接吻
眩しすぎる日の光を背に、甲冑を身にまとった騎兵と相対する。オレはこの一撃を以って敵の喉元を貫くつもりで待ち受けた。そして言葉を交わさずとも伝わってくる闘志に、あちらも殺る気であることを悟る。次第に近付き、騒がしく聞こえる蹄音、差し迫る敵の足音は高まる鼓動と相まって、これ以上ないほどにオレを緊張させた。
「落ち着け……」
敵と接触するまで残りわずか、オレはそっと目を閉じる。馬上の敵、喉元、一直線――脳内のイメージを右手に送り込む。出来る、やれる、勝てる――自分を鼓舞するように内心で呟く。その間にも急激に狭まる敵との間合い、そして決する――。
(……今だ!)
カッと目を見開くと、右手を突き出す。しかしそこに飛び込んできたのは既視感のある鎧姿だった。そして次の瞬間、兜の隙間からチラリと見えた目元に思わず手を止める。
「「……お前は……!」」
互いの意に反して交差した剣、その刃先は虚空を貫いた。オレは尻餅をついて路端に倒れ込むと、その騎兵はすかさず馬を止め、こちらへ向かって来る。
「ユウト……ユウトなのか……?」
オレの名を呼ぶ懐かしい声に男の正体を確信する。
「ベルガ……なぜここに……?」
彼は再び馬を止めると、こちらを見据えた。オレはその姿にひどく驚いた。なんせ彼は国王から謹慎を命じられた身、本来はこの場所にいられるはずのない人間なのだ。
(……ということは……まさか……!)
彼はかねてから行っていた宮中工作を成就させ、国王公認の下、手勢を率いて駆けつけたに違いない。オレは思わぬ援軍に心躍らせた。これで救出作戦は成功したも同然、そう思った矢先、
「私は……王国を裏切ったのだ」
「王女様をお救いするため、独断専行でこの地に至った」
「それって……」
急転直下の事態に目を丸くする。王国に忠誠を誓い、誰よりも忠臣たろうと振る舞っていた男があろうことか国王の命に背いたのだ。
「軍法会議モノだな、ベルガ」
「お、王女様っ! ご無事で何よりです!」
そっと茂みから現れた彼女を見とめるや、糸で釣ったように背筋を伸ばし、深々とお辞儀する。一方でそれを見つめる彼女の目つきは殊の外険しかった。
「このバカ者が……国王命令に背くなど言語道断だ」
「しかも……下らない私情に駆られての独断専行と聞くではないか」
「申し訳ありません!」
彼女は本気で怒っている。そう思うや否や、ベルガに背を向け、ポツリと呟く。
「だがその心意気、嬉しく思うぞ……ありがとう……」
その言葉を聞いた途端、ベルガは柄にもなく馬上で涙を流し始めた。そして当の王女は照れくさそうにして背を向けたまま、なかなか振り返らない。その光景はあたかも映画のクライマックスを映し出しているようでどこか幻想的だった。しかし幸福な時間もそう長くは続かなかった。
「……!」
突如として背中を襲った衝撃、そして雨あられと降り注ぐ弓矢に敵の再来襲を悟った。
「ユウト、大丈夫か!」
何が起きたのか分からないまま、倒れ込むような格好で地に片手をつく。そして肌を伝う血液にその現実を思い知った。致命傷ではないが、軽傷でもない様子だ。しかし敵兵はそれと構わずに射かけてくる。
(このままでは……さっきの二の舞になってしまう……)
それだけは何としてでも避けたかった。手負いの状態では逃げることもままならないだろう。確実に彼らの足を引っ張ってしまう。こうなっては仕方がない。取り敢えず二人を先に逃がそう。オレはそのための捨て石になる覚悟を固めた。
「ベルガ……ここはオレに任せて……早く行け!」
「何を言っているんだ! そんな状態で放っておけるか!」
「いいから早く! 王女様を……お連れするのだ……!」
オレは痛みを堪えながら立ち上がると、二人と目を合わせることなく敵に刃を向けた。だがオレの思惑に反して、彼らはその場を離れない。
「あんな雑魚……オレ一人で十分だ」
「だから……先に行け!」
オレは頑なだった。しかし強気な口調と相反して、次第に声を出すことすら辛くなる。そして霞む視界に歩兵の姿を見つける。もはや一刻の猶予もない。オレは咄嗟にベルガを見た。たったの数秒、言葉はいらない。ただ目と目を合わせて王女を連れて行くように促した。すると彼は小さく頷き、彼女に手を差し伸べる。
「王女様、早くお乗りください!」
しかし彼女は何も答えない。それどころかこの呼び掛けを無視するかのように一歩進み出た。
「ユウト……」
「早く……」
薄れゆく意識の中に王女の声を聞く。すぐ傍だ。
「ユウト……」
「逃げて……」
妙だな、耳元で聞こえる。なぜだ、なぜ近付いて来る。
「ユウト……!」
「んっ……!」
それは突然やって来た。全くの無防備に音もなく重なる。オレの背中を射止めた弓矢よりも早く、正確に心を射抜く。どんな急襲を以ってしても敵わないであろう刹那の接吻、その意味を探るのはやはり野暮なのだろうか。
「必ず生きて戻れ、約束だぞ」
その言葉を最後に彼らはこの場を立ち去った。そして残ったのは、数十の敵とそれに対峙する勇敢な「新兵」ただ一人――逃げることさえ億劫になってしまうほどの逆境、眩暈のするような絶望的状況にあっても尚、オレは前を向いた。王女との約束を守るため、諦めるわけにはいかなかった。辛うじてその場に立ち、息も絶え絶えのこの身だが、いまオレは最高に生きていた。
「……かかって来い……!」
わずかに動くその口に不思議と笑みが零れる。その感情の所在は分からない。ただひたすらに剣を振るう。オレは目の前の敵を倒すことにその居場所を求めた。




