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◆にごらせた水の中

兄に DVD プレイヤーを貸した。

突然ノックもなしに私の部屋の扉を開けて何事かと思えば、

「パソコン貸して」

と言った。

私は即答した。

「絶対、嫌。」

携帯電話とパソコン、それは人には絶対に貸せない。消すことも隠すこともできない、けれど絶対に見られたくない、そういうものが詰まっている。

パソコンに限って言えば、word 文書。それだけはタイトルさえ見られたくないのだ。

昔大学の卒業論文の指導を受ける際、私用の文書も入れた状態の USB メモリーを先生の元 に持って行ったことがある。中はきちんとフォルダ分けしてあり、卒論を読むにはその一つ のフォルダしか開かないはずだった。

しかし、

「ちょっと見にくいので並べ順変えてもいいですか」 という先生の唐突の思いつきで、私の了承前にクリックは押され、まさにその時執筆中であ った小説のようなもの、が上に上がってきてしまったのだ。 まだわかりにくいタイトルならいい。

その時出てきたタイトルは、「生田くんは流川美咲のことが好きらしい」 という当時も今も自分が読んでも恥ずかしくなるようなライトノベルのようなものだった。 私は慌てて元に戻してもらったが、その慌て様からもそれが私にとって恥ずかしいもので あることは一目瞭然であった。 それを何だと捉えたかは定かではないが、その指導中に論文の文章について指摘を受けたことがある。

「文章がちょっと小説みたいなんですよね。長い。」 先生はそう言うと、これも二つの文にわけて、これは断定していいです、接続詞いらない、 と私の奇妙な文章を論文へとてきぱきさばいていった。 ドキリとしたが、実は少し嬉しかった。小説を目指しながらも迷走し書き悩む私が、ちょっとだけ認められたような気がしたのだ。


話は戻るが、そんなこともあり余計に警戒心が強くなっていた私は、パソコンを貸すことなど絶対に了承できるはずがなかった。

「何に使うの?」

一応その理由をきいてみると、DVD がみたい、と兄は言った。自分のプレステがうまく反 応せず再生されないらしい。それなら、と私は数ヶ月程前に買ったばかりの自分の DVD プ レイヤーを指差した。テレビにつないだままの三色コードを抜き、コンセントと束ねながら、 HDMI はついていないが新しくて五千円くらいしたのだと説明した。メーカーも国内大手 のところだ。

「使えんかったらすぐ戻しに来るわ」と言って兄は自分の部屋に戻っていった。 前の会社を辞め、みたかった映画や LIVE DVD を部屋でゆっくり再生するのに購入したも のだったが、まだ片手で数えられるぐらいしか使っていなかった。これで再生できなければ DVD 側に問題がある、そう思ったときだった。

私ははっとした。

数日前観たばかりの DVD が入れっぱなしにはなっていないか。 私は慌てて兄の部屋に行って確認した。

「ねぇ! DVD 入ってなかった?」 扉は開けずに聞いた。もし彼女が来ていたら、と考えたからだ。

「入ってない」

すぐに返事はきたが、私はもう一度しつこくきいた。

「ねぇ、ほんとに入ってない?」

入ってない、またもや同じ返答だった。 それでも、まだ確認していないのかもしれない気付いていないのかもしれない、それにあの ディスクはどこに行った? そのように頭が回転して、私は部屋に戻ると急いで鞄から車の鍵を取り出し外に飛び出し た。

数日前観ていた DVD は二枚組だった。1 枚目を部屋で DVD プレイヤーをつかって再生 し、2 枚目は車のナビの中に入れてみていた。ディスクのケースは車の中に置いていた。 そのケースにちゃんと戻したのだろうか。それを確認したかった。 遠隔操作でキーの解除を押し車の両ランプがオレンジ色に光るとすぐにドアを開け、座席 に置いてあったケースを開いた。

DISC1 入っていたディスクにはそう書かれていた。ほっとした。 それは私の好きなバンドの自主制作映画だった。なにも AV とかではない。 バンドに密着しながら売れない理由を探る、そういう主旨のものだった。 しかし、密着しすぎて、あまりにもメンバーたちの素が出ていた。 序盤から深夜番組を思わせるような下ネタ、ファンでなければ誤解を招きかねない危うい やり取り、モザイクがあっても慎むべき行動やピーを重ねるべき言動など、盛りだくさんだ った。(それは全て、私の好きなボーカルが犯していた)

私の大好きな人が変態だと思われてしまう...!と思ったが、彼は変態だと言われて喜ぶ真 の変態であった。そしてそれを好きな私も変態だと思われてしまう...!と思ったが、どれだ けの変態であろうとこの気持ちは変わらないと心に決めている以上、私もそれに変わりは なかった。 車の鍵をかけ直し、とぼとぼ家の中に戻る時、妙にひんやりした空気が肌を触れていった。 ほっとしたのと例えバレてもどうしようもない諦めとで急に現実に戻っていた。 お盆を過ぎるとあっという間というが、その日はまさにそれを感じる秋晴れの心地良い天気だった。メガネもとらず出てきた私の目にはぼんやりとした輝きが繋がっているようにし か見えなかったが、星もたくさん出ていたことだろう。澄み渡る空に、バレないよう濁らし てごまかしてきた私の心は今年もまた大きなため息をこぼした。


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