惜別
あれほど賑やかだった宿舎の中も夜が深まるにつれて、平素の落ち着きを取り戻しつつあった。高いびきをかき、すっかり寝入ってしまった同僚たちを眺めながら、オレはある種の孤独を感じていた。祭りの後の寂しさとは違う。オレは内通者で、この場の皆は敵である――ここで暮らす内に潜在化していた事実が急に思い起こされ、気分を落ち込ませる。こうしている間にも刻一刻と近づいて来る運命の瞬間、望んでいたはずの明日なのに、一方で素直にそうとは思えない自分に気付く。そして一度湧いてしまった情は止まることを知らず、オレはその感情を紛らわすように酒を進めた。
「大丈夫……? 飲み過ぎなんじゃないか……?」
「なんだロイ、まだ起きていたのか」
オレは杯を空けることなく、ひたすら酒を飲んでいた。いや、酒に飲まれていると言った方が正しいのかもしれない。実際、素面の時とは勝手が違って、なんだか頭がクラクラする。
「ああ、なんてことはない。これくらいならまだ酔いの内に入らないよ」
「でも……顔が真っ赤だぞ?」
言われてみれば顔が熱い。何とはなしに頬に手を当てる。熱い、その熱感に深酒の事実を認めた。それからふと視線を上げる。ふわふわする視界にぼんやりと彼の姿を見つける。生真面目で、しっかり者の同僚、素晴らしく気立ての良い好人物、そしてこれからもずっと仲良くしていきたいと思えた友人、そんな彼ともあと数時間で別れなければならない。そのことが無性に寂しかった。悲しかった。心残りだった。明日になり、敵襲の報を耳にすれば、彼は最前線で侵略者と戦うだろう。面識のない当事者同士は敵に刃を向けているつもりでも、オレにとっては「仲間」同士の殺し合いに他ならず、それはどうしても避けたい現実だった。
(ここにいる皆は無理でもロイだけは……)
彼らは友人という以前に敵であり、オレは内通者である――彼らに肩入れしかけた時、自分のアイデンティティを確認するように唱えていた無情のお題目、そんなものは酔いと共に吹き飛んでしまった。そして次の瞬間、オレはロイに向かってとんでもないことを口走ってしまった。
「ロイ、真面目に聞いてくれ」
「明日、この街に北王国軍が攻めてくる」
「その攻勢と言ったら……この前の奇襲とはワケが違う」
そのことで騒ぐでもなく、ただ目を丸くして聞き入る彼にオレは続けた。
「もし戦闘に巻き込まれたら……死ぬかもしれない」
「悪いことは言わない、今すぐここから逃げろ!」
そしてオレは自分のバッグから金銭を取り出すと、
「これは……オレの全財産だ……全部やるからこれを持って故郷に帰れ!」
「家族が……待っているんだろう……?」
オレは酔っていながらもなるべく真剣に話をしたつもりだった。しかしロイは目を細め笑ってみせると、金貨類を掬うその手を軽く押し返した。
「バルジューは随分酔ってるんだな」
「そんなことは……」
否定しかけたオレの言葉に重ねて真っ向から言い切る。
「もし万が一、それが本当だとしても……」
「僕はここから逃げないよ、自分の役割を果たすまでさ」
「そしてそれは君のお金だ、受け取れないよ」
どうして分かってくれないんだ、彼の愚直さをこれほどまでに恨めしく思うことはなかった。それからオレはなんとかして彼を説得しようと様々に思案するも、
「やっぱり酔ってるんだよ、今の話は忘れるから早く寝よう」
「いや、あっ……そうだな……」
言われるがままに付き従うオレは一体何なんだ、迫り来る危機から友人を救うための言葉すら持ち合わせていない自分に、言いようのない無力感が重くのしかかる。本当に彼を思って行動するならば、無理矢理にでもここから連れ出すべきだった。しかしそれが出来なかった時点で、オレは彼の「友人」ではなかったのかもしれない。
(そうか……そんなもんだよな……)
オレはある種の諦めを受け入れ、何も知らないで眠りにつく彼の横顔に小さく「さよなら」を告げた。




