海の怪獣
次の日、相変わらず二人は窓のない部屋に籠っていた。
「高すぎる、なんでこんな高い場所で過ごさねばならぬのだ」
「確かに私の仲間には空を飛ぶ者はいるけど、私は基本陸から離れないのよ……」
高すぎるのが問題らしい、確かに雲を越えるほどの高さなど鳥かドラゴンぐらいしか飛ばない高さだからな。
私は展望室に足を運んだ、他にも乗っていた客たちも何人かそこでくつろいでいるのが見えた。
窓から外を見る、予定通りなら今日の昼過ぎに到着するだろう、雲の無い風景、青い空と青い海が広がりその境界線だけが見える。
とても穏やかだ、こんなに安心して空を旅できるなんて今までは考えられなかった。
「海鳥が居ないなんて珍しい日もあるんだな」
「そういえばそうだな、今は渡りの時期だっていうのに鳥の一匹も見てねえ」
他の客のそんな会話が聞こえた、渡りということは渡り鳥の事だろう、確かに鳥一匹の姿も見えない、遠目に何か見えてもいいのに何故……
そんな疑問を抱いた時、それに答えるように空中船が揺れた。
「なんだ!?」
私は立ち上がり外を見る、そしてソイツが見えた。
「巨大な、竜?」
海面から小さく竜の首のようなものが伸びてこちらを見ていた、その首も一つではない、五本、五本の首が海面から出ていた、その下には大きな影が現れており五本の首が一つの胴体から伸びているのが分かる。
「ヒュドラ!?何故こんな時に」
ミールが窓から下を見ながらそう呟いた、こんな時に?……いや、それよりも今はアイツへの対処だ
ヒュドラの首の一本が口を開く、そこから水流ブレスが吐かれ空中船の上部の袋を切り裂いた。
「ミール、高度を上げるように言ってくれ、アイツの攻撃は私が何とかしよう」
「何とかって、いったい何を……」
私は左足で窓を蹴り破るとそこから身を乗り出し電磁投射装置を構えた、それと同時にしたから再び水流が襲ってくる。
「当たれよ……」
水流に狙いを定め引き金を引く、強力な弾丸が水を切り裂き霧散させた。
「止めるのが限界だ、急いで高度を上げろ!」
「は、はい!」
ミームが操縦室に向かった、それを見ると私は下に集中する、銃身の短くなった電磁投射装置では海面のヒュドラには届かない、そしてそいつは当てるのも困難なほどの細さのビームを撃ってきている、ヘルメットがあればあの程度当てるのは難しくないのだが肉眼ではかなり狙うのは難しい、先ほどの一発だってまぐれで当たったのだ、正直言っていつまで防ぎきれるか。
そんな事を思っていると再びヒュドラが水流ブレスを吐く、それも今度は二発だ。
「くそ!」
こちらも二発連射するが片方にしか命中しなかった、もう一本が空中船を切り裂く。
切り裂かれた部分には奇妙な風の流れが生まれ何とか浮かせている、あれが魔法の力なのだろう、だが後どれほど耐えられるのかも分からない、早くヒュドラの射程から離れなければアイツの餌にされてしまうぞ。
「ごめんなさいヒカリさん」
「ん?」
その時私の背後にミームが戻ってきた、空中船が上昇する気配も見せないのでおそらく不可能なのだろうか。
「何を謝っている、上昇は無理だったのか?」
「いえ、違います」
その時空中船が大きく揺れ上部の袋から炎が漏れ出した。
「この船はもうすぐ落ちます、そして私のお母さんである、レヴィアタンの食事となるのです」
「そうか、悪いが私は抵抗するぞ」
「誰も勝てませんよ、私のお母さんは最強ですから。ほら」
ミームが外を指さす、そこには先ほどのヒュドラと、それに迫る更に巨大な影が見えた、おそらくあれがレヴィアタンなのだろう、次の瞬間、巨大なヒュドラを丸呑みにするほどの巨大な口がヒュドラを飲み込んだ、頭部だけで五十メートルはあるだろう、海に見える蛇のように伸びる胴体の影を見る限り全長は計り知れない。
「何故こんなことを?」
「お母さんの為ですよ、当然じゃないですか」
「そうだろうな……ミル!」
「おお!ヒカリ、なんか突然揺れだしたんだけどこれは……って何あれ!?」
「レヴィアタンだ、急いで逃げるぞ、三人担いで飛べるか?」
「自慢じゃないけど。無理」
「だろうな、エリーヌとアラーニェを呼んできてくれ、脱出するぞ」
「分かった!」
そう言ってミルは客室の方へ向かった。
「本当に助かると思っているの?」
「さあな、やってみなくては分からない」
「馬鹿みたい……だけどいつもそう言って人間は魔物たちを追いやっていった、貴方みたいな人間がいるから私はこんな事をしなくちゃ……っ!!」
「人が好きなんだな、だから私の事を助けた、本当はこんな事したくは無いのだろう」
ミームの目が潤みそこから涙があふれ出した。
「そうよ!私は人が好き!みんなが笑っているのが好き!好きで殺すわけないじゃない!でも……こうしないとお母さんが……お母さんが!」
魔物を親に持つ者、か。随分とこの世界は人に対して残酷なようだ。
「私にはお前を止める術は無いしお前の母親を救うことはできない、ただ生きるのに私は全力を尽くすだけだ。だから私はお前に無責任な事しか言えない」
私は涙を流すミームの頭に手を乗せて撫でた。
「お前はお前が正しいと思うことをすればいい、だから大丈夫だ」
「連れてきたよ!」
「なんだこの揺れは……ってなんだあの巨大な竜は!」
「んー、あれリヴァイアサンじゃないかしら?本で見た事あるわ」
「また機会があれば会おう、その時はまた歌を聞かせてくれ」
そう言って私は三人のもとへ向かった。
「アラーニャ、お前空を飛べるか?」
「え?無理よ」
「空を飛ぶ仲間がいると言っていたでしょ」
「いやいるけど……え、何?まさかそれの真似しろって事?」
「そう」
「簡単に言ってくれるわね……まあ、こんなところで死にたくは無いからやるけど。言っとくけど私は飛べた事ないわよ」
そう言って展望室の椅子をどけて足を開ける範囲を確保するとその口から糸を出し足から足に糸を絡ませ始めた、やはりそうだ、彼女の仲間の飛行方法はバルーニング子グモが遠くへ移動するときに使用する移動方法だ、彼女のそれはやり方こそ違うが上昇気流に糸を巻き込ませ空を飛ぶ方法だ。
「大丈夫だ、エリーヌ」
「風の魔法だな、もう既に準備している」
「ミル、私たちが外に飛び出したらアラーニャの糸を掴んで私たちを運んでくれ。重さはだいぶ軽くなっているはずだ」
「分かった」
その時空中船は大きく傾き始めた、紙が燃えて魔方陣の効力が無くなり始めたのだろう。
「準備できたわ!」
「飛んで!」
プラズマライフルを撃ち壁に穴を開ける、アラーニャが糸を外に吐き出しながら外に飛びその胴体に私とエリーヌが飛び乗り上に吐き出された糸をミルが掴んで翼を大きく広げた、背後から「俺たちも連れていけ」や「お前たちだけ卑怯だ」などと罵声が聞こえたが高度の落ちた空中船にレヴィアタンが首を伸ばして丸飲みにしたことによってそれは消えた。
「ちょっと重いー!!」
「エリーヌ」
「ああ、風の精よ、私たちに風を与えよ」
アラーニャの八本の脚の間に張られた糸が傘のように下からの風を受けその重量を減らす、これならミルの力でもなんとか三人を持ち運べるだろう。
『よくぞ躱した、賢き者たちよ』
その時私たちの真下に先ほどの巨大な竜、リヴァイアサンの頭部が浮上してきた。




