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ケルベロスと魔女  作者: 織音めぐ
1.ケルベロスとタルタロス
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5-1

5 



 冥界の歳月を数えるのは王城玄関広間奥、左右から流れてくる螺旋階段の踊り場にある双眼の大時計だけである。長針の一周を一年と数え、ケルベロスが人型になってからは半周が過ぎた。


 タルタロスにおいては、大地をえぐったケルベロスの爪痕がまだ生々しく、靄はすっかり晴れて明るい。赤月が出ている間は闇に閉ざされることがなくなり、門をくぐる死者の道先はよく照らされていた。

 眠ることのないケルベロスは、ハーデスに言われた通り地獄の番犬としてそこにいた。タルタロスの日常はひとつめの狼煙に始まり、二つめの狼煙で終わる。シャロンはいつも定時にはアケローンの川縁におり、そのままケルベロスとちらりと目を合わせるだけで会話もなく川を渡って行った。そして、地獄の前庭から死者を連れてきては、青銅の門をくぐるのを二人で見送った。

 ふたつめの狼煙まで何度となく地獄の前庭とタルタロスを往復するのを、ケルベロスはただ眺める。舟がいないときのタルタロスは、穴の奥からたまに呻き声が上がってくる程度で静かなものだ。しかし、忘れた頃に訪問者があって騒ぎを起こす。これを収めるのが、ケルベロスの仕事であった。

 訪問者の大半はアケローンを渡らせろとシャロンを探しに来て、意が通らないと暴れまわる魔族や魔獣である。その傍若無人ぶりは、シャロンが今まで仕事の合間にこの連中の相手をしてきたかと思うと、少々の同情を禁じえない程度に酷かった。

 他には、舟を奪おうとする者やなぜだかシャロンの連れ去りを目論む者、中にはシャロンがいないのをいいことにアケローンを泳いで渡る者もいた。けれど、勝手にアケローンに入った者は例外なく戻らず、その後どうなったかはわからない。向こう岸に辿り着いたのであればシャロンの血相が変わっても良さそうだが、そんな様子は見られないので、きっと溺れ死んでいるのだろうということにした。

 もちろん、シャロンとの不和を解消する気などさらさらなく、話すとすぐに言い合いになるから、なるべく接点を持たないよう大人しくもしている。それが、ケルベロスにできる精一杯の抵抗だった。


 シャロンの方もまた、ケルベロスが来たことで業務外の煩わしさは減ったものの、彼との確執がある分気苦労が増えて辟易していた。

 犬から人型になったせいか力加減というものがまったく分かっておらず、前庭から戻ると血の惨状が広がっていること数度、しかも日を追うごとにその頻度が増えている。理由は明白、タルタロスにあのケルベロスがいる、という噂が冥界中にまことしやかに立っているからだった。

 静かで暗く、穏やかであったタルタロスは見る影もなくなった。月明かりが入ってくるのは悪くないが、落ち着きのない馬鹿犬の所業で血生臭いのはいただけない。所詮は何もない果て地なので一度すべて焼き払っても良かったが、またすぐに汚れると思うと労力の無駄な気がして諦めた。




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