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働け!霊魂転生科!

作者: レール

 霊魂転生科。


 それは文字通り、亡くなって霊となった魂を別の肉体へ移して生まれ変わらせる天界の部署の一つだ。現世でいうところの輪廻転生という概念を担っている。


 誤解のないように言っておくと、悪霊と戦ったりするような武闘派な部署なんかじゃない。世界の調和を図ったりするような重要な部署でもない。

 単純に亡くなった霊魂を事務的に処理して、次の肉体へと転生させる事務仕事だ。要するに誰でも出来る。業務内容さえ覚えれば流れ作業でも問題ない。それで問題が起こっても他部署が何とかしてくれるって信じてる。


 これはそんな霊魂転生科で働く天野恵美の日常を綴った物語である。







「天野さん、お疲れ様」


 お昼休みに食堂でお弁当を広げていた私に声を掛けてきたのは、同じ霊魂転生科の先輩である上野美琴さんだった。

 私が霊魂転生科に配属されてから色々と仕事を教えてくれた教育係でもある。教育係から離れても気を遣ってくれる優しい先輩だ。


「お疲れ様です、上野さん」


「お隣り良いかしら?」


「えぇ、もちろん良いですよ」


 私は恋のキューピッドが童貞に何人の恋人を作れるか競っている動画を消して先輩に隣の椅子を勧めた。

 動画の続きは家に帰ってから見よう。ちょうど童貞がモテ期来たと喜んでチャラ男を目指し始めたところだ。これから上手くやるのか修羅場になるのか、童貞の人生がどう転がっていくかストーリーの転換期である。

 よく炎上しないなって思う設定だけど、これまでの製作陣の作品を鑑みての反応なんだろうな。炎上するかどうかは今後の展開次第だろう。


「もう一人での仕事には慣れたかしら?」


「何とか上手くやってるって感じです。偶に厄介な人も混ざってますけど」


「貴女の作業の仕方だと大変でしょうね」


 私が思わず愚痴ってしまったことに対して上野さんは苦笑を浮かべている。


 霊魂転生科の作業自体は亡くなった方の簡易的なプロフィールを見て本人の話を聞いて、その人が人生で積んできた徳に合わせた次の肉体を選ぶというものだ。

 本当に作業効率重視で行くなら、簡易的なプロフィールを見て徳の基準値に当て嵌めるだけである。これなら相手の人格や人生背景は一切考慮しないから話を聞く必要がない。


 でも私は出来る限り話を聞いてその人の徳を判断するようにしている。


 確かに作業効率は悪いから時間も掛かるけど、どうしてもプロフィールからだけじゃ判断出来ないこともあるのだ。

 例えるなら犯罪歴のある人がどのような経緯で犯罪をするに至ったか、その後の生活で反省しているかどうかも大事だと思ってる。


 ぶっちゃけ基準値の範囲内であれば、ある程度個人の裁量で徳を決められるんだよね。

 だったら少しでも徳を高くして新しい肉体に送り出してあげたいじゃないですか。その人の人生がどんなだったか聞くのも楽しみの一つだし。実際に徳の低い方は自業自得なので勝手にどうぞ。


「まぁ私が進んでやってるので文句はないですけどね。上野さんも新しい部署には慣れましたか?」


 上野さんは私の教育係から離れた後、神様によって新しく新設された部署へ配属されていた。

 一番仲の良かった先輩が転属するっていうのはちょっと心細かったけど、そこは天界の人事局が決めることなので仕方ない。


「えぇ、異世界特進科も霊魂転生科と似たようなものだから要領は変わらないわ。ただ特典について文句を言う人が増えたわね」


「あぁ、なんか現世で同じような文化が娯楽として流行ってるって聞きました。もしかして魂魄記録科の情報処理が漏れてるんですかね?」


 今までは亡くなった霊魂は同じ世界で別の人間として送り出していたんだけど、過疎化の進む世界と飽和状態の世界で均衡を保つには限界があった。もし何かの切っ掛けでそんな世界が滅んだら資源が一つ無駄になる。

 そこで異世界特進科は霊魂の増加に伴って神会の法律が変わった結果、霊魂を多世界で共有してバランスを維持することが可能となったため増設された部署である。


 ただしどんな霊魂にも適応される法律ではなく、徳の高い霊魂の方と相談して了承を得られれば異世界特進科で手続きすることが出来るのだ。

 これは徳の低い霊魂を送り出して異世界の治安を悪くしないための配慮であって、特権として肉体や記憶をそのままに異世界で生活しやすくするための特典も付けられる。

 今まで通り魂魄記録科で肉体も記憶も刷新してくれればいいのに、初期化された霊魂だと異世界に馴染みにくいとかの理由で刷新することなく転生させる必要があるらしい。


 そんなこんなで可決された法律によって霊魂を選別する現場の負担が増えたのだった。

 それなら滅びそうな世界なんて放っておけばいいのに。そこまで追い詰められた世界なんだから、どうせすぐまた不安定になるでしょうよ。


「この前も霊魂転生科に送られてきた霊魂の方が何を勘違いしたのか、特典が欲しいって言ってきたんですよ。そんなことが続くようなら嫌になっちゃいますね」


 そして異世界特進科が出来たことによって、人間界の流行りと奇妙な繋がりが出来てしまって面倒な霊魂が増えているのだ。

 今回はそんな霊魂の方との霊魂転生科でのやり取りの一部始終を語るとしましょう。







「次の方、お願いします」


 とある霊魂を新しい肉体へ送り出した後、霊魂案内科の人へ連絡して次の霊魂の方を霊魂審査室へと呼んでもらう。

 それにしても先程の霊魂は中々に破天荒な人生を送った方だった。最初はただのサラリーマンだったのに、飛行機で海難事故に遭った先が未開の島で金銀財宝を見つけて人生逆転するなんてまるで漫画みたいだ。しかも趣味のサバイバル経験を活かして未知の猛獣と戦いながら、金銀財宝を抱えて未開の島を脱出するまでの冒険物語である。


 こういう人生が偶にあるから霊魂の方の話を聞くのはやめられない。何気ない人生の出来事を本人談で聞くのも楽しいけど、他人と掛け離れた人生を過ごしてきた話はやっぱり興味深いな。


 次に霊魂審査室へ飛ばされてきた霊魂は比較的若い見た目の方だった。

 簡易的なプロフィールによると年齢は二十代後半の男性で、今回はトラックに轢かれて事故で死んだらしい。


 んー、この霊魂の方は普通だなぁ。比べるのは良くないことだけど、先程の霊魂の方と比べると少し物足りなく感じる。

 もちろんだからといって手を抜いたりはしない。青春時代や仕事時代のことをきっちり聞いて徳を確認させてもらおう。


「なぁ此処って天国?あんたは女神様かなんか?もしかして転生させてくれちゃったりするの?」


 あ、やっぱり話聞くのやめとこうかな。なんか何かを悟った雰囲気でワクワクしてるっぽいし、色々と面倒になりそうな気がする。

 とはいえ聞かれたことには答えないと駄目ね。


「確かに此処は現世でいう天国ですが、私は女神様ではありません。霊魂転生科の職員として貴方の送ってきた人生を振り返って、生前の行いに準じて新たな肉体へ転生させることが仕事です」


「やっぱり異世界へ転生するんだ!まさか自分の身にそんな非現実的なことが起こるなんて思わなかったなぁ!転生するのに特典をとかもあるの?」


 あぁ、やっぱりその手の勘違いかぁ。最近は増えてるんだよね。転生=異世界って連想する霊魂の方が。

 取り敢えず認識の間違いは訂正しておかないと。最初にしっかり霊魂転生科の意義を把握してもらわないと話が進まない。


「いえ、転生するのは異世界ではなく元の世界です。特典などもなく肉体と記憶は刷新され、別の人間として生まれ変わることになります」


「え〜、そうなの?でも確かにトラックに轢かれて死んだのを覚えてるぞ。いわゆる神様の手違いとかってやつじゃないのか?」


「トラックに轢かれることと異世界へ転生することに何か関係があるんですか?残念ながら天界ではそのような決まり事はありませんので」


 まず前提として話されてる神様の手違いってなんでしょう?もしかして本来死ぬはずのなかった人を間違って殺してしまったとかでしょうか?

 だとしても何故それで神様が殺してしまった方を異世界へ転生する手続きをしなくてはならないのか。それなら殺してしまったという事実をなくして、記憶を処理した後に時間を巻き戻して生き返らせた方が早いと思うのですが。徳不相応な特典を渡す意味も分かりませんし。


 一先ず私の話を聞いて現状を理解してくれたみたいですけど、今度は何かを考えて黙り込んでしまった。まだ何かあるのかなぁ。


「……あんたの言い方だと異世界も特典もあるにはあるんだよな?じゃあもし仮に特典をもらえるなら例えばどんな能力があるんだ?俺としてはやっぱり戦闘系の能力に憧れるんだよなぁ。ちょっと調べてみてくれよ」


「はぁ、なるほど……分かりました。異世界特進科へ確認しますので少々お待ちください」


 わざわざ肉体も記憶も刷新されるのにどうして知りたがるのか……まぁそれで納得して話が進んでくれるなら良しとするか。異世界特進科の人の仕事を増やしちゃうのは申し訳ないけど。


 少し霊魂の方には待っていただいて異世界特進科の人と連絡を取る。向こうでも簡易的なプロフィールを確認してもらい、異世界特進科での徳の基準に合わせた特典を教えてもらうのだ。

 その特典は少なくとも私なら絶対に要らない特典だった。別に濁す必要性も感じないので正直に調べた結果を霊魂の方へ伝える。


「そうですね……貴方の徳を考えると特典は“酢昆布を昆布に戻す能力”くらいが妥当ではないかとのことです」


「なんだその何の役にも立たなそうな限定的な能力は……せめて日常的に使えるような能力にしてくれよ……」


 そう言われても自分で積んできた徳の結果なので仕方ないんですよね。まぁ普通の人が普通に過ごして普通に亡くなったらというレベルの徳ではあるので、異世界特進科の対象となる霊魂の徳が桁違いなんだということは伝えておく。

 しかし霊魂の方は改めて特典についての思いを馳せているようでした。


「……いや、そもそも酢昆布を昆布に戻すって具体的にどういう原理で戻るんだ?単純に酢と昆布を分離させる分解能力?それとも調理前まで時間を遡る時間操作系か?まさか昆布を調理するという過去を改変ことによる現実改竄、ともすれば因果律を書き換えるような絶大な––––」


「文字通り、酢昆布を昆布に戻す能力ですね。それ以上でもそれ以下でもありません。恐らく応用も利かないような能力だと思います」


「クソ雑魚能力じゃねぇか!」


 全くもって仰る通りですね。私なら寧ろ断るレベルで必要性のない特典だと思います。


「他に何か気になることはありますか?」


「いや、もういいや……話を進めてくれ」


「分かりました。では貴方の経歴について幾つかお聞きしたいのですがーーー」


 その後は何事もなく話を聞いて徳の判定をさせてもらいました。悪事を働いていたこともないですし、新しい肉体へは良い環境で送り出せそうです。


「次の方、お願いします」


 ただ仕事はまだ終わりではありません。これからも次から次に飛ばされてくる霊魂を新しい肉体へ送り出していきます。







「クレームが続くようなら魂魄記録科に相談してみたら?場合によっては知識処理を施してくれるかもしれないわよ」


「でもそれって手間が掛かるんですよね?魂魄記録科の皆も忙しいでしょうし……取り敢えず今後も続くようなら検討してみます」


 お弁当を食べ終えてお昼休みも終わりに差し掛かり、私と上野さんはおしゃべりしながらも食堂を後にしていました。

 これからまた仕事かぁ。お昼の業務は何が残ってたっけ?仕事が始まる前に少し確認しておかないと。


「それじゃあ天野さん、お昼からも頑張ってね」


「はい、ありがとうございます。上野さんも頑張ってください」


 私は霊魂転生科へ、上野さんは異世界特進科へ別部署のため分かれて戻る。




 現世から天界へやってくる霊魂は絶えることなく、常に新しい肉体を求めてやってくる。


 聖人のように清らかで徳の高い霊魂もあれば、極悪人のように濁った徳の低い霊魂も亡くなれば等しく天界で判定が下される。


 因果応報という言葉があるように、聖人のような霊魂は来世でも幸に恵まれ、極悪人のような霊魂は来世では幸が薄くなってしまう。


 ただし来世でも聖人となれるかは分からず、来世では極悪人とならないかもしれない。自身の行動や考え方一つで、良くも悪くも徳は左右されてしまうのだ。


 だからこそ人生をどのように生きるかが大切なのである。全ての未来を切り開くのは常に自分自身なのだから。




 まぁだからといって私は敢えて徳を高める気もないですけどね。まずは何よりも生きている今を充実して過ごせるようにならないと。



初めまして、日野尾張です。

「小説家になろう」に登録したばかりなので手始めに短編小説を投稿してみました。


作品を読んでもしよろしければ、ポイント評価や感想などいただけると嬉しいです。

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