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アンチ転生論  作者: 金王丸
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転生


 (ここは……どこだ……?)


 見渡す限りの暗黒空間に自分の居場所を見失う。しかし明確なことが一つだけある。ここはまだ冥界ではない。なぜならば三途の川を渡っていないからだ。生来「カナヅチ」であるオレは我が身の行方を心配するより先に、果たしてその川を渡れるのかどうか、そのことに思慮を巡らせていた。船で渡る時に必要だと言われる六文銭を持ち合わせていない現状、対岸に渡るには自力で泳ぐしかあるまい。こうしてあれこれと余計なことを考えるばかりで、何もせずそこらを漂っていると、


 「そういうところは相変わらずだな、ボンクラよ」


 どこからともなく聞こえてくる声に仰天する。しかし全く初めて聞くものでもない。喉元まで出掛かっている答えに釈然としない。話しかけてくるのは一体誰なのだ、オレは記憶の断片を一つずつ辿る。


 「薄情なヤツめ……私のことをもう忘れたのか?」

 「お前は……あの時の……!」


 振り返ると重ねて驚く。そこにはオレを「異世界」に送り込んだ張本人・アイルの姿があった。息もつかせぬ展開に目をパチクリとさせる自分自身とは対照的に、当の彼女は薄ら笑いを浮かべたまま、こちらをジッとと見据えていた。


 「やっと思い出したか……久々だな」

 「ああ……」


 彼女と会うのは黒死病(ペスト)で死にかけて以来だった。しかしどうしたことだろう、オレはもう三度の望みを叶えてもらった。今更オレの前に現れて、一体何をしようと言うのだ。


 「『異世界』はどうだったか? お望み通り、勇者や英雄になれたか?」

 「いや……それは……」


 この期に及んで言葉を濁しても仕方なかった。(もっと)も、彼女はその答えを知っている様子だ。


 「お前は一度死んだ。『異世界』とて現実、自覚はあるな?」

 「……」


 やはりここは死後の世界に違いない。どこか惜しい気もするが、かと言って抗う気持ちも湧かない。天命だと思って受け入れるしかなさそうだ。半ば諦めの気持ちを強くしていると、


 「私はお前を見くびっていたようだ」


 「『異世界』での奮闘ぶり……とても見事だったぞ」


 「様々な人間に出会い、感化され、成長した」


 「そして一度(ひとたび)難局にぶつかれば……」


 「仲間の協力を仰ぎ、自身の知恵を振り絞って……それを乗り越えようと努力した」


 「そして最期の最後まで、逃げなかった」


 「お前は変わったのだ。そう、それこそ『転生』したように」


 褒められ慣れていないオレはその言葉を聞くや、すぐさま赤面した。「あの頃」のオレとは違う――実感に乏しいが、「異世界」での出来事を思い返してみると確かにそうかもしれない。誰かの為に命を賭し、時には火中の栗をも拾う。そして何より難局を前に逃げることなく立ち向かった。そして様々な場面が脳裏に浮かぶ。


 (走馬灯……か?)


 オレはもうじき死ぬのか……散り往く枯れ葉のようにもの寂しさを募らせながら、しばらく内省に耽っていた。それにしても思い出されるのは「異世界」での出来事ばかり、オレという人間は余程現世に生きていなかったのだなと少し自嘲的にもなる。そして続くアイルの言葉を耳にするや、ハッと我に返る。


 「そこで提案だ、もう一度チャンスをやろうか?」


 「チャンス……? また『異世界』に転生させてくれるのか?」


 「いいや、それは違う」


 「……?」


 「お前を『あの頃』に転生させてやる」


 「オレを現世に……?」


 「そうだ、お前の頑張りに免じて特別に……な」


 オレは迷った。転生先は忌まわしき現世、「あの頃」に戻ってもうだつの上がらない生活が待っている。濁った金魚鉢のような風景、蔑まれるだけの人生、そんな現世に生き返ってもどうなるというのか、まるで希望を持てない。ここで人生を終えるか、はたまた新たな難局に挑むか、キリキリと自分の中で葛藤を繰り返す。本来は二つ返事で承諾するべき提案になかなか踏ん切りをつけられない。やがてその様子を見兼ねたアイルは一言呟く。


 「お前は変わった、だから大丈夫だ」


 忘れてしまうところだった。オレは変わったのだ。現世というトラウマに「あの頃」の自分を照らして考えてしまっていた。しかし今は違う。何かと言い訳を連ねて逃げる人生はもう御免だ。オレは現世に戻ってやり直す覚悟を決めた。


 「ありがとう、アイル。また生き直してみるよ」


 彼女はこくりと頷くだけで、何も言わない。そしてスッと手を伸ばすや、件の通り、手をかざす。次第に熱感を帯びる額、これから意識を飛ばされるのだろう。そう思いながら目を閉じていると、


 「最後に一つだけ……」

 「『異世界』での記憶は全て失われる」

 「向こうでも上手くやれよ、さらば」


 「異世界」での記憶がなくなる――最後に重要なことを言い残し、彼女は消えた。急激に遠のく意識の中で、行き先は分かれど、先行きは見えないという奇妙な不安に駆られる。オレは一体どうなってしまうのか、その行く末は自分の目で確かめるしかなさそうだ。



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