救出
忙しく手を動かし、馬を前に促す。しかし二人も乗せているためか、行きに比べて動きが鈍い。仕方ないこととは言え、気持ちだけが先走る。早く王女を安全な場所へ――私はその一心で鞭をしならせた。そして甲冑越しに私を抱く細く白い腕を見るにつけ、彼女の存在を実感する。だがその体躯は小刻みに震えていた。様々な雑音の中にすすり泣きを聞く。私には分かっていた。その涙は再会を喜ぶものでも、解放を安堵するものでもない。彼女と同じ心残りはある。後ろ髪を引かれる思いもする。だが決して後ろを振り向いたりはしない。決死の思いで死地に留まった彼の意地をふいにしないためにも、急ぎ城の東方にある丘陵を目指した。
「隊長!」
何とか無事に林道を抜け切り、緩やかな斜面に敷かれている草原を駆けている最中、待機させていた部下を見とめる。丘陵の頂は近い。早速私は彼らと合流するべくその方に向かった。
「隊長、ご無事で」
「その後ろの方は……まさか……」
その言葉を聞くや、王女は馬から飛び降りた。
「私だ、迷惑をかけてすまない」
彼女はいつの間にか泣き止んでいた様子で、声も表情も全て平素のモノに戻っていた。
「ご無事で何よりです、王女様」
部下は慌てて下馬すると、その場に跪いて臣下の礼を取る。そしてそれを見届けた彼女は辺りを見回し、やおら問いかける。
「他の者は……一体どこに……?」
「各々で他の小道を通り、東門に向かっているはずです」
他の部下は王女の救出を知らされずに、いま現在も東門を目指している。彼女を救おうと危険に晒されている。これはいけない。一刻も早く朗報を耳に入れ、彼らを再び呼び戻すことが必要だ。そう考えるや、私は部下に命じて言う。
「皆に作戦の完了を伝える。ラッパを吹け」
かねてから取り決めておいた撤収の合図を送るように指示する。彼は小気味の良い返事でそれに応じると、手持ちの荷物から楽器を引っ張り出す。そして口を近付け、吹き鳴らそうとしたその時、
「ちょっと待ってくれ」
王女は部下を制し、つかつかと歩み寄る。なぜ待ったを掛けたのか、私は彼女の意図を汲みかねた。しかしその直後、あろうことか部下のラッパを掴み取ると、自分の口元に引き寄せた。
「王女様、何をされますか!? 早く合図を送らないと私の部下が……」
「お前は何も分かっていないな」
慌てて止めに入る私をグッと睨み付け、足元に視線を落とす。私はその表情にただならぬものを感じ、思わず足を止める。
「あれを見てみろ」
パッと差された指の先、城の方角を振り返る。次の瞬間、私は呼吸を忘れた。
(シガーラが燃えている……!)
天下に謳われた難攻不落の名城は麗らかな朝日に不似合な紅蓮の炎をまとい、燻り漂う硝煙の行方をただ眺めるように佇む。幾多の武将をも跳ね返し、当地にて無敵を誇った化物の醜態、それを見せ示したのは他でもない「ユウト」と言う無名の戦士だった。彼を信じた大勢の人間だった。我々だけではない。これは皆の戦いなのだ。
「お前の部下だけではない」
「私をこの地より救い出すために多くの人間が戦っている」
「彼らにもこの戦いの終結を知らせてやらねばなるまい……違うか?」
私は返す言葉もなく項垂れた。
「私を救うために始められた戦いだ、その終わりを告げるのもまた……私でありたい」
そう言い切るとラッパを口に含み、頬を膨らまして吹き鳴らす。聞き馴染みのある郷愁の旋律、その音を聞くや否や、この地を母国に染め上げた。街を一望の内に収める丘陵、この場所から響き渡る北ファランク王国の国歌に思わず聞き入る。そしてこの音色に彼女を感じて欲しいと切に願う。
「上手く吹けたかな?」
「ええ、素晴らしい演奏でした」
少し満足そうに微笑んだ王女を見て、私はふいに涙を流す。皆を気遣う彼女の優しさに触れ、痛く感激する。遂に彼女は戻って来たのだ――改めてその立ち姿を目の当たりにし、鋭く実感する。そしてこの戦いも……
(いいや、まだ終わってはいない……!)
ふと矢傷を受けた勇者を思い起こす。このままでは終われない、終わらせてはいけない。王女を部下に任せると、再度なだらかな丘陵を下る。この戦の立役者、彼を見捨てての大団円は有り得ない。救出作戦はまだ続いている。私は大勢の敵兵に相対し孤軍奮闘する英雄に助太刀すべく、自ら死地に飛び込んだ。




