偽物聖女は鴉の巣の中
昔から、光を弾くものが好きだった。
たとえば、薄汚れた路地裏で拾い上げたガラス玉。
泥を拭って太陽にかざすと、きらきら光って見えたから。
たとえば、初めて人を殺した代価で買った、真鍮のブローチ。
露店の粗末な商品台の上で、ぴかぴかと輝く小鳥に、ひどく心が惹かれたから。
たとえば、――戦場でうごめく人々の、剣や鎧のきらめき。
一瞬で燃え上がり、あるいは輝き続ける、命の光のようで、とても胸が弾むから。
だから、集めた宝物であふれかえった彼のねぐらは、光があると、すごくきらきらするし、とてもぴかぴかする。
ねぐらを自慢してみた彼の戦友には、部屋の中なのに目がくらむ、と、お褒めの言葉をもらったぐらいだ。
それに、大きくて透明なガラスの窓からは、晴れるときらきらする湖が見られるので、天気が良い日は、ねぐらのきらきら具合がさらに増す。
自分の好きなものを詰め込んだので、長らく家というものには無縁だった彼は、自身のねぐらを大変気に入っていた。
そんなお気に入りのねぐらで、彼は上機嫌に長い髪を梳いていた。
光を束ねたような金色の髪は、とっておきの豚毛の櫛で梳くと、さらに艶めいて光を弾くので、楽しくて仕方がないのだ。
彼は、光を弾くものは何でも好きだが、磨いてもっときらきらさせたり、ぴかぴかさせたりできるものが、とりわけお気に入りである。
そんな訳で、敵将の首を切り落とした褒美にもらった、きらきらぴかぴかの勲章よりも、そのおまけで付いてきた妻の方を、彼は大事にしていた。
ふかふかの布張りの椅子に腰かけ、小難しい書類に目を落とす妻の瞳は、彼がいっとう好きな、青ガラスを通した光の色だ。
彼は、妻が着る服もビーズとか宝石とかでもっときらきらさせたいのだが、妻とか使用人とか文官とか部下とかから駄目出しをくらったので、髪を梳くだけで我慢していた。
もう偽物扱いされるだけの元聖女でも、王家の姫に変わりはないので、彼の好きなきらきらの服は品位にかかわるそうだ。
でも、勲章と妻をもらった時に会った王様は、金糸銀糸の刺繍とたくさんの宝石で、きらきら、というか、ぎらぎらしていたのに、どうして妻はだめなのか?
ちなみに、彼が雇われた戦場で、聖女と崇められていたお姫様は、本物の聖女が現れたので彼に下げ渡されたらしい。
学のない彼には、なんだかさっぱり分からないが、きらきらが足りない本物の聖女よりも、きらきらする偽物聖女の方が良いので、聖女うんぬんはどうでもいいけれど。
◆◆◆
螺鈿細工の飾り棚の上には、ぴかぴか光る真鍮のブローチに、毎日磨いている銀の匙、金剛石が散りばめられた金の腕輪や、王から賜った勲章が。
金のつた模様の壁にはずらりと刀剣が並び、陽光に煌めく湖を望む窓辺には、色とりどりのガラス玉が入った宝石箱が鎮座している。
――ガラス玉一つのために血を被る《赫鴉》。
かつて、その光り物好きと剣の腕が戦場に鳴り響いていた、夫の自室は、宝物庫というよりも、子供のおもちゃ箱といった様相だ。
日当たりが良いせいで、日中は目がくらみそうになるほど、きらきらぴかぴかな部屋の主は、機嫌よく彼女の髪を梳いている。
聖女として赴いた戦場でも、手入れを欠かさなかった自慢の髪に触れる指先は、節くれだった無骨さに反し、ひどく優しい。
光り物を磨いて、もっときらきらさせることがお気に入りである夫にとって、どうやら彼女の髪も同じくくりであるようだ。
取るに足らないガラクタも貴重な宝物も一緒くたになった、夫の縄張りに入れるのは、彼女を含めて片手で足りる。
長らく戦場を共にした彼の友人に自慢こそしていたものの、どこか欠けがある夫は、信頼のない人間が自室に足を踏み入れること自体を厭うのだ。
興味本位で夫の宝部屋に潜り込んだ使用人に、彼が剣を振り下ろしたときは、人より冷静沈着と自認する彼女とて、心底肝が冷えた。
それでも、彼女が、全く目に優しくない部屋と同じく、夫を嫌いになれないのは、本物も偽物も変わらず大切にしてくれるからだろう。
当人さえも欺き続けた嘘で塗り固めて、戦場で祭り上げられた偽物の聖女様だろうと、きらきらしていれば、夫にとって価値があるのだ。
本物の聖女の威光に何もかもが崩れ果て、自分自身すら信じられなくなっても、彼女は、権力にも名声にも興味がない傭兵の、光り物好きは信じられた。
例え、彼女が歩いた道が、偽りで舗装されていたとしても、歩んで見た景色は偽りだけではなかったから。
たとえば、金の海のように小麦が揺れる様を。
たとえば、月と星に煌めく銀世界を。
光を弾くものが大好きで、けれど、世界の広さをあまり知らない夫に、出会ったことのない輝きを見せてあげたのなら。
英雄の妻として、隣国から勝ち取った領地を任された王家の姫は、《赫鴉》の巣の中でそっと微笑む。
夫が、子供のように笑うのが、彼女は好きだった。