、そのままの流れで、一緒に旅をして欲しいとお願いします。
ですが、戦士は申し出を断りました。傷を治せない、戦闘に不馴れな女性なんて足手まといになるだけだと思ったのでしょう。
戦士は、女魔法使いを何とか引きはがすと、すっくと立ち上がり、宿屋に向かおうとした……その時でした。
一体どこから侵入したのでしょう……? 戦士の足元に、少し大きめの蛇が現れます。
驚いた女魔法使いは腰を抜かし、その場に尻餅をついてしまいます。
ですが、戦士は特に気にすることもなく、その蛇のそばを通り過ぎようとしました。ですが、何が気にくわなかったのでしょう? 足元にいた蛇は鋭い牙をむき出しにし、戦士に噛みついてきたのです。
驚いた戦士は、とっさに後ろにのけ反ると、勢いそのままにスキル『一撃必殺』で蛇を撃退します。
ところが、どうやらその蛇は毒をもっていたようで、戦士はその場で片膝をついてしまいます。
戦士が毒に侵されたのを目の当たりにした女魔法使いは、急いでそばに行くと、スキル『完治』を使って戦士の毒を治そうとします。
ですが、戦士はそれを手で制し、常備していた毒消しをふところから出すと、それを女魔法使いの前でこれみよがしに飲みます。
これで身体から毒が抜けると思っていた戦士でしたが……いつまで経っても毒が抜ける気配がありません。
そう……戦士を噛んだ蛇は、毒消しでは治す事の出来ない猛毒の持ち主だったのです。
そのことに気付いた時、戦士の目の前は黄色くなり始め、めまいをおこし、地面に倒れてしまいました。
どんどん息づかいが荒くなる戦士……そんな戦士を、お尻を地面から浮かし、両膝を抱えながらとても冷ややかな目で見つめる者がいました。
……そう、女魔法使いです。
女魔法使いのスキル『完治』を使えば、戦士の身体から猛毒は、たちまち消え去ります。ですが、スキルを使う事を断られたのを根にもっているのでしょうか……女魔法使いは、猛毒に苦しんでいる戦士を淡々と見つめます。
そして、口元に手のひらをあて、大変ですねー、苦しそうですねー、私のスキルなら一瞬で治せるんですけどねー、など、心にもないことを次々と口にします。
戦士は揺れる視界の中……女魔法使いを怨めしそうに睨み付けながらも……断腸の想いで助けを求めます。
女魔法使いは、にこりと笑みを浮かべると、当然のように交換条件を提示してきました。
それは、女魔法使いを仲間にすること……
背に腹変えられぬこの状況、戦士は首を縦に振り、交換条件を飲みました。
それを確認した女魔法使いは、満面の笑みでスキル『完治』を戦士に対して使います。
すると、どうでしょう? あれだけ苦しかった戦士の身体が楽になって行きます。猛毒が身体から抜けていったのです。
身体からすっかり猛毒が抜けた戦士は、ゆっくりと上体を起こし、女魔法使いの顔を見つめると、女魔法使いは、優しく微笑みます。
そして、これからよろしく、と声をかけ、戦士に右手を差し出します。
戦士は、ふてくされた顔をしながらその手を取ります。
この時から、戦士と女魔法使いのふたり旅が始まったのでした。
…………そして、第3のスキル伝授所に向かう途中、避けては通れない『とぐろ墓場』で、幽霊におびえた戦士が女魔法使いに泣きながら抱きついたのは、墓場までの秘密です。
……おしまい。