王女の奴隷
《前回までのあらすじ》
相変わらず「奴隷」として地下牢に囚われている主人公・高橋勇翔は不治の病・黒死病を患ってしまう。症状は悪化の一途を辿り、遂には瀕死の状態に陥るも、アイルの登場により救われた。
「起床!」
どうやら朝らしい。眠い目をこすり、身体を起こす。今日はやけに看守の数が多い。すると看守の一人が声を張り上げる。
「今日は週に一度の奴隷市だ。ついては順番に水浴びを行い、身なりを整えてもらう」
ガチャリ、錠前が外され、牢の外に出された。そして階段を上り、建物の外に出る。
(ううっ……)
牢の暗闇に慣れた目に日の光が突き刺す。空気も新鮮で、美味しい。しばらく歩くと、小さな小川に辿り着いた。どうやらここで水浴びをするらしい。
「冷たっ!」
手で掬った水を身体にかける。言葉にならないほど気持ちが良い。周りの者がしているように、石で身体をこすり、垢を落とす。ポロリ、ポロリと際限なく落ちていくそれを見て、思わず涙が零れた。オレはいま、当たり前のことを当たり前に出来る幸せを全身で感じていた。
「よし、それまで! これから街の奴隷市に向かう」
そう号令が掛かると手を止めた。そして重い鉄球を引きずりながら、再び街の方へ歩き出した。
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オレは人間ではない、商品だ。その証拠にこうして首から値札を吊り下げられている。
「活きの良い奴隷だよ~! 見ていらっしゃい!」
件の奴隷商がそう喧伝する。それを聞きつけ、わらわらと買い手と思しき人間が集まる。そしてちょうどウィンドウショッピングでもするようにこちらをまじまじと見る。どちらも同じ人間、なのにあちらは消費者、こちらは商品、この不条理に彼らは何の疑問も抱いていないようだ。人間が人間を所有する世界、これが中世ヨーロッパなのか――。
「このガタイの良い男、貰っていくよ!」
「毎度! どうも!」
一人、また一人と売れていく。買い注文のつく人間は皆、体格が良く、健康そうな男ばかりだ。その基準に当てはめると、オレは確実に売れ残る。
(また地下牢に戻されるのか……)
そう思うと、何としてでも誰かに買い取って貰わなければならない。
(どうする……?)
すると急に周りが騒めき出す。
(な、何だ……?)
「ディアドラ=マドレー王女様のお通りだ~!」
数人の衛兵を引き連れ、馬に跨り、通りの真ん中を闊歩していく女性――風になびく綺麗な金髪、端正で凛々しい顔貌、真っ直ぐに前だけを見つめている水色の瞳、自ら手綱を引くその姿はまさに理想のプリンセス像を体現していた。ここでオレは賭けに出た。
「王女様っ!」
息を大きく吸い込み、腹の底から声を押し出す。
「お前! 奴隷の分際で、無礼だぞっ!」
駆け寄って来た奴隷商に手持ちの杖で引っ叩かれた。でもオレは諦めない。
「王女様っ! オレを、オレを買ってくれっ!」
「やめないか、このクソ野郎っ!」
奴隷商は再び杖を振り上げた。その時、
「止まれ」
その一言で王女の一団は足を止めた。そしてこちらに近寄って来る。辺りはシーンと静まり返る。
「今の言葉、お前が言ったのか?」
王女は凍てつくような眼差しをオレに向けた。
「はい、その通りです……!」
人生で最高に緊張している瞬間かもしれない。
「ならば問う、お前には何が出来る?」
オレは腹を括った。大げさでもなんでもなく、続く一言に命を預けた。
「オレは……これから先の……未来を知っています」
それを聞いた途端、目の前の王女は大変驚いた様子で目を丸くした。ザワザワザワ……周りの群衆からもどよめきが起きた。
「ほう、未来……か。面白い、聞かせてもらおう――」
「未来の世界はどんな風だ?」
ここまで来たら引き下がれない。
「未来の世界では……オレと貴女は……対等です」
それを言い切るや否や、どこからともなく声が飛ぶ。
「無礼な! 切り捨てろっ!」
次の瞬間、衛兵達が束になってオレに切りかかる。
「待てっ!」
王女が右手でそれを制し、青ざめた奴隷商に言う。
「おい、お前!」
「は、はいっ!」
「こいつを連れて行く。いくら払えばいい?」
こうしてオレは鉄球から解放されることとなった――。