プロローグ
とくん、と押し当てた手を伝って鼓動が聞こえた。
とくん、とくん――
「出たがってる」
翡翠色の天使が卵にくっつけていた顔を上げた。
見上げた先にいた金髪の少年がそうだね、と柔らかく頷く。
穏やかな微笑みをたたえて、身の丈ほどもある卵を愛しそうに撫でる。
「この中にあるのは喜劇かもしれないし、悲劇かもしれない。
優しく甘いかもしれないし、残酷でほろ苦いかもしれない」
「でも、出たがっているのよ」
赤髪の天使が咎めるように唇を尖らせた。
ぱたぱたと元気に翼がはためく。
生まれてくるのが待ち遠しくて仕方がないようだ。
卵から生まれてくるのが、なにかもわからないのに。
愛おしさが溢れる。彼女たちにも卵にも。
「うん。――生まれてくるこの子のために、きみたちに翼があるんだ」
「この子のため?」
2人の天使が少年を仰ぎ見る。
それはね、と少年はちょっといたずらっぽく笑った。
「きみたちが主人公となり、または導き手となって世界を紡ぐためだよ。この子とともに」
そうしてね、とキョトンとする天使たちに語りかける。
「わたしがきみたちの軌跡を辿るんだ。このペンで」
ピシッと卵に亀裂が走った。
あ、と2人の天使が声を上げる。
亀裂から漏れる光は何にも染まっていない白。
これから染まるべき白紙の色。
ふわりと、天使が卵を抱きしめた。
慈しむように母のように、慈愛にあふれた笑みを浮かべて。
「生まれておいで」
さあ、旅をしよう――
これから紡がれる無数の世界を胸に抱いて