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アンチ転生論  作者: 金王丸
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死線


 殺らなければ、殺られる――生死の瀬戸際に立たされながら、オレは妙に冷静だった。今ここに至りて、我武者羅に敵を倒そうという気概はまるでなく、その状況を天から俯瞰で見ているかのような自分に驚く。そして諦観とも違うその心持ちに少し戸惑う。戦場で生き残るには敵を倒さなければならない。だからこうして必死で剣を振るう。目の前にいる顔のない男、彼もまた同じだろう。しかしそれを理解した上で改めて自分に問うた。


 ――果たして戦う意味はあるのか?――


 やがて気付いてしまう。傷付け合う必要はない。互いの命を刈り取らんと交差する剣――こいつさえ手放してしまえばどちらも生き長らえることが出来るのだ。もしかすれば空いたその手を取り合って仲良くなれるのかもしれない。ロイのように無二の親友になれるのかもしれない。


 だがそれを認めない戦闘の狂気、素性の知らない者同士が生きるために殺し合うというやるせない矛盾に気付いてしまった。生きるか死ぬか――両者の命運を決する(つば)迫り合いの中で、突如としてある種の真理に辿り着き、人為の愚かさを嘆く。


 「ぐっ、うぅ……」


 遂に彼は倒れた。流れ出る鮮血は生に対する未練を浮かべて地に滲む。しかしそれだけではひどく乾き切った砂漠を潤すに足りない。もっと必要なのか、オレはそのことに一抹の寂しさを感じながらも次の敵に向かう。


 「うああああ!」


 死に物狂いで切り掛かって来る新兵、彼にもまた顔がない。そして剣を扱うその手つきは素人同然だった。オレは一撃で仕留めるべく、甘くなった腹部を真っ直ぐに貫く。


 「いっ……」


 途端に背中の傷が痛む。その影響で剣の軌道がずれ、刃先は彼の脇腹をかすめた。赤く染まる。致命傷ではなかったが、彼は尻餅をついてその場に倒れ込んでしまった。その歯応えのなさに肩透かしを食らったような気分にさせられる。これで終わりだ、止めを刺そうと彼に歩み寄る。そして意図せずに交わる視線、オレはその瞳に光るものを見た。


 (……!)


 彼は泣いていた。絶えず流れる感情の滴にその顔面は凹凸を取り戻し、確かな輪郭を得る。彼は傷付いた脇腹を押さえ、怯えるようにこちらを見上げていた。痛かろう、怖かろう、苦しかろう――オレは彼の苦境を慮るや、憐憫の念を禁じ得なかった。そしてその情念は彼を生かすことに肩入れし、オレを思い止めた。


 「せめてもの情けだ、受け取っておけ」


 そう呟き、他の敵に目を移した瞬間、放たれた弓矢が風を切って右肩を貫く。


 「!?」


 突然襲って来たその衝撃に思わず剣を落としてしまう。余りの痛さに身が仰け反る。咄嗟に生まれた隙――生かしたはずの彼はそれを見逃さなかった。再び立ち上がると、オレの胸を一突きにする。


 「ぐっ……」


 戦場において情けをかけること、それ自体が罪であるとこの期に及んで思い知る。だが知るには少々遅すぎた。張り裂けそうな胸の内、その償いは既に始まっていた――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 (終わったのか……?)


 命を捉えた無情の刃に己が最期を悟る。一度は救ったはずの人間に不意を突かれ、ただただ面食らうばかりだ。しかし彼に殺されたとは思わない。全ては自分の慢心に依るものだ。だから自身に対する無念さはあれど、彼に対する恨みはなかった。


 人はよく死に際の美学を語る。はて自分自身はどうだろうか、走馬灯を見るまでの間隙に自問する。結果としてオレは名もなき新兵の一撃に斃れた。かねてから思い描いていた理想――勇者として臨む伝説的な一騎打ちやラスボスとの決戦とは違う、戦場における愚鈍な男の統計的な死に過ぎない。それは贔屓目に見ても名高き勇者の死では有り得ないのだ。そしてこの作戦を含めた一連の騒動は公になるまい。故に後世の歴史家はオレを英雄と記さない。この命の終わりを以って、高橋勇翔という人間は歴史の水泡に帰するだろう。


 英雄でも勇者でもない、一介の馬屋番――結局オレは居場所を変えても理想の自分にはなれなかった。だが不思議と後悔はない。目的もなく死んだように生きていたかつての自分より、何かの為に死に往く自分を好きになれた。結末はどうであれ、これでいいのだ。そう思い、死を受け入れかけた矢先、どこか得体の知れない空間に吸い込まれるのを感じた。程なくして意識が遠のく。初めての感覚、と言いたいところだが、そうでもない。いつしか経験し得た既知の体感に漠然とした不安を抱える一方で、特に抵抗することなくひたすらその身を任せるだけだった。



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